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九話 彼は独りだった
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「まだまだ、私は化かすのが下手なようですね」
「妖狐か……。それに、その姿……昼に白峰の名を出した葛という女か」
「あなたが大天狗、白峰に勝つ見込みが出てきましたので、改めてお誘いしようと思いましてね」
「もしかして妖怪を倒したあと刀が光って、俺に力をくれることを言っているのか?」
「気付いていたのですか。その通りです。このまま妖怪を倒し続ければいずれ、大天狗を倒すほどの戦闘能力を忍さんは手にするでしょう。私は、あなたに白峰天狗の討伐を改めて依頼します」
忍はため息をついて大太刀を抜いた。
「俺は弱いやつが嫌いだ。俺をおいて死んでいってしまうからな……アンタが強いって証明できたら考えてやってもいい」
「わかりました。では、私の力を見せましょう」
私は白鞘の太刀を逆手で抜くと腰を落とし構えた。大太刀を上段に構える忍の姿に思わず父の姿を重ねてしまい、私は一瞬、出遅れて先手は忍の左薙ぎを受けるはめになった。日頃から大きな妖怪を相手にしてきたことを思わせる大振りな『剛』の剣技であった。その一撃はまともに受けたら、吹き飛ばされてしまうような重さであった。
一方の私は最小限の動きで攻撃をいなしながら反撃に転じる『柔』の剣技だった。
父はどう思うのだろうか。自分の成れの果ての刀がぶつかり合っている。一つは娘が、もう一つは偶然手にした青年が振るっている。
正直に言って、私は愉しかった。今まで有象無象の雑魚ばかりを相手にしてきて一撃で仕留めることがほとんどだった。人間の枠を逸脱しないように小物ばかりを相手に依頼をこなしてきた私の落ち度ではある。
だが、何よりも緊張感が心地良かった。本気で私を殺そうとしてくる意識がそこにはあった。今まで退治してきた妖怪は全て本能による行動だった。意思が希薄で、味気ないとでも言うのだろうか。殺意であろうとも、感情を向けられることに私は悦びを見出してしまっていた。
母の言葉を思い出した。『妖怪は感情を向けられることで成長をする』まさに私はそれを経験している最中なのだろう。
カンッと心地良い金属音が何度も鳴り響き、その度に火花が散った。
ずっとこの時間が続けばいいと思っていたが、それは忍が手を止めることで終わってしまった。彼は息を切らすほどではないにしろ、額から汗が垂れる程度には疲労した様子で刀を収めた。
「君が強いのはわかった。それにまだ力を隠しているな? 君みたいな存在に出会うことができるなんて、俺は最高に運がいい。結論は……そうだな……」
忍は顎に手をあて考える素振りを見せる、微笑んでこちらを見た。
「やはり、白峰を倒しにいくことはやめよう」
「え、どうして? 私が力不足だったのですか?」
「逆だ逆。君みたいな人は今後会える機会はきっと無い。だから勝てるかわからない白峰との戦いをして君を失いたくない」
「そうですか……やはり、私みたいな二尾の弱小妖狐では力不足なのですね……」
思わず落胆して、大きなため息をついてしまった。
「なぁ、俺と妖怪退治をして暮らさないか? 圧勝できるほど俺が力を付けたら白峰を倒してやらんでもないぞ。いい条件じゃないか?」
そんなの婚姻の申し込みではないか……。思わず頬が紅潮してないか気になってしまった。そして、悪くないと思っている自分がいた。
「わ、わかりました。結局辿る道は同じというわけですね。ただ、少しだけ忍さんが消極的なだけというのは変えられないのでしょうね。良い妥協点だと思います」
「決まりだな」
私は二本の尻尾と狐の耳を隠して完全に人の姿になると、ともに出会った町に戻っていった。
どうやら忍は、その町の専属の退治屋として、手厚い待遇を受けていて、長期間持ち場を離れることは難しいようだ。しかし私の分の宿も町長に頼むだけで、すぐに用意されるなど信頼はされているようだった。
長屋の一室を借りたのだが、対価は妖怪退治と空いた時間での雑務であった。忍によると町の皆から様々なことを頼まれるようだった。力仕事から子守り、さらには料理など何でもやる便利屋も兼ねているようだった。
長屋の内装は使われていなかった部屋だったので無機質な状態だった。ほとんど、木で囲われた四角い空間と言って差し支えなかった。
部屋で横になり天井を見つめる私は不思議と落ち着かなかった。いつもなら眠りについている時間だ。原因については心当たりがある。人の姿のまま眠りにつくのが五年ぶりだったからだ。
(隣の部屋が忍の部屋ということは眠れないこととは関係がないはずだ)
私は無理やり眼を閉じた。しかし眼を閉じても、それは無駄なあがきであった。日中の出来事が鮮明に思い出されては私の心をかき乱した。斬り合いの中では意識していなかった。忍の顔を思い出してしまう。彼もまた斬り合いを愉しんでいたのだ。
忍のことが気になって仕方がなかった。
森だった何かの焼け焦げた心象風景、頑なに独りでいようとしたこと、弱い奴が嫌いだと言っていたこと、それらは皆、陰を思わせた。
「妖狐か……。それに、その姿……昼に白峰の名を出した葛という女か」
「あなたが大天狗、白峰に勝つ見込みが出てきましたので、改めてお誘いしようと思いましてね」
「もしかして妖怪を倒したあと刀が光って、俺に力をくれることを言っているのか?」
「気付いていたのですか。その通りです。このまま妖怪を倒し続ければいずれ、大天狗を倒すほどの戦闘能力を忍さんは手にするでしょう。私は、あなたに白峰天狗の討伐を改めて依頼します」
忍はため息をついて大太刀を抜いた。
「俺は弱いやつが嫌いだ。俺をおいて死んでいってしまうからな……アンタが強いって証明できたら考えてやってもいい」
「わかりました。では、私の力を見せましょう」
私は白鞘の太刀を逆手で抜くと腰を落とし構えた。大太刀を上段に構える忍の姿に思わず父の姿を重ねてしまい、私は一瞬、出遅れて先手は忍の左薙ぎを受けるはめになった。日頃から大きな妖怪を相手にしてきたことを思わせる大振りな『剛』の剣技であった。その一撃はまともに受けたら、吹き飛ばされてしまうような重さであった。
一方の私は最小限の動きで攻撃をいなしながら反撃に転じる『柔』の剣技だった。
父はどう思うのだろうか。自分の成れの果ての刀がぶつかり合っている。一つは娘が、もう一つは偶然手にした青年が振るっている。
正直に言って、私は愉しかった。今まで有象無象の雑魚ばかりを相手にしてきて一撃で仕留めることがほとんどだった。人間の枠を逸脱しないように小物ばかりを相手に依頼をこなしてきた私の落ち度ではある。
だが、何よりも緊張感が心地良かった。本気で私を殺そうとしてくる意識がそこにはあった。今まで退治してきた妖怪は全て本能による行動だった。意思が希薄で、味気ないとでも言うのだろうか。殺意であろうとも、感情を向けられることに私は悦びを見出してしまっていた。
母の言葉を思い出した。『妖怪は感情を向けられることで成長をする』まさに私はそれを経験している最中なのだろう。
カンッと心地良い金属音が何度も鳴り響き、その度に火花が散った。
ずっとこの時間が続けばいいと思っていたが、それは忍が手を止めることで終わってしまった。彼は息を切らすほどではないにしろ、額から汗が垂れる程度には疲労した様子で刀を収めた。
「君が強いのはわかった。それにまだ力を隠しているな? 君みたいな存在に出会うことができるなんて、俺は最高に運がいい。結論は……そうだな……」
忍は顎に手をあて考える素振りを見せる、微笑んでこちらを見た。
「やはり、白峰を倒しにいくことはやめよう」
「え、どうして? 私が力不足だったのですか?」
「逆だ逆。君みたいな人は今後会える機会はきっと無い。だから勝てるかわからない白峰との戦いをして君を失いたくない」
「そうですか……やはり、私みたいな二尾の弱小妖狐では力不足なのですね……」
思わず落胆して、大きなため息をついてしまった。
「なぁ、俺と妖怪退治をして暮らさないか? 圧勝できるほど俺が力を付けたら白峰を倒してやらんでもないぞ。いい条件じゃないか?」
そんなの婚姻の申し込みではないか……。思わず頬が紅潮してないか気になってしまった。そして、悪くないと思っている自分がいた。
「わ、わかりました。結局辿る道は同じというわけですね。ただ、少しだけ忍さんが消極的なだけというのは変えられないのでしょうね。良い妥協点だと思います」
「決まりだな」
私は二本の尻尾と狐の耳を隠して完全に人の姿になると、ともに出会った町に戻っていった。
どうやら忍は、その町の専属の退治屋として、手厚い待遇を受けていて、長期間持ち場を離れることは難しいようだ。しかし私の分の宿も町長に頼むだけで、すぐに用意されるなど信頼はされているようだった。
長屋の一室を借りたのだが、対価は妖怪退治と空いた時間での雑務であった。忍によると町の皆から様々なことを頼まれるようだった。力仕事から子守り、さらには料理など何でもやる便利屋も兼ねているようだった。
長屋の内装は使われていなかった部屋だったので無機質な状態だった。ほとんど、木で囲われた四角い空間と言って差し支えなかった。
部屋で横になり天井を見つめる私は不思議と落ち着かなかった。いつもなら眠りについている時間だ。原因については心当たりがある。人の姿のまま眠りにつくのが五年ぶりだったからだ。
(隣の部屋が忍の部屋ということは眠れないこととは関係がないはずだ)
私は無理やり眼を閉じた。しかし眼を閉じても、それは無駄なあがきであった。日中の出来事が鮮明に思い出されては私の心をかき乱した。斬り合いの中では意識していなかった。忍の顔を思い出してしまう。彼もまた斬り合いを愉しんでいたのだ。
忍のことが気になって仕方がなかった。
森だった何かの焼け焦げた心象風景、頑なに独りでいようとしたこと、弱い奴が嫌いだと言っていたこと、それらは皆、陰を思わせた。
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