二人羽織 妖狐と退治屋の恋

桔山 海

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十話 復讐が必要だと私は思っていた

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 翌朝、眠れたような、眠れなかったような質の悪い睡眠から目を覚ました。いつもより念入りに手櫛で髪を整え、着物の乱れが無いか注意深く確認してから長屋の戸を開けた。すると、干し柿をかじる忍の姿があった。
「おはようございます。忍さん。今日の予定は決まっていますか?」
「おはよう。葛。いつも予定は決まってない。退治屋って書かれた旗の下にいて、用事のある人は呼びに来る、それだけだ。いつも暇だったんだ。話し相手ができて助かったよ」
「私も聞きたいことがたくさんあるので丁度よかったです。では、行きましょうか」
 忍の口ぶりからは話し相手すら寄せつけていなかったことが窺えた。忍の今の心象風景は相変わらず、焼け焦げ燻る森だった何かが広がっていたが、一つだけ変化があった。
 一匹の黒い狐が佇んでいたのである。
 見渡すかぎり真っ黒な世界だったのに、それを見つけることができたのは、雲の切れ間から黒い狐のいるところだけに陽の光が当たっていたからだ。
(尾が二本だったし、あれは私のことだろうか……)
 旗のところへ着くと昨日にはなかった丸太が二つ用意されていた。私と忍はそれぞれに腰をかけて座り依頼が来るまで待つことにした。
「妖怪退治は毎日あるわけじゃないんだ。そんなんだから、大天狗に圧勝できる日なんて来るかわからないぞ。向こうだって日々力をつけているはずだしな」
「わかってはいます。それでも、私は忍さんの……正確には大太刀の傍にいるしかないんです。……刀を使ってどれくらい経ちますか?」
「五年だ。十五の俺が猪の妖怪に食われそうになっていたときに、空から降ってきた。何か知っていそうだな。よければ教えてくれないか?」
 父の死んだ時期と一致する。父は忍を知っていて、自らを託したのだろうか。わからないことだらけだが、忍にも刀の成り立ちについて話しておいた方がいい気がした。
「妖狐は死ぬと殺生石という岩に姿を変えます。私の父が五年前に死んで、殺生石となりました。その殺生石から生まれたのが私と忍さんが持つ二振りの刀になります」
 忍は大太刀を固く握り、感謝を表明するような穏やかな顔をした。それは、父と忍が握手をしているようにも見えた。
「……そうか。君の父は俺の恩人というわけだ。この刀を持っていなかったら今、君と話していることもなかっただろうな」
「でも、不思議なのです。命を吸う刀というのは殺生石せっしょうせきの側面を受け継いだことで納得できます。だとしても本来の目的である命を吸い復活のために蓄えるのではなく、忍さんの身体能力の強化に使われているのがわからないのです」
 忍は首を傾げて、少しの思案をした後に遠くを見つめながら、私に質問をした。
「……君の父は、最後に何を言い残した? それが手がかりになるんじゃないか?」
「守る方法を残しておく、また会えるからそれまで生きろ、その二つでした」
「そうか。俺が君を守れってことだな。まぁでも親というものは、死ぬ時は似たような言葉を残していくんだな。まぁ俺の両親は流石に、また会えるとは言わなかったが、やはり、生きろとは言われたな」
 沈黙が訪れた。私と忍の会話こそなかったが、周囲からは商人たちの活気のある呼び込みの声が聞こえてくる。味噌煮込みの香りだって漂ってくる。
 この五年で、私の見聞は大きく広がった。両親が死ぬまで、小屋から離れることがほとんどなかった。父も母も外の世界の話をしてくれたから、知識としてはあったが体験するのには流石に及ばなかった。
「母は自らを殺した妖怪すらも許せと言いました。それだけは納得できなくて、あの白峰という天狗だけは必ず殺さないと気が済まない。でも、自分がまだ白峰に勝てないこともわかっているのです。せめて、母と同じ九尾の妖狐になった上で白峰を殺す方法を見つけないと……」
 憑依を克服した白峰を殺すには身体能力で上回るしかない。そんな気がしていた。
「何年かかるんだろうな。人間は、生きて五、六十年だ。正直言って、俺が生きているうちに増える尻尾なんて、一本見られるかどうかってところじゃないか?」
 私はため息が出るほど、うな垂れて肩を落としてしまった。
「まったくもって忍さんの言う通りです。どうせ私は弱小妖怪……まぁ、百年でも千年かけてでも白峰のことは必ず殺すので別にいいですけどね」
「千年か……やはり君も大妖怪の娘なんだな。しかし葛が弱小妖怪だったら、いつも退治している妖怪なんて、どうなるんだ」
「あんなの害獣です。でも、言葉を喋る妖怪がいたら攻撃してはだめですよ。強さも別格で、その妖怪が属する集団をまとめて敵に回しかねません」
「幸い今まで、斬ったことはないが……気を付けよう」
 この後、忍は武具商人の手伝いに呼ばれ、私が一人で旗の下に残ることになった。退治の依頼が来た時に対応するためだ。しかし、終日依頼をしてくる者はいなかった。日も落ちて商人たちがいなくなったところで、見切りをつけ長屋に戻った。
 今まで身の上話しを正直に話せたことは当然ながら無かった。いつもは定番の没落した武家の姫だったという偽りの経歴で人間社会に紛れ込んでいた。
 正直言って、話し足りなかった。
 この世では身の上を隠さないといけない存在が多すぎた。家族以外に打ち明けられる日が来るなんて思わなかった。しかし、憑依という脅威を知らないからこそできた友好関係である可能性も頭をよぎった。
(明日は憑依について話してみよう)
 これは話しておかないと、後で取り返しのつかない溝を作りかねない。
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