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十八話 恐怖から目を背けようとした
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衝動的に私は忍の手を握ってしまった。忍は驚いた表情をしていたが、私の顔を見るなり無言で頷いて握り返してくれた。
「ごめんなさい……急に怖くなってしまって」
「白峰が相手だと絶対に守ってみせると言えないのが、もどかしいな。……正直、二度と白峰になんて会いたくなかった。人と妖怪の圧倒的な力の差を見せつけられたからな。今の俺の身体能力は向上しているとはいえ、あの時の光景が未だに焼き付いているんだ。俺は白峰を前にして戦えるか……わからない」
「今度は二人で乗り越えましょう」
忍は小さく「あぁ」と呟いた。
お互い白峰のことが怖くないふりをしていたのだ。復讐してやると豪語しておけば少なくとも先には進むことはできる。まだ勝てないから戦わないなどと、いくらでも言い訳をして本当の恐怖に目を背けていたのだ。
だが、予言という形で私たちは追い込まれ、逃げることが許されなくなった。
その後しばらくして、私たちは祭りの準備の手伝いに呼ばれて手分けをすることになった。忍は焚火のための薪割りを頼まれ、私は神酒の運搬を頼まれた。
正直、私は仕事が舞い込んで助かったような気がしていた。あのまま考えこんでいたら、お互いに気持ちが落ち込んでいきそうだったからだ。無心になって、言われたことをこなすだけでいい時間はありがたかった。
(それもまた現実逃避なのだけど……)
私の前には手伝いを依頼してきた老婆が立っていた。立ち姿の凛々しい人で黒髪を残さず真っ白になった髪は、母を思い出すほど綺麗だった。
若い頃には夫婦で佐倉町の開拓に尽力した人らしく、今でも町長に次ぐ影響力を持っていて皆に尊敬されている人だと言う。
「これで終わりじゃ。座って休みましょう、葛さんや。あぁ、これ、忍さんにも渡しておいてくだされ」
私は作業終わりに、仕事を頼まれた老婆、伊世から神酒をもらうことになった。二つのおちょこに少量の神酒が注がれていた。
「伊世さん。ありがとうございます。渡しておきますね」
私は軽く会釈をすると、作業も終わったので旗の下に戻ろうとした。
「なぁ、葛さん。忍さんはこの町に来てから、誰かと組むことが今までなかったのじゃ。拒否していたように見えた。葛さんは……忍さんと恋仲だったりするのじゃろうか?」
私は思わず首を傾げて熟考してしまった。
「まだ出会ってから日が浅いので、そういった関係ではないですね」
「そうなんか? 意外じゃった。いつもぶっきらぼうな忍さんは、葛さんが来てから楽しそうに旗の下で歓談しておったので勘違いしてしもうた。しかし、まぁ忍さんをどうか、支えてやってくだされ。あの人は苦労人だからのう」
「はい……意外と皆さん私たちのことを見ているのですね」
「美男美女の凄腕妖怪退治屋だからのう。町内でもすでに有名じゃ。町の外に噂が広がるのも時間の問題じゃな」
今、恋などにうつつを抜かしている場合ではないと、私は全身が緊張していた。
男女が仲睦まじく歓談し、手を握り合うという光景を見たのなら、傍目からは恋仲と思われても仕方がない。
だが、思わず手を握ってしまった、あの時にあった感情は間違い無く恐怖だ。忍が握り返してくれた時、わずかだが恐怖が薄らいだのは確かだったが……。
(それが恋だと言うの?)
「では、そろそろ……戻りますね、伊世さん。また、何かあったら呼んでくださいね」
「うむ、頼りにしておるよ……」
伊世は『私は応援しておるよ』と続けて私に囁いた。それに私は苦笑いで応えるしかなかった。
旗の下に戻ると、すでに忍が丸太に座っていた。物憂げに遠くに見える山を眺め、男にしては長い髪をそよ風で撫でられる姿は実に様になる。今更ながら、忍の容姿が美しいことに気付いてしまった。
「……戻ってきたか。祭りに参加していくのか?」
「いいえ。私も参加しません。……神酒もらいましたけど、飲みますか?」
「もらおう。……少し案内したい場所があるんだがついてきてくれ」
私は頷くと忍についていった。辺りはもう暗くなり始めており、旗の下を空けても問題はないだろう。
佐倉町の側にある小高い丘へ忍は向かっていた。森の暗いなか明かりは松明の炎のみ。気まずい沈黙が支配して、草を踏みしめる足音だけが聞こえるのみであった。
「ここだ」
腰を掛けるのに丁度よさそうな岩が鎮座しており、森が開けて町を見下ろせる景色が広がっていた。
「ごめんなさい……急に怖くなってしまって」
「白峰が相手だと絶対に守ってみせると言えないのが、もどかしいな。……正直、二度と白峰になんて会いたくなかった。人と妖怪の圧倒的な力の差を見せつけられたからな。今の俺の身体能力は向上しているとはいえ、あの時の光景が未だに焼き付いているんだ。俺は白峰を前にして戦えるか……わからない」
「今度は二人で乗り越えましょう」
忍は小さく「あぁ」と呟いた。
お互い白峰のことが怖くないふりをしていたのだ。復讐してやると豪語しておけば少なくとも先には進むことはできる。まだ勝てないから戦わないなどと、いくらでも言い訳をして本当の恐怖に目を背けていたのだ。
だが、予言という形で私たちは追い込まれ、逃げることが許されなくなった。
その後しばらくして、私たちは祭りの準備の手伝いに呼ばれて手分けをすることになった。忍は焚火のための薪割りを頼まれ、私は神酒の運搬を頼まれた。
正直、私は仕事が舞い込んで助かったような気がしていた。あのまま考えこんでいたら、お互いに気持ちが落ち込んでいきそうだったからだ。無心になって、言われたことをこなすだけでいい時間はありがたかった。
(それもまた現実逃避なのだけど……)
私の前には手伝いを依頼してきた老婆が立っていた。立ち姿の凛々しい人で黒髪を残さず真っ白になった髪は、母を思い出すほど綺麗だった。
若い頃には夫婦で佐倉町の開拓に尽力した人らしく、今でも町長に次ぐ影響力を持っていて皆に尊敬されている人だと言う。
「これで終わりじゃ。座って休みましょう、葛さんや。あぁ、これ、忍さんにも渡しておいてくだされ」
私は作業終わりに、仕事を頼まれた老婆、伊世から神酒をもらうことになった。二つのおちょこに少量の神酒が注がれていた。
「伊世さん。ありがとうございます。渡しておきますね」
私は軽く会釈をすると、作業も終わったので旗の下に戻ろうとした。
「なぁ、葛さん。忍さんはこの町に来てから、誰かと組むことが今までなかったのじゃ。拒否していたように見えた。葛さんは……忍さんと恋仲だったりするのじゃろうか?」
私は思わず首を傾げて熟考してしまった。
「まだ出会ってから日が浅いので、そういった関係ではないですね」
「そうなんか? 意外じゃった。いつもぶっきらぼうな忍さんは、葛さんが来てから楽しそうに旗の下で歓談しておったので勘違いしてしもうた。しかし、まぁ忍さんをどうか、支えてやってくだされ。あの人は苦労人だからのう」
「はい……意外と皆さん私たちのことを見ているのですね」
「美男美女の凄腕妖怪退治屋だからのう。町内でもすでに有名じゃ。町の外に噂が広がるのも時間の問題じゃな」
今、恋などにうつつを抜かしている場合ではないと、私は全身が緊張していた。
男女が仲睦まじく歓談し、手を握り合うという光景を見たのなら、傍目からは恋仲と思われても仕方がない。
だが、思わず手を握ってしまった、あの時にあった感情は間違い無く恐怖だ。忍が握り返してくれた時、わずかだが恐怖が薄らいだのは確かだったが……。
(それが恋だと言うの?)
「では、そろそろ……戻りますね、伊世さん。また、何かあったら呼んでくださいね」
「うむ、頼りにしておるよ……」
伊世は『私は応援しておるよ』と続けて私に囁いた。それに私は苦笑いで応えるしかなかった。
旗の下に戻ると、すでに忍が丸太に座っていた。物憂げに遠くに見える山を眺め、男にしては長い髪をそよ風で撫でられる姿は実に様になる。今更ながら、忍の容姿が美しいことに気付いてしまった。
「……戻ってきたか。祭りに参加していくのか?」
「いいえ。私も参加しません。……神酒もらいましたけど、飲みますか?」
「もらおう。……少し案内したい場所があるんだがついてきてくれ」
私は頷くと忍についていった。辺りはもう暗くなり始めており、旗の下を空けても問題はないだろう。
佐倉町の側にある小高い丘へ忍は向かっていた。森の暗いなか明かりは松明の炎のみ。気まずい沈黙が支配して、草を踏みしめる足音だけが聞こえるのみであった。
「ここだ」
腰を掛けるのに丁度よさそうな岩が鎮座しており、森が開けて町を見下ろせる景色が広がっていた。
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