19 / 43
十九話 自覚した恋
しおりを挟む
「いい景色……焚火を囲んで皆さん踊っていますね」
「そうだろ? まぁ座ってくれ。祝いの品をここで渡そうと思ってたんだ」
私と忍は岩に隣り合って座った。そこまで大きくない岩だったので、いつもの丸太にそれぞれ座って対面する旗の下よりも距離感が近く、思わず緊張してしまった。
忍は布にくるまれた掌と同じくらいの大きさのものを膝の上に取り出した。布を取ると、そこには黒い漆で加工された木製の櫛があった。
「嬉しい……。大切にします」
「気に入ってくれたなら嬉しい」
ふと、思いつくことがあった。忍にしてもらいたいことができた。その行為自体は母にされたこともある、ありふれた日常の動作なのだが忍にしてもらうことは、特別な意味合いを持つことだった。
「一つお願いがあるのですけど……その櫛で私の髪を梳いてくれませんか?」
「え、いや……それはいいのだろうか?」
忍は視線を泳がせ慌てていたので、私は神酒を掲げて一気に飲み干した。
「お酒のせいにしてしまいましょう。さぁ忍も飲んで……」
忍も覚悟を決めたのか、神酒を一気に飲み干した。それを確認して、私は忍に背中を向けた。
数日前、私の髪に触れようとした下衆の退治屋がいたのを思い出してしまった。あの日からは到底、今の状況を想像できなかった。
自分から髪を触れさせるまで心を許せる存在が現れるとは思っていなかった。忍はこの世で唯一無二の存在であることは、もはや疑いようはなかった。
認めよう。
これは、やはり恋である。
疑った自分が愚かだった。
忍に感情を向けられることが心地良いのだ。両親から感じる安心とはまた違う温かさとでも言うのだろうか。
(……あぁ、ようやく私の髪に触れてくれた。そんなにも慎重にならなくても、別に気にしないのに……)
恐る恐る触れる忍の手つきすら、愛おしい。そして、ゆっくりと私の髪に櫛が通された。まるで一度も書き直しの許されない書類に筆を入れるかのように、緩やかに、確かに、梳かれていった。
「綺麗な黒髪だと、ずっと思ってた」
「言ってくれればよかったのに……。そうだ。忍は何色の髪が好き? 髪の長さも変えられるの」
かつて母が私に見せてくれたように、私は髪の色を白、赤、青、緑、黃に変えながら、髪の長さも調整して見せた。
今の私は変化の基本は習得したのだ。両親にも見せたかった。
一方の、忍は猛烈に悩み込んでしまった。
「どれも捨て難いが……やっはり、いつもの黒い長髪がしっくりくる気がする」
いつもの状態は尻尾と耳こそ隠しているが、ほとんど変化で調整していない姿だった。それを良いと言ってくれたのは嬉しいことだった。
「ありがとう。櫛もらうね」
私は忍から櫛を受け取ると、隣り合った忍の手を握った。今度は恐怖からではない。触れたいと思い、愛情を示すべく自然に動いたのだ。
握り返す忍の手には力が入っていた。
「俺は、ずっと失い続けてきた。もう失いたくないんだ。守ってみせる。あの白峰が相手でも俺は戦ってみせるよ」
忍の心象風景は赤く燻った木々の全てがパチパチと音を立てて爆ぜていた。あと一押しで炎が燃え上がりそうな光景だった。
(忍にとっての、あと一押しは何になるのだろうか?)
「ねぇ忍。私の母は父に憑依して援護するという形で最大の戦闘力を発揮していたの。私も忍に憑依して、忍の死角を補ったり私が相手の行動を読んだりして援護できると思うの。明日の洪水が対処できたら、近辺の妖怪を根こそぎ狩りつくして可能な限り忍の身体能力をあげましょう。そして、その戦いの中で憑依での支援を慣らす。これでどう?」
私はまだ狐火の出し方がわからないので火力の支援はできないが、しないよりは、マシに思ったので提案してみた。
「正真正銘、二人で白峰に立ち向かうんだな。君たちの両親はさぞ強かったんだろうな」
「そう……強かった……の……?」
ふと、疑問に思ってしまった。
父は何故、あんなにも無抵抗に殺されたのだろうか。
「そうだろ? まぁ座ってくれ。祝いの品をここで渡そうと思ってたんだ」
私と忍は岩に隣り合って座った。そこまで大きくない岩だったので、いつもの丸太にそれぞれ座って対面する旗の下よりも距離感が近く、思わず緊張してしまった。
忍は布にくるまれた掌と同じくらいの大きさのものを膝の上に取り出した。布を取ると、そこには黒い漆で加工された木製の櫛があった。
「嬉しい……。大切にします」
「気に入ってくれたなら嬉しい」
ふと、思いつくことがあった。忍にしてもらいたいことができた。その行為自体は母にされたこともある、ありふれた日常の動作なのだが忍にしてもらうことは、特別な意味合いを持つことだった。
「一つお願いがあるのですけど……その櫛で私の髪を梳いてくれませんか?」
「え、いや……それはいいのだろうか?」
忍は視線を泳がせ慌てていたので、私は神酒を掲げて一気に飲み干した。
「お酒のせいにしてしまいましょう。さぁ忍も飲んで……」
忍も覚悟を決めたのか、神酒を一気に飲み干した。それを確認して、私は忍に背中を向けた。
数日前、私の髪に触れようとした下衆の退治屋がいたのを思い出してしまった。あの日からは到底、今の状況を想像できなかった。
自分から髪を触れさせるまで心を許せる存在が現れるとは思っていなかった。忍はこの世で唯一無二の存在であることは、もはや疑いようはなかった。
認めよう。
これは、やはり恋である。
疑った自分が愚かだった。
忍に感情を向けられることが心地良いのだ。両親から感じる安心とはまた違う温かさとでも言うのだろうか。
(……あぁ、ようやく私の髪に触れてくれた。そんなにも慎重にならなくても、別に気にしないのに……)
恐る恐る触れる忍の手つきすら、愛おしい。そして、ゆっくりと私の髪に櫛が通された。まるで一度も書き直しの許されない書類に筆を入れるかのように、緩やかに、確かに、梳かれていった。
「綺麗な黒髪だと、ずっと思ってた」
「言ってくれればよかったのに……。そうだ。忍は何色の髪が好き? 髪の長さも変えられるの」
かつて母が私に見せてくれたように、私は髪の色を白、赤、青、緑、黃に変えながら、髪の長さも調整して見せた。
今の私は変化の基本は習得したのだ。両親にも見せたかった。
一方の、忍は猛烈に悩み込んでしまった。
「どれも捨て難いが……やっはり、いつもの黒い長髪がしっくりくる気がする」
いつもの状態は尻尾と耳こそ隠しているが、ほとんど変化で調整していない姿だった。それを良いと言ってくれたのは嬉しいことだった。
「ありがとう。櫛もらうね」
私は忍から櫛を受け取ると、隣り合った忍の手を握った。今度は恐怖からではない。触れたいと思い、愛情を示すべく自然に動いたのだ。
握り返す忍の手には力が入っていた。
「俺は、ずっと失い続けてきた。もう失いたくないんだ。守ってみせる。あの白峰が相手でも俺は戦ってみせるよ」
忍の心象風景は赤く燻った木々の全てがパチパチと音を立てて爆ぜていた。あと一押しで炎が燃え上がりそうな光景だった。
(忍にとっての、あと一押しは何になるのだろうか?)
「ねぇ忍。私の母は父に憑依して援護するという形で最大の戦闘力を発揮していたの。私も忍に憑依して、忍の死角を補ったり私が相手の行動を読んだりして援護できると思うの。明日の洪水が対処できたら、近辺の妖怪を根こそぎ狩りつくして可能な限り忍の身体能力をあげましょう。そして、その戦いの中で憑依での支援を慣らす。これでどう?」
私はまだ狐火の出し方がわからないので火力の支援はできないが、しないよりは、マシに思ったので提案してみた。
「正真正銘、二人で白峰に立ち向かうんだな。君たちの両親はさぞ強かったんだろうな」
「そう……強かった……の……?」
ふと、疑問に思ってしまった。
父は何故、あんなにも無抵抗に殺されたのだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~
しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。
それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること!
8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。
どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ!
「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」
かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。
しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。
「今度こそ、私が世界を救って見せる!」
失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!
剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。
イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。
小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編)
平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)
【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜
ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。
草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。
そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。
「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」
は? それ、なんでウチに言いに来る?
天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく
―異世界・草花ファンタジー
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる