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二十五話 きっかけは伊世の言葉だった

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 忍の心象風景は相変わらずの焼け焦げた木々と三尾の黒い狐が一匹いるのみだった。私がその世界に降り立つと浸食が始まった。

 焼け焦げた木々の間から、真新しい木々が伸びていき森が出来上がった。黒い狐は姿を消して私が同じ場所に立つと、いつの間にか長屋の戸を見つめていて憑依が完了したことがわかった。

 忍の体を動かしてみると、みなぎる活力を明らかに感じた。動きがしっくりくるとでも言うのだろうか。

 今まで憑依した生物といえば、鬼や人間といった格下の者ばかりであったからだ。忍は身体能力だけでいったら大妖怪に迫るものがあり、それを狩りで向上させる伸びしろを持っているのだから頼もしいことこの上ない。

(これなら、本当に白峰と戦えるかもしれない……)

 忍に憑依してみて、期待は確信に変わった。

 しかし、私の妖力も忍と関わることでかなりの向上をしていることが実感できていた。佐倉町についた当初の私ならば変化を使って洪水を凍らせることなどできなかったはずだった。忍だけでなく、町の皆から感謝の感情を集められたことで、私の成長は効率よく進んだのだろう。

 まさに『最善』と思われる成長、備えをしているかのように思えた。これ以上できることなど思い付かない。

 だが、思い付かない限りは私の死は回避できないのだろう。

 しかし、不思議と恐怖感は和らいでいるかのようだった。恐らくは忍の体に憑依をしているからだ。安心感で私は、自然と眠りに落ちていった。



 翌朝、雀のさえずりで目を覚ました。憑依を解除して忍の側に立った。

「起きて忍……朝よ」

「ん……うん……おはよう」

 寝ぼけ眼の忍は、寝ぐせでぼさぼさになった髪も相まってかわいらしかった。

「忍にも櫛が必要かもね」

「俺は……いいよ。手でやるから」

 忍は私に背を向けて手櫛で、がしがしと自分の髪を撫でつけて整えていった。

「じゃあ、また夜にでも、お話ししましょうか」

「なぁ、一つお願いがあるんだが……今日の夜も同じように憑依で寝かせてくれないか? なんだかすごく心地良い眠りだったからさ……」

 私の憑依が完了した時点で忍の意識は引っ込んでしまい、寝ているような状態になる。私は体験したことがないが、少なくとも忍にとって心地よかったのなら幸いである。

 ただ、白峰との戦いになった時には忍の意識も残しておかなくてはならない。二人の力を合わせてようやく対等に戦えるかどうかという相手なのだ。

「わかったわ。じゃあ、私は旗の下に行くね」

 私は戸を開けて、忍の方を振り返ると大きな欠伸をしていて思わず頬が緩んでしまった。私の視線に気付いて忍は慌てて口を隠し、早く行けと言わんばかりに手を払う動きをした。ぞんざいに扱われるまで仲が深まったと思うと感慨深かった。



 旗の下に座っていても相変わらず依頼は来ない。しかし昼を過ぎた頃に伊世がやってきて向かいの丸太に腰を掛けた。

「何か思いつきましたか?」

 伊世は「言うべき迷ったのじゃが……」と前置きをして私のことを真っすぐ見据えた。

「葛さんは私のことを参考にするべきだと思った。人間である私が、妖狐である葛さんのことを許容できたこと。これこそが天狗、しいては他の妖怪が妖狐を認めるために必要だと私は考えたのじゃ」

 やはり第三者から見ても妖狐が友好を見せるべきだという結論になるのか、と少しだけ落胆してしまった。言うべきか迷うという前置きに相応しい答えだ。

「理想としては、そうなのだと私も薄っすらとは理解しています。でも、現実は話し合いにすらならないのが現状です」

 私の否定的な返答を予想していたように伊世は動じずに、言葉を続けた。

「白峰だったら、話し合いができるのではないかのう? この世で、ただ一人の憑依の効かない相手は唯一の対話の相手でもあると思うのじゃ。きっと戦いになるであろうな。でも、その戦いは生死を懸けた戦いではなく、対話のための戦いになるのじゃ」

 最後まで聞いてみれば、意外と納得できてしまった。今まで私と忍にとって白峰は殺すか殺されるかの二択しか目の前に見えていなかった。いや、見ようとしていなかった。

 白峰と対話をした上で誠意を見せる。これなら、少しの希望が見えてきた。

「まぁ、私の意見は本当に理想論じゃ。戦いになったらそんな余裕なんて、きっと無いだろうなぁ。その時は生きることだけを考えてくださいな」

「いえ、新しい視点をくれた良い意見でした。忍にも話して感想を聞いてみたいです」

 伊世はうんうんと頷いて私の肩を叩いて激励してくれた。

 そんな話を終えた時だった。ふと、露店の方が騒がしいような気配がして、私は思わず立ち上がった。まもなく露店の方から商人の男が全速力で走ってきて息を切らしながら指をさした。

「葛さん、露店の方に天狗が現れて葛さんのことを呼んでいますッ」

 思わず、私と伊世は目を見開いて驚いてしまった。

「伊世さんはここにいてください。私が行きます」

「……気をつけるんだよ」

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