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二十四話 私は花畑を枯らした
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「なるほど、それで洪水が起こることを知っていたのじゃな」
「第三者から見て、この状況どうでしょうか?」
私が質問をすると伊世は「そうじゃな……」と深く考え込んでしまった。無理もない。人知を越えた大妖怪たちの因縁など、すぐに理解できる事柄ではない。
「軽々しく答えるべきではないと思う。一度持ち帰らせてもらってもよいか。それに仕事も夫にばかり押し付けてはいられぬ。一度、戻って明日に答えるからのう……では、また明日な」
手を振る伊世に応じて私も手を振り返し、伊世は持ち場に戻っていった。
今になって、伊世の心象風景を思い出した。洪水が起きた日に見たのは間違いないのだが、あの時は急いでいて眺めている時間がなかった。
伊世の心象風景は一面の花畑であった。
鈴蘭、薔薇、朝顔、水仙と、四季を問わず見渡す限りの花畑が桜の木を中心に広がっていたのである。不思議なことに中央にある桜の花は無数の蕾をつけてはいるのだが、一つも開花していなかったのは気になる点である。現状の生活へ、なんらかの不満があることを伺わせるような風景であった。
一方で私が憑依する際に浸食した心象風景も同時に思い出した。
伊世の花畑を私は枯らした代わりに、中央にあった桜は全ての蕾が満開に開花したのである。これをどう受け止めるべきなのか判断がつかない。
しかし、伊世が明日聞かせてくれるであろう所感を聞けば何か、掴めるかもしれないと感じていた。
そして今日は、一度も退治の依頼が来ることはなかった。外では忍が近隣の妖怪を根こそぎ狩りつくしているのだ。当分は依頼が来ることもないかもしれない。
合間に何度か露店の移動が済んでいない商人を手伝うことがあった。慎重に運ぶことが要求される陶器の商人。重たい物が多い武具商人など様々な商人の手伝いをした。
夜になり、私は長屋の前で忍が帰るのを待っていた。しばらくすると聞きなれた甲冑の音が聞こえてきてきた。もし狐の耳が頭上に出ていたのなら音の方向へ思わず耳が向いてしまったことだろう。
「お帰り。少しは狩りができた?」
「あぁ、小物ばかりだったが二十は倒したな」
「良い収穫ね。私の方は、伊世さんと話してきたの。私の正体ばれちゃった」
意外にも忍は驚いた顔をしなかった。もしかしたら、伊世は忍にも気付いていることを匂わせるようなことを言っていたのかもしれない。
「なんとなく、そんな気がしてた。でも伊世さんは黙っていることを選んだのだろう?」
「そう……。恩を仇で返すことはできないって言ってた。それに若い頃の伊世さんは白峰に助けてもらったことがあるみたい」
忍は「あの白峰が……」と呟いて、腕を組んで首を傾げていた。
「そんなことがあってなのか、妖怪に対して一括りに恐れていないみたいだった。でも本当に意外よね。あの白峰が鬼に襲われそうになっていた女を助けたことがあるなんてね。ただの人間なら天狗としては庇護の対象だったりするのかしらね……」
「かもしれないな。殺すのは悪いことをしそうな奴ってことか」
忍はため息をついて呆れて、肩を落としていた。
「とりあえず、伊世さんは他の人に告発する心配はないと思う。でね、私たちの今の状況を話してみたの。第三者の意見を聞いてみたくて」
忍は「そうか」と呟いて思考を巡らせているようだった。
「もう少し考えて答えたいって言われて、明日に答えを聞く予定になってる」
「……当事者以外の客観的意見っていうのも大切だよな。何せ伊世婆様だ。長く生きた人の意見は得るものがあるかもしれないな。何か助言をもらったら俺にも聞かせてほしい」
「もちろん。じゃあ、また明日」
忍に手を振り私は長屋に入っていった。いつものように、隣からは忍が着けていた甲冑を外す音が聞こえてくる。
私は横になり櫛を握りしめると、目をつぶって眠ろうとした。当然、すぐには深い睡眠には至らずに昼間の出来事を思い出しながら、眠りにつくのを待っていた。
だが、忍が長屋を出たことに気付いて、戸を開けてみると忍が外で月を眺めていた。
「どうしたの、忍?」
「なんだか、眠れないんだ。寝てる時間すら惜しいような気分でな。休まないとあとに続かないのは分かっているんだが……」
私は背中を向けて呟く忍の背中に近付いていった。
そして、振り向いた忍の頭をポンポンと優しく叩いた。
「なら……私が寝かせてあげる」
「子守歌でも歌うのか?」
忍は微笑みながら、大人しく頭を叩かれていた。
「私が憑依で忍の意識を奪って、気絶するように寝かしてあげる。無理するのは当日だけでいいわ。それに長時間、忍の体に憑依して体を慣らしたいという意図もあるの」
「安眠も提供してくれるなんて、本当に俺の運は極まってきたらしい。このままだと俺は堕落してしまう気がするよ」
忍は戸を開けると私を招き入れた。相変わらず、遺品が散乱している部屋の様子に私は思わず唇を噛みながらも戸を閉めた。
「じゃあ、憑依するわ」
私は忍に憑依を試みた。
「第三者から見て、この状況どうでしょうか?」
私が質問をすると伊世は「そうじゃな……」と深く考え込んでしまった。無理もない。人知を越えた大妖怪たちの因縁など、すぐに理解できる事柄ではない。
「軽々しく答えるべきではないと思う。一度持ち帰らせてもらってもよいか。それに仕事も夫にばかり押し付けてはいられぬ。一度、戻って明日に答えるからのう……では、また明日な」
手を振る伊世に応じて私も手を振り返し、伊世は持ち場に戻っていった。
今になって、伊世の心象風景を思い出した。洪水が起きた日に見たのは間違いないのだが、あの時は急いでいて眺めている時間がなかった。
伊世の心象風景は一面の花畑であった。
鈴蘭、薔薇、朝顔、水仙と、四季を問わず見渡す限りの花畑が桜の木を中心に広がっていたのである。不思議なことに中央にある桜の花は無数の蕾をつけてはいるのだが、一つも開花していなかったのは気になる点である。現状の生活へ、なんらかの不満があることを伺わせるような風景であった。
一方で私が憑依する際に浸食した心象風景も同時に思い出した。
伊世の花畑を私は枯らした代わりに、中央にあった桜は全ての蕾が満開に開花したのである。これをどう受け止めるべきなのか判断がつかない。
しかし、伊世が明日聞かせてくれるであろう所感を聞けば何か、掴めるかもしれないと感じていた。
そして今日は、一度も退治の依頼が来ることはなかった。外では忍が近隣の妖怪を根こそぎ狩りつくしているのだ。当分は依頼が来ることもないかもしれない。
合間に何度か露店の移動が済んでいない商人を手伝うことがあった。慎重に運ぶことが要求される陶器の商人。重たい物が多い武具商人など様々な商人の手伝いをした。
夜になり、私は長屋の前で忍が帰るのを待っていた。しばらくすると聞きなれた甲冑の音が聞こえてきてきた。もし狐の耳が頭上に出ていたのなら音の方向へ思わず耳が向いてしまったことだろう。
「お帰り。少しは狩りができた?」
「あぁ、小物ばかりだったが二十は倒したな」
「良い収穫ね。私の方は、伊世さんと話してきたの。私の正体ばれちゃった」
意外にも忍は驚いた顔をしなかった。もしかしたら、伊世は忍にも気付いていることを匂わせるようなことを言っていたのかもしれない。
「なんとなく、そんな気がしてた。でも伊世さんは黙っていることを選んだのだろう?」
「そう……。恩を仇で返すことはできないって言ってた。それに若い頃の伊世さんは白峰に助けてもらったことがあるみたい」
忍は「あの白峰が……」と呟いて、腕を組んで首を傾げていた。
「そんなことがあってなのか、妖怪に対して一括りに恐れていないみたいだった。でも本当に意外よね。あの白峰が鬼に襲われそうになっていた女を助けたことがあるなんてね。ただの人間なら天狗としては庇護の対象だったりするのかしらね……」
「かもしれないな。殺すのは悪いことをしそうな奴ってことか」
忍はため息をついて呆れて、肩を落としていた。
「とりあえず、伊世さんは他の人に告発する心配はないと思う。でね、私たちの今の状況を話してみたの。第三者の意見を聞いてみたくて」
忍は「そうか」と呟いて思考を巡らせているようだった。
「もう少し考えて答えたいって言われて、明日に答えを聞く予定になってる」
「……当事者以外の客観的意見っていうのも大切だよな。何せ伊世婆様だ。長く生きた人の意見は得るものがあるかもしれないな。何か助言をもらったら俺にも聞かせてほしい」
「もちろん。じゃあ、また明日」
忍に手を振り私は長屋に入っていった。いつものように、隣からは忍が着けていた甲冑を外す音が聞こえてくる。
私は横になり櫛を握りしめると、目をつぶって眠ろうとした。当然、すぐには深い睡眠には至らずに昼間の出来事を思い出しながら、眠りにつくのを待っていた。
だが、忍が長屋を出たことに気付いて、戸を開けてみると忍が外で月を眺めていた。
「どうしたの、忍?」
「なんだか、眠れないんだ。寝てる時間すら惜しいような気分でな。休まないとあとに続かないのは分かっているんだが……」
私は背中を向けて呟く忍の背中に近付いていった。
そして、振り向いた忍の頭をポンポンと優しく叩いた。
「なら……私が寝かせてあげる」
「子守歌でも歌うのか?」
忍は微笑みながら、大人しく頭を叩かれていた。
「私が憑依で忍の意識を奪って、気絶するように寝かしてあげる。無理するのは当日だけでいいわ。それに長時間、忍の体に憑依して体を慣らしたいという意図もあるの」
「安眠も提供してくれるなんて、本当に俺の運は極まってきたらしい。このままだと俺は堕落してしまう気がするよ」
忍は戸を開けると私を招き入れた。相変わらず、遺品が散乱している部屋の様子に私は思わず唇を噛みながらも戸を閉めた。
「じゃあ、憑依するわ」
私は忍に憑依を試みた。
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