二人羽織 妖狐と退治屋の恋

桔山 海

文字の大きさ
31 / 43

三十一話 もう独りになりたくなかった

しおりを挟む
 背の低い草原を走っていた忍を見つけたので狩りに合流した。

「葛か。対話の方法を見つけられたか?」

「ええ、忍にも体験してもらおうと思って」

 私は忍の心象風景に、今度は予め広げた巻物を想像して、それを地面に置いた。見せたのは先程、伊世に見せたものと同様のものだった。

「おぉ、すごいな。洪水の日に葛が何をして何を考えていたか、追体験したぞ」

「よし、巻物を広げる時間も予め広げることで解決できたわ。これで、あとは狩りに専念するだけね。行きましょうか……ん?」

 私は腰の辺りに違和感があった。この違和感は尾が増えた時の感覚だ。

 妖狐の耳と尾を出してみると、やはり尾が四本に増えていたのである。

「これは……またお祝いを用意しないとだな」

「ううん。予言の刻限を乗り越えたらでいいわ」

 忍は「そうだな」と呟き、気持ちを狩りに切り替えたようだった。私も、もう一度鷹に変化すると上空から妖怪を探した。

 前日にほぼ周囲の妖怪を枯らしてしまったようで全然妖怪と遭遇することなかったので、大きく町から離れてみることにした。

 山中の森の中に入るとようやく妖怪に遭遇することができた。中型の鬼であった。憑依で向かわせる必要もないほど自分から忍の方へ向かっていき、忍は右薙ぎに一太刀で斬り捨ててられた。

 森が開けて小川が見えてきた。

 その時である。

 まるで空気の重さが変わったかのような錯覚を起こす圧倒的重圧を感じ、対岸に人影を見つけ視線をやると思わず目を疑った。黒い双翼に山伏姿の壮年の男がいた。

 白峰が立ってこちらを見ていたのである。

 すぐに私は忍に憑依して臨戦態勢に入った。小川を挟んで対岸に白峰はいたのだが、川のせせらぎすら聞こえなくなるほど感覚を尖らせている自分がいた。

「まったく、町民が妖怪を許容するなど予想外だ。玉藻の娘……お前の正体を告発すれば町民は追放する動きに出ると思ったのだがな」

 白峰は心底、不服そうにため息を吐いた。

「それは残念だったな。葛は充分に誠意を示した。追い出されることはない」

 忍は自分を鼓舞するかのように白峰へ挑戦的な物言いをしていた。

 白峰を恐れていた忍の姿はすっかりと消えてなくなっていた。

「ふん、誠意か……。いいか玉藻の娘。お前は成長してはならない。追放されないと言うのなら自分から町を出て独りでいろ」

 私は一瞬だけ白峰に憑依が出来るか確認していた。結果、母が言ったように憑依はできるが操れないというのは確かだった。今、対話のための記憶を巻物にすることへ意識を向けるのは危険な予感がしていた。

 私は憑依を使っての意思疎通をすることに留めておいた。

『私が従わなかったら……どうするのですか?』

「相応の対応をさせてもらう」

 いつも持っていた特大剣を見せないのは、今は戦う意思のないことを感じさせた。代わりに私と忍の力を観察することに注力している。冷徹な眼光は、忍に憑依して姿の見えないはずの私をも睨まれているような感覚がした。

『町の人間を危険に晒すのですか、それがあなたの言う安定に繋がるのですか?』

「わかっているではないか。私はこの国の安定を目指すためにしか動かない。たしかに伝えたからな」

 白峰は一瞬で姿を消した。

 すさまじい速さで、飛び去っていったのならまだわかる。

 だが、白峰は文字通り消えたのだ。

 まるで、さっきまで話していたのが夢だったかのような錯覚をしたが、履いていた高下駄の足跡が残っていることから夢ではなかったことを物語っていた。

 私は忍から憑依を解くと、緊張が解けて思わず大きなため息が出てしまった。一方の忍は笑いが零れることを抑えることができずに大きく笑い出した。

「はっはっは。本番前に一度対面できて良かった。もっと恐怖に打ちのめされてしまうのではないかと心配していたが、そんなことはなかった。今の俺なら、ちゃんと勝負になる。大丈夫だ、葛……。俺は戦える」

 忍の笑いからは侮りは感じられなかった。

 忍の心象風景を見てみると燻っていた木々に火が着いていた。しかし、まだ弱弱しい火であった。自信の現れなのだろうか。士気が上がることは喜ぶべきことだったが私は手放しに楽観できなかった。

「白峰の言葉、どう受け取るべきだと思う?」

「言葉に従ったら葛は手を出されずに生き延びるだろう。従わなかったら町民は皆殺しで君は独りになって生き延びる。俺はそうなると思うぞ」

 どちらを選んでも私が生き延びるというのは意外な見解だった。

 しかし、今さっきの白峰ですら私を殺そうとしなかった。明らかに私を生かしておくことが何か有用に働くことを示唆していたように思えた。

 それに加え『成長してはならない』という言葉である。生かしておきたいが成長して強くなられるのは困る。やはり、私は何かしらの理由で泳がされている。そんな思惑を感じずにはいられない。

「私、結局独りになってしまうの……」

「いいや、俺が隣にいる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

処理中です...