二人羽織 妖狐と退治屋の恋

桔山 海

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三十二話 覚悟は済んだ

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 忍は私の手を両手で握った。その表情は目つきから違い、自信に満ち溢れていた。何が忍をここまで焚き付けるものがあったのだろうか。

 私にはわからなかった。

「…………」

「もう、狩りの時間は終わりだ。天狗の所へ行こう。俺の準備は整った」

 その一片の迷いのない言葉に私は頷き、覚悟が決めた。

「……じゃあ、町に戻って旅支度ね」



 忍は、町に戻ると食料と水を準備しようと露店へと駆けていった。

 私は町長の元へ出発を伝えることにした。まだ、町民全員が納得したわけではないので、食料調達は忍に任せた方が良いという判断になったからだ。

 町長がいる小屋の前で私は声をかけた。町長だからと言って、他の者よりも大きな小屋に住むことのない謙虚な印象を私は受けた。そして、町長は小屋から出てきた。

「葛さん。どうかしたのかな?」

「本日で狩りを終了して、明日に旅支度が終了次第、天狗との対話に向かいます」

「そうか。周囲の妖怪の様子はどうだ?」

「町の周囲の妖怪は見当たらない位に狩りつくしました。当分は妖怪による危険はないでしょう。町を空ける数日の警備……お任せしてもよろしいでしょうか?」

「そうか……そろそろだろうと思って体を慣らしておいてよかった」

 一瞬、私は疑問に思ってしまった。まるで、代わりの退治屋が自分だと言っているような物言いだったからだ。

 町長は小屋の中から、弓を取り出した。引くのも難しそうな大弓だった。

「腕前が心配かね? まぁ見ててくれ」

 町長は近くにあった木に向かって弓を放つと難なく木に命中させて、さらに矢をつがえて放った。すると、いとも容易く先に刺さった矢に命中させて見せた。

 継ぎ矢と呼ばれるもので狙って出来るような芸当ではなかった。

「まさか、町長自身が代わりの退治屋とは……でも、その腕前なら安心できます」

 一目見た時から只者ではないことはなんとなく察していたが、ここまでとは驚きだ。

「忍くんが来る前までは私自身が皆を守る仕事をしていてな。主を失ってしまった武士のできることは、それくらいだ」

 町長は自嘲気味に一瞬俯いたが、すぐに私の方へ向き直った。町長は私の肩を力強く叩き、激励の意思を表明してみせた。

「あとは、君たちが対話を成功させて帰ってくることだけを考えて、悔いの残らないように全力を尽くしてこい」

 私は「はい」とだけ返事をして頭を下げた。頷く町長は頼もしさに満ちていた。

(あの人がいるのなら、安心して任せられる)



 長屋に戻り、私は横になって忍を待つことしかできなかった。

 ふと白峰の心象風景のことを思い出した。

 さきほど、白峰と遭遇した時に一瞬だけ憑依ができるかを確認したことで、心象風景を見ることに成功していた。

 それは見渡す限り、全方位から無数に放たれた矢が中央のある焚火に向いて一定の距離を保ち、停止していた。そして中央にある焚き木には折れた矢が薪として使われていた。

 いろんな人物の心象風景を見て気付くことがあった。

 白峰で言えば焚き木、忍で言えば黒い妖狐、伊世で言えば蕾のままの桜といった具合に、中心には印象的なものがあることが多いのだった。

 白峰の言う『安定』と、あの心象風景は結びつくものは思い付かなかったが、対話をしていく上での足がかりにはなることは間違いないだろう。

 しかし、これ以上考察の余地はなく、白峰との対話に必要な記憶の巻物を今から準備することにした。

 私が対話に必要だと思うのは、私が生きた全てだということは確信を持っていた。

 二十年分の記憶を全て巻物として想像するためには、それなりの時間を要する。

 横になり寝返りを打ちながら、自分が体験してきた出来事を振り返っていた。

 穏やかだったが変化に乏しかった小屋での十五年。両親を殺されるという一番大きな悲しみの出来事。天狗や他の妖怪への怒りに満ちていた五年の放浪期間。

 そして私が初めて恋をした忍との出会い。町での交流を経て、人間と友好な関係を構築できたこと。私の心が復讐から対話へと変わっていったこと。

 全てを見て信じてくれたのなら、私が和解を望んでいることがわかってくれるかもしれない。だが『同情を誘う幻術の類』と断じられる可能性も否定はできない。

 それでも私は記憶という巻物を作ることやめなかった。

 すると隣の戸が開く音がして、忍が帰ってきたことに気がついた。私は壁をこつこつと軽く叩くと壁越しに話しかけた。

「旅支度はできた?」

「あぁ充分だと思う。明日の早朝、この町を出よう。天狗が何かしてくるかもしれない」

「わかったわ。今日は早く寝ておきましょう」

 忍は「そうだな」と言って、装備を外して横になったようだった。



 そうして、翌朝。ひっそりと私と忍は町を出て、洪水を氷解させた大天狗、愛宕の飛んで行った方向へ歩き出した。方向が合っているのは気配でわかるとでも言うのだろうか。

「ねぇ……忍……」

 私は前を歩く忍に声をかけようと名前を呼んだ。感謝を伝えたかったのだ。

 だが、忍がこちらを向くと急に表情を引きつらせて私の背後を見た。

 そして、肩を叩かれる感覚がすると景色が一変していた。



 崖をくり抜いたような岩場に木製の格子が取り付けられた牢の中に私はいたのだ。

 振り返ると白峰の姿がそこにはあった。

 忍の姿はなく、私だけが拉致されたのだった。

(こうも変わるのか……こんなにも独りになるのが怖いなんて……)

 忍が隣にいないことに、私は大きく心をかき乱されてしまった。

 独りになったことで、このまま鞍馬の予言の通りに私が死ぬという運命に向かっているような気がしてしまった。

 だが、ふと私の両耳に囁き声が聞こえてきたのだ。

『葛は独りじゃないわ』

 それは紛れもなく母の声だった。

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