二人羽織 妖狐と退治屋の恋

桔山 海

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三十四話 母は選択していた

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『葛も思い至っていた通り、白峰さまも敬愛する主である君護きみもりさまの死を予言されていて、必死に足掻いていただけでした。お父さんが殺された時、多くの見物の妖怪がいたのを覚えているでしょう? あの中に君護さまを殺そうとしている妖怪がいたのです。それを葛の処刑の当日に白峰さまに伝えるの』

 母の憑依は、視界に入る全ての生物である。あの場にいた全員の妖怪は思考を読んでの判断なのだろう。

 白峰も予言を聞いていたということに関しては、やはりというのが私の感想だった。

 この場合誰が悪いのだろうか。疑心暗鬼になったとはいえ父を殺してしまった白峰なのか。予言という心配の種をまいた鞍馬が悪いのか。実行してはいないが、本当に君護の殺害を狙う第三者が悪いのか。正直判断がつかなかった。

『父さまが殺された日に母さまが見物の妖怪を操って白峰と戦っていたら、どうなっていたのでしょうか……』

『きっと白峰さまを殺すことができたでしょうね』

 意外な反応に私は驚いてしまった。

『その行動を取らなかった理由は父を一時的でも死なせるに値するものなのですか?』

 母は視線を落とし、下唇を噛んで悔しそうに拳を握った。

『葛が町で話をしていた、伊世さんというお婆さんがいたでしょう? あの人が言った、憑依が効かない相手は唯一の対話し相手。この思想には昔から、お母さんも辿り着いていました。だから、白峰さまを殺すだけでは妖狐の自由を目指すには不十分でした。お父さんとは同意の上の判断だったのだけど、やはり……それしか選べなかったのは悔しいわ。力不足と言わざるを得ません』

 母も苦渋の決断だった。だが、理解はできる。あの場で他の妖怪を使って白峰を殺しても妖狐の脅威を知らしめるのみである。

 かといって、あの場で母の言う白峰の主を狙う妖怪の名を出しても、信憑性を保障する材料がない。

 本当に、あの場を切り抜けて今に繋げる道は父を犠牲にするしかなかったようだ。

『ですが……密告など……印象が悪くないでしょうか?』

『残念ながら妖狐には選ぶほど手段は残されていません。葛も見てきたでしょう?』

 私は返す言葉がなかった。反論できない程度には天狗の理不尽を体験してきた。

 母は死んだふりをして私に放浪をさせることで世界を見せる、ということは白峰の襲撃の前から考えていたのだろう。

『小屋の外の世界に触れることで私は、多くの見聞を得ることができました。私は天狗とも誠意を示した対話を目指したいのです』

『葛は、その道を進めばいいのです。密告をしてでも恩を着せて妖狐の保身を計る。これが、お母さんの思い付く妖狐の自由を掴み取る手段なのです。恩というのが、友好関係を構築することに役に立つことは葛も体験してきたでしょう? ようやく得た、対話の好機なのです。この機会をものにしないと妖狐の未来はないでしょう』

 母の表情は重かった。私の知らない幾度の失敗を経験してきたのだろう。失敗を経験したからこその諦めは、より強く信念を固めさせているように思えた。

 母の心の有り様には離別を繰り返して心を閉ざしてしまった忍のことを思い出してしまう。失敗は生き物を成長させる上で必要なことだと思うが、度を超した失敗は悪影響を与えると言わざるを得ない。

『まぁ、先の話はこの辺りでおしまい。お母さんは四本まで尾を増やした葛を褒めてあげたいの。頑張りましたね。予言の刻限でなんか死なせません。お母さんが守ってみせるから、安心して……』

 母は私を抱きしめて頭を撫でていたが、ふと私は質問をしたくなった。

『そういえば、鞍馬という天狗について母さまは何か知っていますか?』

『治癒を司る、大天狗という噂を聞いたことがあるくらいね。でも、十二単を着た天狗なんて、聞いたことがないわ。時間の止まった世界でだけ、あの姿なのかもしれないわ』

 治癒……。時間を操ることができる鞍馬にとって無関係な役職だ。

『ただ、予言について一つだけわかっているのは、葛には明確に日付を予言しましたが、君護さまの死については時間や日付の予言がされていないようでした。まぁ、そんなことがわかっても鞍馬に関しては手に負えません。あれは目を付けられたが最後の災害のようなものと捉えるしか無さそうね』

 母でも、そんな見解になってしまう辺り、本当にそうなのだろう。鞍馬について考察することには残された時間を割くべきではない。

 しかし、刻限を指定されていない予言というものほど厄介なものないように思えた。白峰の心象風景が異様な光景だった理由がわかってきたような気がする。

 折って火にくべられている矢は、粛清してきた不安材料なのだろう。そして、不安材料という矢は見渡す限りに迫っている。こんな精神状況で何年も生きてきたかと思うと恐ろしさすら感じられる。私たち妖狐も不安材料の一つにすぎないのだろう。

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