二人羽織 妖狐と退治屋の恋

桔山 海

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三十五話 私は正しく進めていた

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『それにしても……葛は尾が四本になるなんて良い成長をしましたね。五年程度では一本、尾が増えるかどうかといった予想でしたが、忍くんと町にいたことが良かったのでしょう。多くの町民から感謝という感情を受けることで妖力の向上が効率よく行えたようです。あと、葛は当たり前のように憑依した相手の過去を読み取っていましたが、お母さんにはそんなことはできません』

『そうなのですか? てっきり憑依の基本活用だと思っていました……』

 意外だった。母は憑依を極めた妖狐とすら思っていた。

『お母さんが読み取れるのは今、何を考えているかまで……お母さんの憑依が広く浅いと例えるなら、葛の憑依は狭く深いと言うべきでしょうか。それが葛の妖狐としての方向性かもしれないわ』

 狭く深い、憑依……。母の的を射た考察に思わず納得してしまった。

 何より自分の進んでいる道を母に肯定されることの心強さは計り知れなかった。

『……母さま、ありがとうございます。自分に自信を持つことができたかもしれません。なので、私は自分の目指す道である天狗との対話のために記憶の巻物の作成に戻ります。母さまの計画も上手くいくことを祈ってます』

『葛も頑張ってね。忍くんのことは心配しないでお父さんが連れてきてくれるから』

 私は母への憑依を解き、視界が再び牢へと戻った。母は白鞘の太刀のままだ。

 私は懐から、忍にもらった櫛を取り出して見つめた。不思議と力が湧いてくるような感覚がして私は完全に意識を切り替えた。

(忍……来てくれるって信じてるから)

 母の言葉を信じて私は記憶の巻物を作成に集中した。忍が、来てくれるという心強さにも後押しされて、巻物の作成は捗ったが物量はそれなりにあった。川のように長い巻物に文字を書いていくことは単純な作業ながらも時間がかかるものだった。

 上級の妖怪なら誰でも五日程度なら飲まず食わずでも問題はないし、予め町で準備してある食料と水すらある。

 問題は巻物の作成が間に合うかどうかといったところだろうか。思ったより時間を必要とすることに気がつき、私は全てを見せることから、要点を見せることへと着地点を改めることになった。



 翌日、ついに予言の刻限は四日後である。巻物の作成に目を瞑り意識を集中していたが急に森の木々のざわめきが聞こえなくなり、目を開けると鞍馬が牢の中にいたのである。相変わらず豪華な青い十二単に袖を通した優雅な姿で、こんな牢屋には似遣わない。

 しかし、今度は私の体は動かせるようだった。

「今日は、あなたとお話をしにきました。……いえ、私を見ただけで言いたいことが伝わるのでしたっけ」

「憑依して、記憶を覗いてみろとでも?」

 鞍馬は「ええ」と手を広げ、首を傾げ怪しく微笑んだ。妖狐を相手に憑依を許すなど、生殺与奪の権を握らせることにも等しいことだが、鞍馬は気にする様子はない。

 罠のような意図を感じずにはいられなかったが、心象風景の中でこちらに干渉してくる存在など妖狐同士でないと無理なはずだと思い、私は鞍馬へ憑依を試みた。

 白峰の心象風景を、異様と評したのが間違いだったと思うほど、本当に異様な心象風景がそこには広がっていたのである。

 平安貴族が過ごしていたような屋敷の広間に無数の巻物が転がっていたのである。

 今まで一人の記憶を読み取っても必ず、その人物が経験してきた記憶を象徴とする巻物は一つだった。

 手に取っても記憶という光景が浮かんでこなかった。

 いくつか、手に取りようやく本物の記憶の巻物に辿り着いた。一番新しい記憶は牢にいる私に会いに来ることであり、一応は記憶を辿れていることだけはわかった。大きく巻物を広げて、白峰について重点的に見ることにした。

 鞍馬は白峰のことをお気に入りと豪語するだけあり、ずっと監視していたかのように、白峰についての記憶は豊富にあった。

 白峰の修羅の道とも言える苦難が始まったのは人間だった頃からだった。

 白峰と君護は貴族であった。まだ、貴族が政を行っていた時代に生きていた人間だ。

 今見ている記憶の中の白峰の姿は私が見た山伏姿ではなく、束帯と呼ばれる貴族が着る衣服を着ていた。

 蹴鞠などをして遊び暮らす他の貴族とは異なり、真に世の中を良くするために何が必要かを日々、語らい実現を目指す仲で、主従の関係ながらも議論の際は忖度をしない物言いで、君護から白峰は大いに気に入られていた。

 だが、貴族としての利権を守りたい保守的な者から、君護は疎まれる存在であった。民を一番に考える世界を目指す君護は一部の貴族からは変わり者として見られていた。

 そして、鞍馬が初めて白峰に接触する瞬間が訪れた。
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