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三十六話 その志は偉大だった
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白峰が一人で洛中を歩いていいた時、時間の止まった空間に十二単の姿の鞍馬は現れた。
「あなた、白峰さんでしょう? 私は鞍馬と言います。あなたが仕える主、君護さんは京の都を襲う大天狗になるから気を付けてくださいね」
鞍馬は突如として予言を伝えたが年若い白峰は困惑していた。唐突に天狗が現れたことにも、主について急に不吉な予言をされたことにも、全てが唐突すぎた。
「何故、私に伝えたのだ? それに本当に起きることなのか? お前は何者なんだ! 全てがわからない」
「今はわからなくていいのです。伝えたのは……そうですね……あなたに伝えたら面白いことになりそうだと思ったから。では……せいぜい足掻いてくださいね。あなたは私のお気に入りなのですから」
あまりに人間離れした返答に白峰はさらに面を食らって呆然としてしまい。鞍馬は微笑みながら空間の裂け目に去っていった。
白峰はその場に立ち尽くしてしまっていた。心当たりがあるばかりに余計に白峰の思考をかき乱しているようだった。
「君護さまの孤立が向かう先が天狗だというのか……」
人は、その身に恨みを受けすぎると妖怪へと姿を変える。鬼や天狗か、それ以外か様々だが、昔から人間の間で信じられてきたことで、事実でもあった。
白峰は必死の抵抗として、根回しなどに奔走し、味方を増やした。
それでも、一年の年月が経過して、ついに君護は本当に天狗と化して京の都を襲うことになってしまったのである。
きっかけは、民を先導して帝を転覆しようと企んだと、嘘の容疑で京を追放されてしまったからである。君護は、民の意見に直接耳を傾け良き世界を作るために奔走していた。それが敵対的な勢力に利用されることになってしまった。真面目に国を良くしようとしていた君護のことを他の貴族は自らの保身のために排除したのだ。
だが、天狗になった経緯は他者からの恨みではなかった。自らの恨みだけで天狗と変生したことは妖怪としては異例の出来事であった。人間が妖怪に姿を変えた時は大抵、理性を失ったり、小妖怪になるのが通例だが、君護は違った。人間から”大天狗”に変生したのだ。
天災すら操る大天狗となった君護は京に雷を落としては貴族のみを狙う大妖怪になってしまった。
その怒りを、怨念を鎮めたのが同じく天狗になった白峰であった。
「君護さま、どうか鎮まりください。私も天狗になってまいりました。天狗としての力を民のために使いましょう。私は永劫、君護さまの臣でございます」
人間が、修行のみで天狗に至ることは困難を極めた。断食、読経、山登り、滝行などありとあらゆる修行を行い二年という短い年数で天狗に至ったことは異例中の異例で、そもそも天狗になれる人間など、十年に一人現れるかどうかだった。同時期に修行を行っていた人間には、あまりに過酷な修行に耐えきれず逃げたり、死ぬ者もいたりした。
京を荒らす天狗と化した君護を鎮めるという信念のみで、白峰は天狗になったのだ。
貴族は供養などと言い、神社を造り祀ったりしたが、真に君護を鎮めることができたのは、やはり白峰をおいて他にはいなかった。
「白峰……おまえという奴は……」
血の涙を流しながら雷雨を巻き起こしていた君護は、白峰の言葉を聞くと穏やかな表情を取り戻した。
そして、天を覆っていた暗雲は消え去り日の光が二人に差した。
(ここまでの出来事があったなんて……)
人間から天狗になる過程でここまで壮絶な出来事があったとは、予想をはるかに超えていたのである。思わず溜息が出て脱力してしまった。
白峰と君護は天狗となって見えてきたものを踏まえて、目指す世界について改めて話し合っていた。まだ、構成員は白峰と君護の二人だけであった。白峰はすでに天狗らしい山伏姿、君護は束帯を着ていた。話し合いをしている場は束帯を着た君護がいるには相応しくない、山中の洞窟の中であった。
「私は人と妖怪が共存する世界を作ろうと考える」
「主はいかにして、その結論に至ったのでしょうか?」
「天狗と成りわかったが、人と妖怪は感情を通して共生関係にある。それは白峰も気付いたのではないか?」
白峰は頷いて肯定した。天狗もやはり、妖怪の例に漏れずそうだったのだ。
「人間が快適に生きることで妖怪も快適に生きることができる。なら目指すべきは、人間の暮らしの安定だ。人間は道具を使って生活を向上させてきた。だが、道具とは持つ者にしか益をもたらさない。それに道具を作るためには資材を要する。そのための資材はいつか底をつくだろう。だから、私は人間が進化をする必要があると考える。豊かな生活を送るために道具を必要としない世界。そんな世界を目指すべきだと私は思う」
進化した人間と聞いて、思い浮かんだのは忍だった。
父の力で死んだ魂を糧に成長し、今や身体能力は大妖怪にも匹敵する。人間の多くが忍のように強くなれば、少なくとも妖怪に怯えることもなくなる。
「人間の進化……その視点は私にはありませんでした。そんな世界が実現できれば、領土や物資を巡る争いも減り、世界は安定するかもしれません。天狗として、超常的な力を手にした今なら、夢物語として切り捨てるには、あまりにも惜しい。やりましょう。我が主。困難な道のりとなるでしょうが、この白峰はいつだってお傍にいます。まずは同志を探しましょう。妖怪にも人間にも……」
そうして、目標を明確にした白峰と君護は世界の安定を目指して動き出した。
「あなた、白峰さんでしょう? 私は鞍馬と言います。あなたが仕える主、君護さんは京の都を襲う大天狗になるから気を付けてくださいね」
鞍馬は突如として予言を伝えたが年若い白峰は困惑していた。唐突に天狗が現れたことにも、主について急に不吉な予言をされたことにも、全てが唐突すぎた。
「何故、私に伝えたのだ? それに本当に起きることなのか? お前は何者なんだ! 全てがわからない」
「今はわからなくていいのです。伝えたのは……そうですね……あなたに伝えたら面白いことになりそうだと思ったから。では……せいぜい足掻いてくださいね。あなたは私のお気に入りなのですから」
あまりに人間離れした返答に白峰はさらに面を食らって呆然としてしまい。鞍馬は微笑みながら空間の裂け目に去っていった。
白峰はその場に立ち尽くしてしまっていた。心当たりがあるばかりに余計に白峰の思考をかき乱しているようだった。
「君護さまの孤立が向かう先が天狗だというのか……」
人は、その身に恨みを受けすぎると妖怪へと姿を変える。鬼や天狗か、それ以外か様々だが、昔から人間の間で信じられてきたことで、事実でもあった。
白峰は必死の抵抗として、根回しなどに奔走し、味方を増やした。
それでも、一年の年月が経過して、ついに君護は本当に天狗と化して京の都を襲うことになってしまったのである。
きっかけは、民を先導して帝を転覆しようと企んだと、嘘の容疑で京を追放されてしまったからである。君護は、民の意見に直接耳を傾け良き世界を作るために奔走していた。それが敵対的な勢力に利用されることになってしまった。真面目に国を良くしようとしていた君護のことを他の貴族は自らの保身のために排除したのだ。
だが、天狗になった経緯は他者からの恨みではなかった。自らの恨みだけで天狗と変生したことは妖怪としては異例の出来事であった。人間が妖怪に姿を変えた時は大抵、理性を失ったり、小妖怪になるのが通例だが、君護は違った。人間から”大天狗”に変生したのだ。
天災すら操る大天狗となった君護は京に雷を落としては貴族のみを狙う大妖怪になってしまった。
その怒りを、怨念を鎮めたのが同じく天狗になった白峰であった。
「君護さま、どうか鎮まりください。私も天狗になってまいりました。天狗としての力を民のために使いましょう。私は永劫、君護さまの臣でございます」
人間が、修行のみで天狗に至ることは困難を極めた。断食、読経、山登り、滝行などありとあらゆる修行を行い二年という短い年数で天狗に至ったことは異例中の異例で、そもそも天狗になれる人間など、十年に一人現れるかどうかだった。同時期に修行を行っていた人間には、あまりに過酷な修行に耐えきれず逃げたり、死ぬ者もいたりした。
京を荒らす天狗と化した君護を鎮めるという信念のみで、白峰は天狗になったのだ。
貴族は供養などと言い、神社を造り祀ったりしたが、真に君護を鎮めることができたのは、やはり白峰をおいて他にはいなかった。
「白峰……おまえという奴は……」
血の涙を流しながら雷雨を巻き起こしていた君護は、白峰の言葉を聞くと穏やかな表情を取り戻した。
そして、天を覆っていた暗雲は消え去り日の光が二人に差した。
(ここまでの出来事があったなんて……)
人間から天狗になる過程でここまで壮絶な出来事があったとは、予想をはるかに超えていたのである。思わず溜息が出て脱力してしまった。
白峰と君護は天狗となって見えてきたものを踏まえて、目指す世界について改めて話し合っていた。まだ、構成員は白峰と君護の二人だけであった。白峰はすでに天狗らしい山伏姿、君護は束帯を着ていた。話し合いをしている場は束帯を着た君護がいるには相応しくない、山中の洞窟の中であった。
「私は人と妖怪が共存する世界を作ろうと考える」
「主はいかにして、その結論に至ったのでしょうか?」
「天狗と成りわかったが、人と妖怪は感情を通して共生関係にある。それは白峰も気付いたのではないか?」
白峰は頷いて肯定した。天狗もやはり、妖怪の例に漏れずそうだったのだ。
「人間が快適に生きることで妖怪も快適に生きることができる。なら目指すべきは、人間の暮らしの安定だ。人間は道具を使って生活を向上させてきた。だが、道具とは持つ者にしか益をもたらさない。それに道具を作るためには資材を要する。そのための資材はいつか底をつくだろう。だから、私は人間が進化をする必要があると考える。豊かな生活を送るために道具を必要としない世界。そんな世界を目指すべきだと私は思う」
進化した人間と聞いて、思い浮かんだのは忍だった。
父の力で死んだ魂を糧に成長し、今や身体能力は大妖怪にも匹敵する。人間の多くが忍のように強くなれば、少なくとも妖怪に怯えることもなくなる。
「人間の進化……その視点は私にはありませんでした。そんな世界が実現できれば、領土や物資を巡る争いも減り、世界は安定するかもしれません。天狗として、超常的な力を手にした今なら、夢物語として切り捨てるには、あまりにも惜しい。やりましょう。我が主。困難な道のりとなるでしょうが、この白峰はいつだってお傍にいます。まずは同志を探しましょう。妖怪にも人間にも……」
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