二人羽織 妖狐と退治屋の恋

桔山 海

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四十話 時は来た

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「母さまの交渉は破綻しています。本当に白峰さまの主を狙う真の敵がここにいるのは私にもわかります。でも、母さまは生物を操れると言ったではないですか。適当な名を出し後で怪しい行動をさせることで、自分の言葉を真実にできるのです」

 本当に当事者が起こしたことなのか。母が操って起こしたことなのか。

 白峰の主を殺そうとしている者がいても、母が存在するだけで悪事の責任は曖昧になってしまう。

「娘に救われたな、玉藻御前。お前が誰かの名を言っていたら私が斬っていたところだ」

 白峰も母の交渉の破綻には気づいていたようだった。

「白峰さま、少し私の……葛の話を聞いていただけないでしょうか?」

「母よりは娘の方が、まだ話す価値がありそうだ。言ってみろ」

 母の方を見ると頷き『任せました』と憑依で私だけに伝えてきた。おそらく母は、始めからこのつもりだったのだろう。自分が悪役を引き受け、私という和解を引き立てる。五年も時間があって、母が自らの交渉の破綻に気づかないとは思えなかった。

「君護さまの命を狙う者がいるのは事実です。ですが、それは心を読んで発見したことにすぎません。まだ、何も行動に移していないのです。思考の段階の悪事で誰かを裁くことは許されないと私は思います。心は生物に許された聖域だと私は考えます」

「お前たち妖狐が生きている限り、お前の言う生物に許された思考という聖域は踏みにじられるのではないか?」

 的確に問題点を挙げる白峰の表情は冷静だった。

 反論の余地はなかった。まさにその通りである。だが、その上で私は提案するしかなかった。和解という道を。

「その通りです。私たち妖狐が生きている限り、生物に心という聖域は意味を成さなくなります。それでも私たちは生まれてしまったのです。そこで提案をします。私たち妖狐を天狗の傘下に加えませんか? 聞けば白峰さまと君護さまは良き世を目指して奔走しているとのこと。私たち妖狐は密告をしません。ですが悪を成そうとする者をいち早く見つけ、実際に行動に移しても最小限の被害で抑える策を講じます。もう白峰さまが、敵を警戒することに神経をすり減らす必要はないのです」

 私は白峰の心象風景を思い出しながら話していた。あの光景が健全なものとは到底思えなかった。私の勝手な解釈であるのは理解している。それでも……あの光景を覆す何かを提示できないと私たち妖狐と白峰はわかりあえることはできないと思っていた。

「妖狐の力を世界の抑止力として使えとでも言うのか……?」

「そんな、大げさなものではないのです。君護さまを守るという手段にだけにお使いください。他のことにまでとは出過ぎた真似です」

「お前は、我が主の何を知っているのだ?」

 白峰は純粋な疑問の表情をしていた。私が知ったかぶりをしているわけではないと見抜いており、どこまで知っているのかを確かめようとしているのだとわかった。

「白峰さまが最初に予言を受けた、その時からです」

 白峰は眼を見開いて始めて驚いた素振りを見せた。そして、特大剣に手をかけた。

「主の心も踏みにじっているのか……万死に値するぞ」

 今にも私に斬りかかってきそうな白峰を心配して忍が私の前に出ようとしたが、それを手で制止して私は白峰に一歩近づいた。

「いいえ……白峰さま、これで対等ですよ。あなたは、私の父と忍の家族を殺したのです。私は白峰さまのことを許したわけはないですよ。でも、今後のために私は復讐の道を捨てて和解の道を選ぶのです。物事を進めるには理不尽を飲み込むことが必要なのです。私は父の犠牲に報いるために妖狐の自由を求めます」

 白峰は私の隣にいた忍の方を見た。

「おい、そこの少年。その女はこんなことを言っているぞ。お前は私を殺したくてたまらないのではないか? 家族を殺した私が憎くはないのかッ?」

 気持ちの高ぶる白峰と対称的に忍は冷静だった。忍は私の肩に手を置いて、一瞬私と目を合わせると白峰を見つめた。

「葛の言った理不尽を飲み込むしかないという言葉は俺の引用だ。俺もそう思っている。守れなかったものよりも、これから守れるかもしれないものに俺は命を懸けたい。葛だって守ってみせるし、葛が白峰の主を守りたいと言うなら、主だって守ってみせよう」

 動揺する白峰に畳みかけるべく私は、白峰の手首を掴むと特大剣を私の首元へ突きつけさせた。腕を振れば私の首を落とせる。そんな状況でも、私は斬られないという確信があった。だからこそ、一歩前へ踏み出せた。

「隠された悪意など気味が悪くありませんか? 私も忍も、悲劇の全てを飲み込んだ上で和解を提案しているのです。私がこの思いに至るまでを知れば必ず、白峰さまは納得できるはずです。理解できたなら、私たち妖狐と和解できる道を共に歩めるはずです」

 そのために私は記憶という巻物を準備してきたのだ。ついに時は来た。
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