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四十二話 和解の成立

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 一瞬の視界が暗転すると赤と白を基調とした神社と城郭を組み合わせたような建築様式の巨大な建物の天守閣に立っていた。眼下には一面の雲海が広がっていて、浮世離れした光景だった。戸の前で白峰は君護へ声をかけた。

「主よ。話し合いの機会を設けるべきと判断して、四尾の妖狐、葛を連れて参りました」

「わかった。入れ」

 戸の向こうから重低音の声が聞こえてきて、白峰は戸を開けると束帯姿の君護が鎮座していた。見た目の年齢では白峰と同じくらいの壮年の男だった。白峰との服装の違いのせいか、みなぎる覇気に思わず気圧されそうになる。一目でわかる……。

(あれは、上に立つ者の風格だ)

「ことの顛末は遠見の法で見ていた。白峰を納得させた記憶とやらを私にも見せてくれないか? それだけは遠見の法でもわからなかった」

 私は鎮座していた君護に視線を合わせるべく、床に正座をした。

「わかりました。では、お伝えします」

 私は君護に憑依して、心象風景に降り立った。

 そこは見渡す限りの耕された畑であった。点々と作物が植えられているが、小さな葉をつけるのみで何の植物なのか判断がつかない。

 そんな畑の中に一つ、鍬が刺さっていたのである。持ち手が白塗りにされた鍬であった。私には、この鍬が白峰を象徴とするものだと感じた。

 白峰という鍬で世界を耕し、施策という作物を植えているという印象を抱いた。

 植えられた植物が大きく育っていないことから、自分たちがやってきたことに手応えをあまり感じることが出来ていないのかもしれない。

 私は川のように記憶の巻物を出現させると、白塗りの鍬の近くに置き憑依を解除した。君護は目を瞑ったまま、大きく深呼吸をして、吐いてゆっくりと私のことを見た。

「これが君の……いや、言いなおそう。葛さんが生きた二十年か……。あなたの言う通り、葛さんと忍くんは我々の理想を体現した存在なのだな。確かに白峰が納得するだけのことはある。四尾の妖狐、葛さん。今までの非礼を詫びる。傘下などとは言わない。同盟として、共に新しい世界を目指す手助けをしてくれないだろうか」

 頭を下げた君護の姿に私は思わず慌ててしまった。

「頭をお上げください、君護さま。正式な話し合いは是非、母となさってください」

「いや、私は人間の信頼を得て、敵対者だった我々すらも納得させた葛さんと同盟を組みたいのだ。あぁ、妖狐の自由については安心してほしい。少なくとも天狗は今後一切、妖狐を迫害しない。そして他の妖怪に対して妖狐の友好を保障すると誓おう」

 天狗のお墨付きなど、これ以上の権威のあるものはないだろう。

 安心してしまった。これでもう大丈夫だ……。

「感謝……いたします。今後……とも、精進してま……い……り……」

 気が抜けたせいか……急に猛烈な目眩がして倒れそうになり、思わず床に手をついてしまった。

「あぁ、今日に向けて相当な無理をしていたようだったな。細かな話は後日詰めることにしよう。君護……薬を用意してくれるか?」

 君護は「承知しました」と言うと転移して消えた。

「鞍馬という天狗を通して見た私と君護の目指す世界に共感してくれたのは、わかった。私と白峰、他の天狗を集めてもなお、手詰まりであったのは、また事実である。葛さんの視点、行動が加わり、確実に何かが変わる確信がある。どうか、手を貸してほしい。父上を殺しておいて都合の良いことを言って……と思われるのを承知で私はお願いするしか、ないのだ。白峰を止められなかった私にも責任の一端はあると認めよう」

「その……お言葉だけで……父も……きっと……許してくださいます」

 そして戻ってきた白峰は白い瓶を私に手渡してきた。礼を言って、瓶の中の液体を飲み込むと少しだけ体が楽なり立ち上がることができた。

「ありがとう……ございました。白峰さま、忍たちのところへ送っていただけますか?」

 私は白峰に向かって手を差し出した。白峰は頷いて私の手を握ると私は忍と母の後ろに立っていた。

 母と忍は和気あいあいと歓談していて、見物の妖怪たちは姿を消していた。

「戻りました、母さま。無事に天狗との和解が成立して、天狗は他の妖怪に対して妖狐の友好を保証するとまで言ってくれました」

 母と忍は振り向いて、私に気がつくと顔を見合わせて喜びを爆発させた。

「よくやりましたね……葛。もう、教えられることはないでしょう。あなたは一人前の妖怪として認められたのです。母として誇りに思いますよ」

「葛……これで運命を乗り越えたな。帰ろう……佐倉の町に」

「えぇ、帰りましょう」

 母は私と忍が今日に向けて無理をしていたことを知っていた。母は純白の狐の姿になると、私と忍を背に乗せて空へと飛翔した。

「母さまと楽しそうに話していたけど、何を話していたの?」

 私は前にいた忍に尋ねると、こちらに顔を合わせることなく、ぼそりと呟いた。

「それは……まだ秘密だ」

『そうね。秘密よね』

 私の知らない間に、忍と母は随分と仲良くなったようだ。母の明るい言い方からは楽しみに待っているだけでよさそうだ。
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