異世界からの友好的侵略者にバカ惚れしたのでひたすら口説く

浦門

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一 第21緋連雀隊

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 一人、二人、っていうこの単位は、人間以外に使うのはどうなんだろう。犬猫みたいな、あっちの意思が確認できない相手ならまだしも、明らかに人間扱いを嫌う知的生命体に対して。
 本人に聞いてみてもいいが、その辺の言葉が次元間の人権問題になっていないということは、誰も気にしてないってことか。
 人権、これも変か。
『西川カイ! 撤退だ! 馬鹿め!』
 神経を走らせるのに、ちょうどいい雑音が増えた。それも特に好きな声だ。内容はともかくとして、気分が最高にノッてくる。
 住宅街に浮かんだ白い靄の中から現れた対象本体は、あえて地球上の生物に例えるならば白いクジラのようなずんぐりとした巨体だった。その腹の部分から触手がいくつも生えている。さっきの赤い弾丸によって崩壊した計四本の触手は、撃たれた部分から液状に溶け始めていた。
 その巨体を取り囲む白い靄は奴らが呼吸する際に吐き出す気体の色だ。奴が出現してしばらくの間そこに居座り続けていたせいで、濃度が高くなっている。おれらの到着が遅れたせいでもあり、攻めあぐねているせいでもあるが……ま、それは仕方がない。
 あれは元々地球上には存在しなかった物質なわけで、人体としては多量に吸い込んじゃいけない代物だ。命に関わる。だからこそそこから出てきてもらいたかった。
 今吐き出してる分は、仕方がない。諦めるか、息を止めるか。思ったより動きが遅いせいで、クジラの下半身はまだ靄の中から出てきてないから、諦めた方が気楽かもしれない。
『カイ!』
 だがクジラの腹の下に潜り込むのは、上手くいった。予測の通りだ。人類がその下をくぐり抜けるのに全く支障がない程度には浮いてくれている。腹から垂れた短い触手が邪魔だけど。
 腹の下は昼間の日差しが巨体に遮られて薄暗い。同時に薄く希釈された靄に日光は乱反射され、仄明るくもある。
 地面――アスファルトは、既にその触手に踏み荒らされていてボコボコに割れている。ペラペラに潰された車や、崩れたブロック塀とか、ごくありふれた住宅の残骸のような瓦礫の山を、クジラの腹から垂れて揺れる触手をくぐりながら飛び越える。
 ただ避けて走るだけだ。標的にされてなけりゃすごく楽。生身で走ってるから、対象と接触したらヤバいけど。おれの代わりに狙われてくれてるミリちゃんのおかげでその危険性も低い。だんだん濃くなってくる白い靄だけが――。
『カイ! シールドを張って撤退に移れ!』
「ぶっ」
 吹き出した、ついでに足元の脆いなにかを踏み潰して、転ぶところだった。それが何か、軽く振り返って確認までしてしまった。白い靄を通して屈折する日光をわずかに反射し、チカチカと光るカルシウム質の塊――犠牲者たちの人骨か。
 なんで笑ったのか自分でもわからない。でもそんな指図はかなり愉快だ。やっぱ珍しいな、こっちの安全を気遣ってくれてるみたいな。
『カイ!』
 名前を呼ばれるのも気分はいい。それは珍しくもないけど。おれの上司だし。だけど何度呼ばれてもいいだろう。
「よっしゃケツ取った」
『カイ』
 会話してるみたいになったけど、今のおれのは独り言。
 腹をくぐり抜けて背後を振り返る。
 裏側の異世界からやってきたおれらの攻撃対象は、頭はクジラに似ていたが、ケツから見ると蛙に似ていた。蛙のケツだ。あっちに進んでたから多分あっちが頭で、こっちがケツ。恐らく反応速度もこっち側のが遅いはず。
 推測――推定――相手は人類にとっての未知の生命体だが、どうにか殺る方法がある。それだって未知の生命体によって押し付けられた未知の技術だ。選ばれた兵士たちは、最前線に送り込まれる前に血液の中に移植される。
 今の所、おれはそれをうまく扱えている。
 右手の腹に熱が走る。肉と骨を押しやって、内側から皮膚が引き裂かれる。凝固される以前の血液が、手元で飛沫になって弾けた。
 対象が体を震わせる。地面を踏み鳴らす。靄が濃くなる。奴らは人類の血を嗅ぎつけるから、当然。振り返ろうとしてるのか? だが見てきた通りに動きが遅い、ために猶予がある。
『西川カイ』
 一段と冷たい声だ。でも止めようったってもう間に合わない。
 そういえば回線が静かだ。みんな黙ってる。隊長が騒いでるのが珍しくてビビられてるのかもな。それともおれが無意識で他の回線を切ったか。それもありそう。確認してる余裕はないけど。
 身体から血が抜けてく感覚がある。右手の傷口から、血、血が、血が、抜けていく、凝固していく。頭には血が昇ってんのに、妙な感覚だ。血の抜けた身体は先月移植されたウィルスレベルの未知の機械によって無理矢理に突き動かされ金属のように固くなっていく。
 何度やっても、今のところは最悪の気分だった。だがまだ足りない。右手の先に凝固していく血液を振りかぶって奴を切り裂かなければならない。
 裏側の異世界人の体表は硬い殻に覆われている。白い靄の中で所々が銀色に日光を反射して光るそれは、カルシウム質なのだそうだ。それは人類もよく知っている物質だった。いまそこらに転がっている人骨の主成分と同じだ。
 まだ血が足りない。無理しないと殺れないレベルだとナユさんが判断していたわけだし。確実に殺るなら、もっと出力が欲しい。だがこれ以上は――凝固を待つほどの時間もない。
 右手を振りかぶる。血液が凝固し、刃を形成している。正直なところあまり美しいものでもなく、冗談のように不格好でグロテスクですらある。日にかざすと僅かに赤色に発光して見えるのも、悪い夢のようだ。
 こんなもんを自分自身の身体から必死に絞り出して敵をぶん殴ろうってんだから――。
 触手!
 腹の下にあったそいつが、一斉にこっちへ飛んできた。だが構わず右手を振り下ろす。それもまとめて、本体のついでに押し切る。捻り潰す。
 人類の血液で作った鈍器なら、鉄の弾丸よりも優位に奴らを破壊できるのだそうだ。そのためにおれの身体に人類にとって未知の機械が移植されている。先月からだ。徴兵されて日が浅いから、まだ慣れない。
 殻を叩き割る感触。本体の分厚い殻と、何本かの触手の分。
 バキバキと何かが折れる轟音が鳴り響く。少し遅れて、奴らの体液が飛び散る、水音。
 足は何本あった? 出力は足りたか? 靄が濃くなる。息を呑んだ。これ以上吸ったら肺で混ざる。白い靄で視界が覆われる。
 奴らが死ぬとき、一時的に靄が濃くなる。だから――これで殺れてる。しばらく息を止めてりゃ、靄も晴れる。
 本体を殴った反動で後ろに弾き飛ばされながら、そう楽観視した。つまり大いに油断した。
 靄の奥からもう一本、白い触手が飛んでくる。
 ヤバい。血が足りない。シールド分のエネルギー受け取ってりゃよかった。カスミちゃんのアレ――でも血液が残ってても、形成が間に合わないな。この速度だと、顔面にモロに食らう。
 諦めよう。即死じゃなければ、異世界人様が何とかしてくれるだろう。
『……カイ!』
 耳が……ノイズ混じりで、あの声が聞こえる。血を抜きすぎて聴力が、狂っている。
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