17 / 58
二 最上霞は沈んでいる
4
しおりを挟む
「そっち行ってもいい?」
「少し待て」
行ってもいいんだ。おれはどうせ邪魔しかしないと思うんだけど。
でも待てと言われたから待つ。しかし何で待たないといけないんだ? 少し、ってのはどのくらいだ。
数秒か、一分、二分か……人間相手だったらこういう場合対面で少し、と言われて十分も待たされたら、それなりに長時間を待たされたという感想になるな、と考えた。じゃあ異世界人はどう考える?
部屋の中に時計を探した。が、壁のどこにもかかっていない。代わりにポケットから自分の形態式端末を取り出す。薄い長方形の金属体は、ごく普通の一般的な、春に買い替えたばかりの最新式の機種だ。そいつは手のひらの上に乗せると通電し表面のディスプレイが強烈な青の光を放った。
かと思うと同時に、なぜかおれは手を滑らせて、その端末を宙に放り投げそうになった。
「もう一歩下がれ」
「なんで?」
「天井がお前の頭にぶつかる」
答えは不自然で難解だ。質問したいがその前に言われたとおりに一歩下がって、まだ来ない「少し」を待つ。手のひらに握り直した端末が急に重さを増した。錯覚や比喩ではなく。
ディスプレイ上に表示したアナログの針が秒を刻んでいる。それから待つほどの合間もなく、部屋の真ん中から隊長が降りてきた。宙に広がっていた長い髪もストンと落ちる。
「なるほど」
「何だ?」
おれが頷くと、相手は眉をひそめる。なんてことはない、言葉の定義を確認しただけだ。端末に目を落とすと、現在時刻が表示されている。
はじめに待てと言われてから、端末を投げ飛ばしそうになって、その後改めて時刻を確認して……となると、いくらか計りそこねてはいるものの、経過したのは二分か三分ぐらい。ということは「少し」という時間の認識は、おれが思ったのとあまり変わらないらしい。元々こいつら自体がそう考えているのか、それともこっちに合わせて対応しているのかどうか。まだ知りたいことは沢山ある。
「お前は一人黙って笑っていることが随分と多いな」
「誰かと喋りながら笑ってることも多いでしょ。何やってんの?」
「仕事だ」
「その周囲の金属に反重力を発生させるやつで?」
「これ自体はただの電子計算機だ。しかし中の処理装置の使用するエネルギー量が多いので使用中に反動で周囲に反重力が発生する」
と手に握ったキューブに視線を向けながら解説する。さっきまで光っていたそれは今は完全に沈黙している。おれのために電源を切ったのか。
そいつは四角いばかりで入出力装置に当たるものがおれには見分けられない。そういうのは専門性があって面倒くさそうだ。
「さっきおれの手だけ反重力のとこ入ってた?」
「そうだ。我々は単体で反重力下での活動は制御できなくはないが、人間はそうではないということは知っている。だから少し待てと言った」
「ふーん。ミリちゃんとかだったら言われる前に突撃してそ」
言われてから気付いた、みたいな顔をした。こいつ知能が高いんじゃなかったのか。興味関心と常識が違えばそんなもんか。
「いつもそれ使ってるならこの部屋鍵掛けたほうがよくない?」
「考えたこともなかった。これから人間がここに寄り付くと?」
「その人間ってのは、おれのこと?」
「……いや」
また眉をひそめる。ほんの少し顔がゆがむ。さっきの「何だ」の訝しむ表情とは違う。近くで眺めていると、案外いろいろな顔をする。
「おれ以外に寄り付く奴がいるかどうかはわかんないけど、他の奴がうっかり天井に落ちる可能性は摘んでおいた方がいいでしょ。こんなことで怪我人が出たらあんたも困るだろう」
「今までは、必要なかったが」
「これからはあるかもしれない。それ使ってるときに鍵かけてくれてれば、まずおれは助かる」
「貴様がドアをノックするか、間違いなく私の命令に素早く従うか、それだけで済む話ではないのか」
「おれはあんたに予告もなく会いに来たいが、あんたの命令をすぐに聞くかどうかはその時々で判断するし、そのためにそいつが稼働中かどうかを確認するのは面倒くさい」
「そうか。鍵をかけておけば貴様を締め出すことができるな」
「それは嫌だ。安全確保できたら開けてよ」
視線をそらして、少し考え込む。少し、の間。
おれは別に、こんな話をして良い返事がもらえると思っているわけではない。人類に対する感情なんて元々ろくでもないものだろう、と予測すると、人類相手に常識的にするようないい顔をしても成果はないだろうと踏んでいる。それなら好奇心を優先した方が得だ。
人類に対し友好的態度を見せる表側の異世界人は全体として、人類を相手に人類の常識での友好的な態度を学習し強調するという方針らしいが。それは無個性な表情で、事務的で、几帳面で、表面的だ。個人間のやり取りとしては、そんなものはつまらない。
「貴様との会話は我々にとって建設的ではない」
「そう」
ようやく出てきた返事は、今までのやり取りを放棄した内容だった。全くの無表情で、苛立った様子もなく、さっきまでの意見反論より随分冷たい。でもさっきまでよりもっと感情むき出しじゃないか? おれは機嫌よく相槌を打つ。
「ところでこの部屋椅子とかテーブルとか置かないの? 立ち話も何だし」
「置いたところで全て天井に落ちるが」
「床に打ち付けたらいいじゃん」
「必要ない」
で、突っ立ったまま非建設的な会話を続ける、と。
「少し待て」
行ってもいいんだ。おれはどうせ邪魔しかしないと思うんだけど。
でも待てと言われたから待つ。しかし何で待たないといけないんだ? 少し、ってのはどのくらいだ。
数秒か、一分、二分か……人間相手だったらこういう場合対面で少し、と言われて十分も待たされたら、それなりに長時間を待たされたという感想になるな、と考えた。じゃあ異世界人はどう考える?
部屋の中に時計を探した。が、壁のどこにもかかっていない。代わりにポケットから自分の形態式端末を取り出す。薄い長方形の金属体は、ごく普通の一般的な、春に買い替えたばかりの最新式の機種だ。そいつは手のひらの上に乗せると通電し表面のディスプレイが強烈な青の光を放った。
かと思うと同時に、なぜかおれは手を滑らせて、その端末を宙に放り投げそうになった。
「もう一歩下がれ」
「なんで?」
「天井がお前の頭にぶつかる」
答えは不自然で難解だ。質問したいがその前に言われたとおりに一歩下がって、まだ来ない「少し」を待つ。手のひらに握り直した端末が急に重さを増した。錯覚や比喩ではなく。
ディスプレイ上に表示したアナログの針が秒を刻んでいる。それから待つほどの合間もなく、部屋の真ん中から隊長が降りてきた。宙に広がっていた長い髪もストンと落ちる。
「なるほど」
「何だ?」
おれが頷くと、相手は眉をひそめる。なんてことはない、言葉の定義を確認しただけだ。端末に目を落とすと、現在時刻が表示されている。
はじめに待てと言われてから、端末を投げ飛ばしそうになって、その後改めて時刻を確認して……となると、いくらか計りそこねてはいるものの、経過したのは二分か三分ぐらい。ということは「少し」という時間の認識は、おれが思ったのとあまり変わらないらしい。元々こいつら自体がそう考えているのか、それともこっちに合わせて対応しているのかどうか。まだ知りたいことは沢山ある。
「お前は一人黙って笑っていることが随分と多いな」
「誰かと喋りながら笑ってることも多いでしょ。何やってんの?」
「仕事だ」
「その周囲の金属に反重力を発生させるやつで?」
「これ自体はただの電子計算機だ。しかし中の処理装置の使用するエネルギー量が多いので使用中に反動で周囲に反重力が発生する」
と手に握ったキューブに視線を向けながら解説する。さっきまで光っていたそれは今は完全に沈黙している。おれのために電源を切ったのか。
そいつは四角いばかりで入出力装置に当たるものがおれには見分けられない。そういうのは専門性があって面倒くさそうだ。
「さっきおれの手だけ反重力のとこ入ってた?」
「そうだ。我々は単体で反重力下での活動は制御できなくはないが、人間はそうではないということは知っている。だから少し待てと言った」
「ふーん。ミリちゃんとかだったら言われる前に突撃してそ」
言われてから気付いた、みたいな顔をした。こいつ知能が高いんじゃなかったのか。興味関心と常識が違えばそんなもんか。
「いつもそれ使ってるならこの部屋鍵掛けたほうがよくない?」
「考えたこともなかった。これから人間がここに寄り付くと?」
「その人間ってのは、おれのこと?」
「……いや」
また眉をひそめる。ほんの少し顔がゆがむ。さっきの「何だ」の訝しむ表情とは違う。近くで眺めていると、案外いろいろな顔をする。
「おれ以外に寄り付く奴がいるかどうかはわかんないけど、他の奴がうっかり天井に落ちる可能性は摘んでおいた方がいいでしょ。こんなことで怪我人が出たらあんたも困るだろう」
「今までは、必要なかったが」
「これからはあるかもしれない。それ使ってるときに鍵かけてくれてれば、まずおれは助かる」
「貴様がドアをノックするか、間違いなく私の命令に素早く従うか、それだけで済む話ではないのか」
「おれはあんたに予告もなく会いに来たいが、あんたの命令をすぐに聞くかどうかはその時々で判断するし、そのためにそいつが稼働中かどうかを確認するのは面倒くさい」
「そうか。鍵をかけておけば貴様を締め出すことができるな」
「それは嫌だ。安全確保できたら開けてよ」
視線をそらして、少し考え込む。少し、の間。
おれは別に、こんな話をして良い返事がもらえると思っているわけではない。人類に対する感情なんて元々ろくでもないものだろう、と予測すると、人類相手に常識的にするようないい顔をしても成果はないだろうと踏んでいる。それなら好奇心を優先した方が得だ。
人類に対し友好的態度を見せる表側の異世界人は全体として、人類を相手に人類の常識での友好的な態度を学習し強調するという方針らしいが。それは無個性な表情で、事務的で、几帳面で、表面的だ。個人間のやり取りとしては、そんなものはつまらない。
「貴様との会話は我々にとって建設的ではない」
「そう」
ようやく出てきた返事は、今までのやり取りを放棄した内容だった。全くの無表情で、苛立った様子もなく、さっきまでの意見反論より随分冷たい。でもさっきまでよりもっと感情むき出しじゃないか? おれは機嫌よく相槌を打つ。
「ところでこの部屋椅子とかテーブルとか置かないの? 立ち話も何だし」
「置いたところで全て天井に落ちるが」
「床に打ち付けたらいいじゃん」
「必要ない」
で、突っ立ったまま非建設的な会話を続ける、と。
10
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる