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二 最上霞は沈んでいる
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体育の時間は見学だった。わたしたちは普通の人間ではないので——身体を、知らない世界の技術によって、色々と改造されているので——他の生徒の安全のためにに、一緒にスポーツをすることは控えて欲しい、と今日の朝、校長先生に言われた。そんなものだろうか。
「飯食ってすぐに運動ってきつくない?」
「飯からは三十分は経ってるだろうが。お前は昼休み中ずっと弁当を食い続けてたのか?」
「えー。そんなの一緒に食べてたんだから知ってるでしょお、フジフジはぁ。イケズなんだからあ」
「どんなノリだよ。イケズって何だ?」
「知らない。言葉は聞いたことあるけど意味はわかってない! でもフジフジならわかってくれるって信じてるから」
「だからあたしも知らねーって言ってるだろ」
呆れてため息を吐きながら、佐東さんは水道の蛇口を捻って止めた。
「置いてかないでー」
まだ水を飲んでた三海さんが、それを追っかけるように声をかける。でも別に、佐東さんは三海さんを置いていこうとなんてしていない。運動場近くの校舎の入り口に一歩だけ進んで、そのまま待っている。
「お前のために急いでるんだよ。地理準備室に呼ばれてるんだろ。何しでかしたんだよ」
「違うよお! あたしってば先生からの信頼も厚いから? 授業の準備任されてんのよ。それにカスミんの案内もね」
「あ」
急にこっちに話題が移って、ちゃんとした返事もできずに変な声を出しちゃった。二人の話を近くで聞いてるだけで楽しくて、ぼーっとしていた。だけど二人は普通に笑って、私を待っている。
「カスミん、体育できないの残念だったよね」
「ん……。でもわたし、体育苦手だから、ちょっとラッキーだったかも」
「苦手っつっても軍人だろ。どのくらいできるのか見てみたかったな」
「フジフジほんと見た目に反してゴリラよね。カスミんの方がフジフジより走るの早かったら泣いちゃうでしょ」
「まあな、悔し泣きはするかもしれねぇ。でも練習のモチベになるわ」
「わたし、前線に出るタイプじゃないから……そんなには……。後ろの方で、実際に戦う人たちをサポートするのが仕事で」
「え、そうなの? 前線ってのがさっき言ってた大人の男とか? てことはじゃあカスミんと仲良くなって異世界人侵略の際には優先的に助けてもらおーっていう計画は既に失敗てこと!?」
「おま、お前突然姑息なことを言うなよ……」
「そんな! 計算尽くでカスミんに近付いたの!?」
「お前だよお前」
「だってあたしは自分だけは助かりたいし! あとパパとママと妹とフジフジとぉ」
「……あたしを巻き込むなよ。そんな理由で仲良くしようなんて最低だ」
「そう? でも死にたくないって思ってるのは人類みんな一緒でしょ。そんで友達も助ける相手も、選ぶのはカスミんだよ」
「おいホント、初対面の奴にお前の変な冗談なんか通じないんだからな。なあ、最上、ホントごめんな。こいつバカ正直なんだよ」
「冗談と正直って矛盾してませんこと?」
「ううん、気にしないよ。何でも喋っちゃう人、わたしは好きだな」
「あらまあ」
「何でも喋っちゃうって、……ミミミ、お前褒められてはいねーよ」
「好きですってよ! あらあらあら! 超うれしい!」
やっぱりあの人に似てる。大人の男の人、最初はよくわからなくて怖かったけど、慣れたらいい人だな……。まだちょっと、こっちから何を話しかけたらいいのかは、わからないけど。
そんなことを考えていると、横からドン、と衝撃が走った。
「好き! あたしもカスミんのこと好き! こんな可愛い子に告白されるなんて人生最高の日じゃん!」
「お、おいやめろ、お前今めちゃくちゃ汗臭いんだぞ! 最悪すぎるだろ!」
「はーっ、フジフジが嫉妬してる。ヤバいあたし両手に花。あたしのために争わないで」
「いやマジでかわいそうだから」
三海さんは、わたしより頭一つ分ぐらい背が高い。そんな彼女はわたしに抱きついて、頭をぐりぐりと押さえつけた。
びっくりして身動きが取れない。そんなわたしの様子を、嫌がっているんだと勘違いした佐東さんが気遣って、わたしの代わりに慌ててくれている。
嫌じゃないって、そんな気持ちをなんて言えばいいのかわからない。笑うのがいいのかな。笑顔。でも、それもうまくできない。なんだかわたしは、この一ヶ月の間とても遠いところに連れて行かれていて、こんな普通の会話がすごく久しぶりのように思えていた。
深く潜っていた場所から、やっと浮き上がって息継ぎができたみたいで。息が上がってる。整える間もなく、それよりも、二人に伝えたいことを一生懸命声に出した。
「三海さん、わたしきっと未海さんと佐東さんのこと助けると思う。あの、でもあんまり、そういう場所に出られるかどうかわからないけど、もしもわたしが助けることができるなら」
本当にそんなことができるのか、自分じゃわからないけど。思ったこと、とにかく言葉に、する。
「マジで?」
と、わたしを抱きしめる腕の力が緩んだ。
わたしを見下ろす三海さんは、すごく驚いた顔をしている。自分で言い出したことなのに、どうしてそうなるのかわからない、みたいな。
「……最上、そんなのマジで考えなくていいよ。だって裏側の異世界人に襲われて死ぬのなんざ、交通事故で死ぬより確率は低いって言われてるだろ。そもそも考えるだけ無駄だって。なあ、ミミミ」
「そうだよカスミん。まず一生大丈夫でしょ。ね」
「そ、そうかな……」
そんな風に考えていいものだろうか? わたしが裏側の異世界人を倒す役割だから、交通事故よりもっと……危険なことだと感じているけど、普通の人からしたら、裏側の異世界人に襲われるのは珍しいこと?
それとも二人は優しくて、わたしのためにそう言ってくれている?
どっちにしてもわたしは、ともう一度、思っていることを言葉にしようと、大きく生きを吸い込んだ。
「あの」
そしてそのとき、手首に付けていた端末が呼び出しの小さな音を鳴らした。
「飯食ってすぐに運動ってきつくない?」
「飯からは三十分は経ってるだろうが。お前は昼休み中ずっと弁当を食い続けてたのか?」
「えー。そんなの一緒に食べてたんだから知ってるでしょお、フジフジはぁ。イケズなんだからあ」
「どんなノリだよ。イケズって何だ?」
「知らない。言葉は聞いたことあるけど意味はわかってない! でもフジフジならわかってくれるって信じてるから」
「だからあたしも知らねーって言ってるだろ」
呆れてため息を吐きながら、佐東さんは水道の蛇口を捻って止めた。
「置いてかないでー」
まだ水を飲んでた三海さんが、それを追っかけるように声をかける。でも別に、佐東さんは三海さんを置いていこうとなんてしていない。運動場近くの校舎の入り口に一歩だけ進んで、そのまま待っている。
「お前のために急いでるんだよ。地理準備室に呼ばれてるんだろ。何しでかしたんだよ」
「違うよお! あたしってば先生からの信頼も厚いから? 授業の準備任されてんのよ。それにカスミんの案内もね」
「あ」
急にこっちに話題が移って、ちゃんとした返事もできずに変な声を出しちゃった。二人の話を近くで聞いてるだけで楽しくて、ぼーっとしていた。だけど二人は普通に笑って、私を待っている。
「カスミん、体育できないの残念だったよね」
「ん……。でもわたし、体育苦手だから、ちょっとラッキーだったかも」
「苦手っつっても軍人だろ。どのくらいできるのか見てみたかったな」
「フジフジほんと見た目に反してゴリラよね。カスミんの方がフジフジより走るの早かったら泣いちゃうでしょ」
「まあな、悔し泣きはするかもしれねぇ。でも練習のモチベになるわ」
「わたし、前線に出るタイプじゃないから……そんなには……。後ろの方で、実際に戦う人たちをサポートするのが仕事で」
「え、そうなの? 前線ってのがさっき言ってた大人の男とか? てことはじゃあカスミんと仲良くなって異世界人侵略の際には優先的に助けてもらおーっていう計画は既に失敗てこと!?」
「おま、お前突然姑息なことを言うなよ……」
「そんな! 計算尽くでカスミんに近付いたの!?」
「お前だよお前」
「だってあたしは自分だけは助かりたいし! あとパパとママと妹とフジフジとぉ」
「……あたしを巻き込むなよ。そんな理由で仲良くしようなんて最低だ」
「そう? でも死にたくないって思ってるのは人類みんな一緒でしょ。そんで友達も助ける相手も、選ぶのはカスミんだよ」
「おいホント、初対面の奴にお前の変な冗談なんか通じないんだからな。なあ、最上、ホントごめんな。こいつバカ正直なんだよ」
「冗談と正直って矛盾してませんこと?」
「ううん、気にしないよ。何でも喋っちゃう人、わたしは好きだな」
「あらまあ」
「何でも喋っちゃうって、……ミミミ、お前褒められてはいねーよ」
「好きですってよ! あらあらあら! 超うれしい!」
やっぱりあの人に似てる。大人の男の人、最初はよくわからなくて怖かったけど、慣れたらいい人だな……。まだちょっと、こっちから何を話しかけたらいいのかは、わからないけど。
そんなことを考えていると、横からドン、と衝撃が走った。
「好き! あたしもカスミんのこと好き! こんな可愛い子に告白されるなんて人生最高の日じゃん!」
「お、おいやめろ、お前今めちゃくちゃ汗臭いんだぞ! 最悪すぎるだろ!」
「はーっ、フジフジが嫉妬してる。ヤバいあたし両手に花。あたしのために争わないで」
「いやマジでかわいそうだから」
三海さんは、わたしより頭一つ分ぐらい背が高い。そんな彼女はわたしに抱きついて、頭をぐりぐりと押さえつけた。
びっくりして身動きが取れない。そんなわたしの様子を、嫌がっているんだと勘違いした佐東さんが気遣って、わたしの代わりに慌ててくれている。
嫌じゃないって、そんな気持ちをなんて言えばいいのかわからない。笑うのがいいのかな。笑顔。でも、それもうまくできない。なんだかわたしは、この一ヶ月の間とても遠いところに連れて行かれていて、こんな普通の会話がすごく久しぶりのように思えていた。
深く潜っていた場所から、やっと浮き上がって息継ぎができたみたいで。息が上がってる。整える間もなく、それよりも、二人に伝えたいことを一生懸命声に出した。
「三海さん、わたしきっと未海さんと佐東さんのこと助けると思う。あの、でもあんまり、そういう場所に出られるかどうかわからないけど、もしもわたしが助けることができるなら」
本当にそんなことができるのか、自分じゃわからないけど。思ったこと、とにかく言葉に、する。
「マジで?」
と、わたしを抱きしめる腕の力が緩んだ。
わたしを見下ろす三海さんは、すごく驚いた顔をしている。自分で言い出したことなのに、どうしてそうなるのかわからない、みたいな。
「……最上、そんなのマジで考えなくていいよ。だって裏側の異世界人に襲われて死ぬのなんざ、交通事故で死ぬより確率は低いって言われてるだろ。そもそも考えるだけ無駄だって。なあ、ミミミ」
「そうだよカスミん。まず一生大丈夫でしょ。ね」
「そ、そうかな……」
そんな風に考えていいものだろうか? わたしが裏側の異世界人を倒す役割だから、交通事故よりもっと……危険なことだと感じているけど、普通の人からしたら、裏側の異世界人に襲われるのは珍しいこと?
それとも二人は優しくて、わたしのためにそう言ってくれている?
どっちにしてもわたしは、ともう一度、思っていることを言葉にしようと、大きく生きを吸い込んだ。
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そしてそのとき、手首に付けていた端末が呼び出しの小さな音を鳴らした。
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