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二 最上霞は沈んでいる
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「謝んなきゃいけないと思ってたんだ」
「え」
わたしは驚いて顔を上げた。佐東さんは奥歯を噛んで、思いつめたような顔を……わたしと同じような顔をしていて、だけど何かを思い切ったように話を切り出した。
わたしは動揺してぽかんと口を開いていて、相槌すら下手くそだ。
今日は二人に会ったとしても、もしかしたらなんでもない世間話だけをして、初めてわたしに話しかけてくれたあのときみたいに、わたしは二人の冗談みたいなやり取りを聞いて、それだけで、笑ってなんでもなく終われるんじゃないかって、ぼんやりと期待していた。
「ねえフジフジ、こういうのって最初は天気の話とかから始めん?」
「天気? 最上……どうだ、今日?」
「晴れてるけど、雨降りそう、かな」
「わかるー。雨の匂い」
「うん」
三海さんがわたしの話ににこにこして返事をして、そして、終わり。二人はわたしの相槌の後の言葉を待っていたのかもしれない。少しの沈黙。雨が降り出しそうな風で、病室のカーテンが揺れる音。
「まあ、窓開いてるから天気ぐらい知ってるんだけどな」
「緊張ほぐれた?」
「今の沈黙じゃ無理だろ。気まずい」
「あー言っちゃった。そういうストレートなこと言うのあたしの役目じゃん?」
「ああ。だからさ、そんなお前を見習わなきゃなって思ってさ」
「お? なになにそれ、愛?」
「いいよそういうのは。また話逸れるだろ」
他愛のない……二人の会話は、あの日と同じ調子だった。あの日佐東さんと三海さんは義務があってわたしに話しかけてきてくれた。そして今日も。
でもあの日と違うのは、きっと今日の言葉は誰かに言われたわけじゃなく、二人が二人で決めたことなんだろうなって、そんな気がした。
流されてばかりのわたしはそんな人たちが眩しい。
「最上に謝りたかったのはさ、まずシンプルに迷惑かけたことだ」
「迷惑だなんて」
反射的に否定して首を振って、改めて二人の顔を見る。苦笑いの佐東さん。悲しそうな三海さん。わたしは自分が何も考えずに答えたことに気が付いて、ずきん、と胸が痛くなる。
今の、間違っていただろうか。考えたけど、わからない。
「迷惑に思ってくれよ。最上にそんな顔させたの、あたしのせいだ」
「だってさあ、カスミんが気にしてないって言うのがホントなら、そもそもそんな悲しそうな顔する必要ないじゃん? カスミんは悲しんでくれてる、けど……でも迷惑じゃないって、なんつーの。理由とか原因とかこんがらがって意味分かんなくなるじゃん。だから嘘、いいよ。今はいらない。ね」
「こうなったのは全部あたしが悪いんだ」
「あたしもね」
「あたしが先で、ミミミは後だぜ。あのときあたしは一年の学級委員グループのリーダーでさ、避難の最後の見回りをしてたんだ。最上があたしたちと一緒じゃないってことはさ、どういう状況か想像付いてたんだけど。危ないっつーのはさ。……だから任された見回りも、適当なとこで切り上げて逃げるべきだったんだ。どうせ逃げ遅れた生徒がいたとしても、あたしらにできることなんてそんなにないんだから」
「でさー、あたしも毎度のごとくフジフジにくっついて行ったわけ。こういうピンチのときに人助けとかしてみたいと思うじゃん? 気分的には無敵だったの。ひとりじゃないし」
「最上みたいに強いわけでもないのにな。イキってたんだよ。で、結果これ」
「いやいや死んじゃいましたね」
二人はお互いの頭を指差し、声を出して笑った。
もちろん、作り笑いだ。わたしにはそう見える。きっとそうだ。わからない。傷跡も残っていない二人の顔。
「ついでに視力治してもらえたのは得だったけどな」
「あたしもマツエクとかしてもらえばよかった!」
「あたしが視力を治してもらえたのは再生した部分と左右のバランス取るためだって説明されたけど、お前の目……」
「まつげ、バランス取れてる? こっちだけボッサになってない?」
「この距離じゃわかんねーよ」
「えーやだちゃんと見てー! じっと見つめて!」
あはは、と笑ってるのは三海さんの方。佐東さんは皮肉っぽい苦笑。初めて話をしたあの日と変わらない。だけどなんでもない話じゃない。
「最上」
笑いながら、少し困った顔で佐東さんと三海さんはわたしの顔色を伺った。
一緒に笑った方が、きっと二人のためにはよかった。二人の話は、いつでも楽しくて、聞いているだけでわたしは――。
一緒に笑うことが正しいのだとわかっていても、そうしたくても、笑えなかった。胸が苦しい。
「わかるよ、最上が言いたいこと。今日言わなきゃいけないことは、謝罪と、もう一つ、だな」
「うん。でもね、それも全部あたしらの自己責任っつーやつで、カスミんはなんにも悪くないの。それわかってて聞いてほしいんだけど」
「え」
わたしは驚いて顔を上げた。佐東さんは奥歯を噛んで、思いつめたような顔を……わたしと同じような顔をしていて、だけど何かを思い切ったように話を切り出した。
わたしは動揺してぽかんと口を開いていて、相槌すら下手くそだ。
今日は二人に会ったとしても、もしかしたらなんでもない世間話だけをして、初めてわたしに話しかけてくれたあのときみたいに、わたしは二人の冗談みたいなやり取りを聞いて、それだけで、笑ってなんでもなく終われるんじゃないかって、ぼんやりと期待していた。
「ねえフジフジ、こういうのって最初は天気の話とかから始めん?」
「天気? 最上……どうだ、今日?」
「晴れてるけど、雨降りそう、かな」
「わかるー。雨の匂い」
「うん」
三海さんがわたしの話ににこにこして返事をして、そして、終わり。二人はわたしの相槌の後の言葉を待っていたのかもしれない。少しの沈黙。雨が降り出しそうな風で、病室のカーテンが揺れる音。
「まあ、窓開いてるから天気ぐらい知ってるんだけどな」
「緊張ほぐれた?」
「今の沈黙じゃ無理だろ。気まずい」
「あー言っちゃった。そういうストレートなこと言うのあたしの役目じゃん?」
「ああ。だからさ、そんなお前を見習わなきゃなって思ってさ」
「お? なになにそれ、愛?」
「いいよそういうのは。また話逸れるだろ」
他愛のない……二人の会話は、あの日と同じ調子だった。あの日佐東さんと三海さんは義務があってわたしに話しかけてきてくれた。そして今日も。
でもあの日と違うのは、きっと今日の言葉は誰かに言われたわけじゃなく、二人が二人で決めたことなんだろうなって、そんな気がした。
流されてばかりのわたしはそんな人たちが眩しい。
「最上に謝りたかったのはさ、まずシンプルに迷惑かけたことだ」
「迷惑だなんて」
反射的に否定して首を振って、改めて二人の顔を見る。苦笑いの佐東さん。悲しそうな三海さん。わたしは自分が何も考えずに答えたことに気が付いて、ずきん、と胸が痛くなる。
今の、間違っていただろうか。考えたけど、わからない。
「迷惑に思ってくれよ。最上にそんな顔させたの、あたしのせいだ」
「だってさあ、カスミんが気にしてないって言うのがホントなら、そもそもそんな悲しそうな顔する必要ないじゃん? カスミんは悲しんでくれてる、けど……でも迷惑じゃないって、なんつーの。理由とか原因とかこんがらがって意味分かんなくなるじゃん。だから嘘、いいよ。今はいらない。ね」
「こうなったのは全部あたしが悪いんだ」
「あたしもね」
「あたしが先で、ミミミは後だぜ。あのときあたしは一年の学級委員グループのリーダーでさ、避難の最後の見回りをしてたんだ。最上があたしたちと一緒じゃないってことはさ、どういう状況か想像付いてたんだけど。危ないっつーのはさ。……だから任された見回りも、適当なとこで切り上げて逃げるべきだったんだ。どうせ逃げ遅れた生徒がいたとしても、あたしらにできることなんてそんなにないんだから」
「でさー、あたしも毎度のごとくフジフジにくっついて行ったわけ。こういうピンチのときに人助けとかしてみたいと思うじゃん? 気分的には無敵だったの。ひとりじゃないし」
「最上みたいに強いわけでもないのにな。イキってたんだよ。で、結果これ」
「いやいや死んじゃいましたね」
二人はお互いの頭を指差し、声を出して笑った。
もちろん、作り笑いだ。わたしにはそう見える。きっとそうだ。わからない。傷跡も残っていない二人の顔。
「ついでに視力治してもらえたのは得だったけどな」
「あたしもマツエクとかしてもらえばよかった!」
「あたしが視力を治してもらえたのは再生した部分と左右のバランス取るためだって説明されたけど、お前の目……」
「まつげ、バランス取れてる? こっちだけボッサになってない?」
「この距離じゃわかんねーよ」
「えーやだちゃんと見てー! じっと見つめて!」
あはは、と笑ってるのは三海さんの方。佐東さんは皮肉っぽい苦笑。初めて話をしたあの日と変わらない。だけどなんでもない話じゃない。
「最上」
笑いながら、少し困った顔で佐東さんと三海さんはわたしの顔色を伺った。
一緒に笑った方が、きっと二人のためにはよかった。二人の話は、いつでも楽しくて、聞いているだけでわたしは――。
一緒に笑うことが正しいのだとわかっていても、そうしたくても、笑えなかった。胸が苦しい。
「わかるよ、最上が言いたいこと。今日言わなきゃいけないことは、謝罪と、もう一つ、だな」
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