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二 最上霞は沈んでいる
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「まあ、お察しの通りで」
佐東さんは一呼吸置いて、天井へ視線をちらりと向けた。胸の前で腕を組んで、少し考える。
「あたしは佐東藤だ。そしてこいつは三海満子」
「うっす」
わたしは頷く。もちろん知っている。だけど、二人の口からそれを聞いたのは、初めてだ。そういう、ことだ。
「頭半分吹っ飛んだんだよな。自分じゃ明確には覚えてないけど、あのときの状況と医者の説明から考えるとどうやらそうらしい。だからいまのあたしの頭の半分ぐらいは、残った部分から補完して復元したものだって。それってつまり、あたしの頭はもうあたしじゃないわけだ」
「死体の頭のとこに別なとこから持ってきたすごくあたしにそっくりなヤツをくっつけたって話よね。医術の進歩こわい」
「な。理屈はわかるんだけど。でも納得はできない」
「そうなの。あたしもフジフジも、元の誰かと同じ人間だってことになってるっぽいんだけど? そうなの? 納得できなくない? あたし納得できない。そう思っちゃった瞬間からもう、何? 世界変わった?」
「変わった。わたしらだけが、だな」
「世界までは変わってなかったか」
三海さんが笑う。佐東さんは少し目を細めて彼女を見つめた。
「ま、そんなわけで。あたしら二人、そういう状態なんだ。それを言いたかったっつーか……最上にははっきり伝えておきたかった。家族にも言ってないんだぜ。……でもさ多分だけど、最上はこうなること知ってたんだな。あのとき、すごく躊躇ってた」
「え、あ、あの」
すぐに、答えられなかったのは、返事を求められると思っていなかったからだ。その質問に答えるのが怖かったわけじゃない。
だけど言葉をつまらせたわたしは、二人にとっては怯えたように見えたのだろう。
「カスミん、ありがとね」
「あたしらの自業自得なのに付き合わせて悩ませちまったのはすげー申し訳ないと思ってる。でもうれしくも思う。他にやりようもなかったんだろ」
「ん、うん。わたしは、その、小隊の隊長さんに……表の異世界から来た人に、あのときどうしたらいいのかって教えてもらっていて。あの、わたしの身体には通信端末が埋め込まれてるから……」
「ふうん。なるほどな。あたしらの手術も異世界の技術を使ったってのは聞いてたけど、やっぱりそうか……。あっちだとこういうのは普通なのかね」
「ねー。あたしみたいな小市民としては、脳みそ半分別なとこから持ってきたって言われたら、もうそれは別人でしょ、って思っちゃうよ」
「魂がつながってるとかそういう考え方してんのかもな」
「あたしそういうのわかんない」
「同意する」
二人の視線がわたしに向けられた。どう思う? と、そんなふうに問いかけられているのだと思った。
ああ、やっぱり、そうだ。
わたしはここに来るまでずっと、その質問にどう答えればいいのか考え続けていた。ずっとわからないで悩み続けていた。だからそれを聞かれたくなかった。できれば答えずにやり過ごす方法が欲しかった。そう願っても、自分の思考からは逃げられないけれど。
二人が生きていることに喜べば、二人が死んだことを喜ぶことになる。二人が死んだことを悲しむなら、二人が生きていることを悲しむことになる。どちらも嫌だ。なにより、わたしの心がどちらにあるのかわからない。
想像していたよりも二人の問いかけが明るかったことが、救い。
「わからない。ごめんなさい」
きっとその答えは間違いだと思うけど、わたしは二人のその明るさに救われて、思ったことを口にした。
「だよね、ほんとわけわかんない」
「最上にも同意だ。どう考えりゃいいのかわかんないんだよな。親とか家族に対しては申し訳ないっつーか……嘘ついてるみたいで怖い、ぐらいまであるよ。あたしらがどういう状態だったのか聞いてないっぽいからさー……。見舞いに来てくれるのに、あたし本当はそちらの家の子供じゃないかもしれないんですけどっつー……」
「それなそれ。でも言えないじゃん、ホントのこと。でもさ、さっきヤマセンもお見舞い来てくれたんだけど、ヤマセンに対しては割とそうでもないっていうね。生き残れた! また会えてよかったー! って普通にうれしかったもん、あたしってば」
「そこまで親しくねえと気にならねーモンだな。薄情だけどさ」
「そうなの。人間って愚かなの。だからさ、カスミんも悪いとか責任とか考えないで欲しいんだよね。一日分ナシになっちゃったけど、またさ、あたしたちと友達になってくれたらいいな」
「わ、わたし?」
「最上が嫌じゃなければな」
「手握ろ、手。カスミんおいでおいで」
う、とわたしはかすれた変な声を出した。かすかな声だったと思う。それは嗚咽だった。わたしはそれを隠すために少し俯いたまま、三海さんのベッドに向かってためらいながら手を伸ばす。
「カスミんが嫌でもカスミんはあたしとフジフジの命の恩人なのは変えられない事実なの。だから一方的友情感じちゃう」
ぎゅ、とわたしの手を握る三海さんの両手。この手はあの日と同じ手だ。少し痩せているけれど。
それは怖いことだ。それは嬉しいことだ。二つの気持ちがある。わたしが泣きそうな気分であっても、三海さんの手のひらは温かい。
わたしの手を両手で包む三海さんを、佐東さんがまた目を細めながら見つめていた。
「こうわけのわからないことになったにしても、生きてるのは確かだし、死にたいかって言われたら死にたくねーしな。それに――」
「ん? フジフジ、まだなんか言い残したことあったっけ」
「これからまた死ぬみてーな言い方やめろ。いや、そうじゃなくてさ。悪いことばかりでもないと思ってんだよ。あの日こういうことになったのはあたしとお前だけだろ」
「うん、そう。だよね? カスミん」
「うん。確か、そう」
「もしかしたら同じ状況の人間ってのは他に沢山居るのかもしれないけどな。こんなご時世だし。でも確かに、あの日のあの場所に限って言えば、あたしとミミミは二人っきりの世界に生まれてきたんだぜ。だってこの感覚、あたしとお前だけのものだろ」
「え」
と、三海さんは呟いて、隣のベッドの佐東さんを見つめる。わたしの手を握る力がちょっとだけ強くなる。
「なにそれロマンチック。そんなの愛じゃん」
「ん……ああ、まあ、そうだよ。だから悪くもないってわけだ。別にこの話する必要なかったな……」
そう頷きながら、佐東さんは三海さんから目を逸して、ただ白いだけの病室の壁に視線を泳がせていた。
佐東さんは一呼吸置いて、天井へ視線をちらりと向けた。胸の前で腕を組んで、少し考える。
「あたしは佐東藤だ。そしてこいつは三海満子」
「うっす」
わたしは頷く。もちろん知っている。だけど、二人の口からそれを聞いたのは、初めてだ。そういう、ことだ。
「頭半分吹っ飛んだんだよな。自分じゃ明確には覚えてないけど、あのときの状況と医者の説明から考えるとどうやらそうらしい。だからいまのあたしの頭の半分ぐらいは、残った部分から補完して復元したものだって。それってつまり、あたしの頭はもうあたしじゃないわけだ」
「死体の頭のとこに別なとこから持ってきたすごくあたしにそっくりなヤツをくっつけたって話よね。医術の進歩こわい」
「な。理屈はわかるんだけど。でも納得はできない」
「そうなの。あたしもフジフジも、元の誰かと同じ人間だってことになってるっぽいんだけど? そうなの? 納得できなくない? あたし納得できない。そう思っちゃった瞬間からもう、何? 世界変わった?」
「変わった。わたしらだけが、だな」
「世界までは変わってなかったか」
三海さんが笑う。佐東さんは少し目を細めて彼女を見つめた。
「ま、そんなわけで。あたしら二人、そういう状態なんだ。それを言いたかったっつーか……最上にははっきり伝えておきたかった。家族にも言ってないんだぜ。……でもさ多分だけど、最上はこうなること知ってたんだな。あのとき、すごく躊躇ってた」
「え、あ、あの」
すぐに、答えられなかったのは、返事を求められると思っていなかったからだ。その質問に答えるのが怖かったわけじゃない。
だけど言葉をつまらせたわたしは、二人にとっては怯えたように見えたのだろう。
「カスミん、ありがとね」
「あたしらの自業自得なのに付き合わせて悩ませちまったのはすげー申し訳ないと思ってる。でもうれしくも思う。他にやりようもなかったんだろ」
「ん、うん。わたしは、その、小隊の隊長さんに……表の異世界から来た人に、あのときどうしたらいいのかって教えてもらっていて。あの、わたしの身体には通信端末が埋め込まれてるから……」
「ふうん。なるほどな。あたしらの手術も異世界の技術を使ったってのは聞いてたけど、やっぱりそうか……。あっちだとこういうのは普通なのかね」
「ねー。あたしみたいな小市民としては、脳みそ半分別なとこから持ってきたって言われたら、もうそれは別人でしょ、って思っちゃうよ」
「魂がつながってるとかそういう考え方してんのかもな」
「あたしそういうのわかんない」
「同意する」
二人の視線がわたしに向けられた。どう思う? と、そんなふうに問いかけられているのだと思った。
ああ、やっぱり、そうだ。
わたしはここに来るまでずっと、その質問にどう答えればいいのか考え続けていた。ずっとわからないで悩み続けていた。だからそれを聞かれたくなかった。できれば答えずにやり過ごす方法が欲しかった。そう願っても、自分の思考からは逃げられないけれど。
二人が生きていることに喜べば、二人が死んだことを喜ぶことになる。二人が死んだことを悲しむなら、二人が生きていることを悲しむことになる。どちらも嫌だ。なにより、わたしの心がどちらにあるのかわからない。
想像していたよりも二人の問いかけが明るかったことが、救い。
「わからない。ごめんなさい」
きっとその答えは間違いだと思うけど、わたしは二人のその明るさに救われて、思ったことを口にした。
「だよね、ほんとわけわかんない」
「最上にも同意だ。どう考えりゃいいのかわかんないんだよな。親とか家族に対しては申し訳ないっつーか……嘘ついてるみたいで怖い、ぐらいまであるよ。あたしらがどういう状態だったのか聞いてないっぽいからさー……。見舞いに来てくれるのに、あたし本当はそちらの家の子供じゃないかもしれないんですけどっつー……」
「それなそれ。でも言えないじゃん、ホントのこと。でもさ、さっきヤマセンもお見舞い来てくれたんだけど、ヤマセンに対しては割とそうでもないっていうね。生き残れた! また会えてよかったー! って普通にうれしかったもん、あたしってば」
「そこまで親しくねえと気にならねーモンだな。薄情だけどさ」
「そうなの。人間って愚かなの。だからさ、カスミんも悪いとか責任とか考えないで欲しいんだよね。一日分ナシになっちゃったけど、またさ、あたしたちと友達になってくれたらいいな」
「わ、わたし?」
「最上が嫌じゃなければな」
「手握ろ、手。カスミんおいでおいで」
う、とわたしはかすれた変な声を出した。かすかな声だったと思う。それは嗚咽だった。わたしはそれを隠すために少し俯いたまま、三海さんのベッドに向かってためらいながら手を伸ばす。
「カスミんが嫌でもカスミんはあたしとフジフジの命の恩人なのは変えられない事実なの。だから一方的友情感じちゃう」
ぎゅ、とわたしの手を握る三海さんの両手。この手はあの日と同じ手だ。少し痩せているけれど。
それは怖いことだ。それは嬉しいことだ。二つの気持ちがある。わたしが泣きそうな気分であっても、三海さんの手のひらは温かい。
わたしの手を両手で包む三海さんを、佐東さんがまた目を細めながら見つめていた。
「こうわけのわからないことになったにしても、生きてるのは確かだし、死にたいかって言われたら死にたくねーしな。それに――」
「ん? フジフジ、まだなんか言い残したことあったっけ」
「これからまた死ぬみてーな言い方やめろ。いや、そうじゃなくてさ。悪いことばかりでもないと思ってんだよ。あの日こういうことになったのはあたしとお前だけだろ」
「うん、そう。だよね? カスミん」
「うん。確か、そう」
「もしかしたら同じ状況の人間ってのは他に沢山居るのかもしれないけどな。こんなご時世だし。でも確かに、あの日のあの場所に限って言えば、あたしとミミミは二人っきりの世界に生まれてきたんだぜ。だってこの感覚、あたしとお前だけのものだろ」
「え」
と、三海さんは呟いて、隣のベッドの佐東さんを見つめる。わたしの手を握る力がちょっとだけ強くなる。
「なにそれロマンチック。そんなの愛じゃん」
「ん……ああ、まあ、そうだよ。だから悪くもないってわけだ。別にこの話する必要なかったな……」
そう頷きながら、佐東さんは三海さんから目を逸して、ただ白いだけの病室の壁に視線を泳がせていた。
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