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三 坂井ミリはまだ知らない
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『五人いるんですよー。そんで身体測定したら体重わかってる人と〇キロの人がいるんですよ! この問題おかしくないですか?』
「ごめん何言ってるかわかんない。多分ミリちゃん、ちゃんと問題読んでないと思うんだけど」
『声っちさいですか!?』
「うわっ。そうじゃなくてここ周りが騒がしいんだよ」
『そうなんですか? カイさん、いまどこにいるんですか?』
「秘密」
とはいえ騒ぎは収まりつつある。路上に広げられた青いビニールシートの下ではまだ元気に動いているようだが、警察によって周囲に展開されたバリケードによって一般市民は安全に遠ざけられている。こうなると喧しいのは遠巻きな視線とスマホのシャッター音だけ。
「とにかくちゃんと問題読んでから質問してよ」
『なんで聞こえてないのに問題読んでないってわかるんですか』
「不思議だよね。読んでないでしょ」
ぐぐぐ、とミリちゃんが喉の奥で唸ったのまで耳元で聞こえた。
「そんなことやってる場合か?」
ナユさんが呆れ顔でつぶやく。ミリちゃんがまた全体回線をつないで喋っているから、もちろんナユさんにもさっきの大声まで聞こえている。呆れるのも無理はない。でもわざわざそれをミリちゃんに指摘する気はないらしい。
おれとミリちゃんが今日の宿題について話しているのをよそに、ナユさんはビニールシートの端を持ち上げて、中を覗き込んだ。
「危なくない?」
『えー。なんですか?』
「大丈夫そうだ。ああ、気が散るな」
「和んでいいじゃん。逆に言えば気が紛れるし」
「そんなもん必要か?」
ナユさんはそのままビニールシートの下に潜り込み、まだ動いている死体の動いている部分――胸から上が爆散した人間の、何にも例えがたい、ただ内側から爆発した赤い肉の塊、その合間からむき出しになった白い肋骨のいくつかのうち小刻みに震えているそれを、素手で掴んで引っこ抜いた。
「慣れたら良くない気がするからさ。気を紛らわしてるってことにしたいんだ」
「一番まともなんじゃなかったのか。平気そうな顔しやがって」
昼間の日差しが強い。青いビニールシートの内側にも、まだら模様に強く青い影が落ちている。中は赤く汚い。それに対して、ナユさんの黒髪と黒いジャージ、白い顔は妙に清潔感がある。
「ミリちゃん、とにかく問題ぐらいは自分で読まないとダメだよ」
『……読みましたけど』
背後のバリケードの向こうではナユさんの身体で持ち上げられたビニールシートの中を覗き込んで写真を撮っているやつが大勢いる。野次馬ってそんなもんだ。あんまり写真を撮られるのはいいことじゃない気もするが、おれの仕事にはそれを止めることは含まれていないし、大抵の場合はそんなことやっている余裕はなかった。
「雑魚だな。西川、運がいい。次出たらやっちまおう」
『応援いらない?』
信之がこの三人限定の回線で掛けてきた。
「なんかあったら泣きつく」
『了解』
おれの返事は待たずに、応答終了。ビニールシートから出てきたナユさんは、血まみれで真っ白な金属質の震える人骨を片手で粉々に握りつぶしつつ、おれを顎でしゃくった。
「おれは行くの?」
「私が死にそうになったとき、絶対に逃げ切るために最低一人は盾にできる人間が欲しい。お前が一番良心が傷まない。そのために連れてきたんだ」
「まあいいけど」
他のメンバーの顔を思い浮かべたら、確かにその用途ならおれだっておれにする。
それしてもナユさんの危機管理は怒りにすら近いもののように感じる。
「ごめん何言ってるかわかんない。多分ミリちゃん、ちゃんと問題読んでないと思うんだけど」
『声っちさいですか!?』
「うわっ。そうじゃなくてここ周りが騒がしいんだよ」
『そうなんですか? カイさん、いまどこにいるんですか?』
「秘密」
とはいえ騒ぎは収まりつつある。路上に広げられた青いビニールシートの下ではまだ元気に動いているようだが、警察によって周囲に展開されたバリケードによって一般市民は安全に遠ざけられている。こうなると喧しいのは遠巻きな視線とスマホのシャッター音だけ。
「とにかくちゃんと問題読んでから質問してよ」
『なんで聞こえてないのに問題読んでないってわかるんですか』
「不思議だよね。読んでないでしょ」
ぐぐぐ、とミリちゃんが喉の奥で唸ったのまで耳元で聞こえた。
「そんなことやってる場合か?」
ナユさんが呆れ顔でつぶやく。ミリちゃんがまた全体回線をつないで喋っているから、もちろんナユさんにもさっきの大声まで聞こえている。呆れるのも無理はない。でもわざわざそれをミリちゃんに指摘する気はないらしい。
おれとミリちゃんが今日の宿題について話しているのをよそに、ナユさんはビニールシートの端を持ち上げて、中を覗き込んだ。
「危なくない?」
『えー。なんですか?』
「大丈夫そうだ。ああ、気が散るな」
「和んでいいじゃん。逆に言えば気が紛れるし」
「そんなもん必要か?」
ナユさんはそのままビニールシートの下に潜り込み、まだ動いている死体の動いている部分――胸から上が爆散した人間の、何にも例えがたい、ただ内側から爆発した赤い肉の塊、その合間からむき出しになった白い肋骨のいくつかのうち小刻みに震えているそれを、素手で掴んで引っこ抜いた。
「慣れたら良くない気がするからさ。気を紛らわしてるってことにしたいんだ」
「一番まともなんじゃなかったのか。平気そうな顔しやがって」
昼間の日差しが強い。青いビニールシートの内側にも、まだら模様に強く青い影が落ちている。中は赤く汚い。それに対して、ナユさんの黒髪と黒いジャージ、白い顔は妙に清潔感がある。
「ミリちゃん、とにかく問題ぐらいは自分で読まないとダメだよ」
『……読みましたけど』
背後のバリケードの向こうではナユさんの身体で持ち上げられたビニールシートの中を覗き込んで写真を撮っているやつが大勢いる。野次馬ってそんなもんだ。あんまり写真を撮られるのはいいことじゃない気もするが、おれの仕事にはそれを止めることは含まれていないし、大抵の場合はそんなことやっている余裕はなかった。
「雑魚だな。西川、運がいい。次出たらやっちまおう」
『応援いらない?』
信之がこの三人限定の回線で掛けてきた。
「なんかあったら泣きつく」
『了解』
おれの返事は待たずに、応答終了。ビニールシートから出てきたナユさんは、血まみれで真っ白な金属質の震える人骨を片手で粉々に握りつぶしつつ、おれを顎でしゃくった。
「おれは行くの?」
「私が死にそうになったとき、絶対に逃げ切るために最低一人は盾にできる人間が欲しい。お前が一番良心が傷まない。そのために連れてきたんだ」
「まあいいけど」
他のメンバーの顔を思い浮かべたら、確かにその用途ならおれだっておれにする。
それしてもナユさんの危機管理は怒りにすら近いもののように感じる。
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