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繋がれた手
178.
ソンリェンが片足を折り曲げ座り込み、みっともなく咳き込んでいるのは初めて見た。
額には玉のような汗が滲んでいる。煙草を吸い、罵詈雑言と悪態をつくためだけに開かれていた唇からは荒い呼吸しか零れていない。
息が木枯らしのようにか細いのは煙草を吸い過ぎている弊害だろうか。
トイはソンリェンにきつく抱き締められながら、ぼうっと耳元で繰り返される激しい呼吸を聞いていた。
「ソンリェン」
ソンリェンにまず声をかけたのは、ぺたりと座り込んでいたエミーだった。
観葉植物が植えられたプランターが倒れ土が散らばっている。ソンリェンに押し退けられでもしたのだろう。
飛び降りる直前何かが倒れた音が聞こえたが、エミーだったのか。
「そこまで、する? そこまで、すんの?」
エミーの声は、語尾だけではなく言葉全部が震えていた。
銃は、ソンリェンの側に転がっている。
「嘘だろ?」
へらりとエミーが頬を歪ませたが、ソンリェンは答える代わりにトイをさらに抱きしめてきた。彼に染み付いている苦い煙草の匂いが濃くなる。
エミーの腕に囚われていた時よりも、心が落ち着いた。
「なんで? 俺の気持ち、知ってたんだろ」
断定的な台詞だった。それもそうか、あれほど執拗にじゃれつかれていれば。
それでもソンリェンはまとわりつくエミーを軽くいなすだけに留めていたのだから、エミーのことは嫌いではなかったはずだ。
きっとソンリェンにとって、エミーは友達だった。
「ずっと一緒にいたじゃん、そいつよりも俺のほうがさあ。なのになんで、こんな玩具……!」
エミーの目からぽろりと涙が落ちた。エミーは喜怒哀楽が激しいが、彼が本当に泣いたところは見たことがなかった。それほどまでにソンリェンの行動に悲しみを覚えているのかもしれない。
無関心を貫かれる苦しみをトイは知っている。それこそ、エミーよりも。
「俺の方が、ソンリェンのこと好きなのに、昔からずっと……!」
「エミー」
ぽそりと耳元で囁かれたソンリェンの声はとても冷たくて。
「お前は仲間だった。だがそれ以上でもそれ以下でもねえよ。お前の気持ちに応える気なんざ微塵もねえ」
ソンリェンの感情が、エミーには一切向けられていないことは声だけでも明白だった。
「散々言ってんだろうが、同性は趣味じゃねえンだよ」
「その玩具だって!」
「トイは別だ。お前のことを抱きたいとも、抱かれたいと思ったこともねえよ。これからも思わねえ」
きっぱりとエミーを否定したソンリェンの片腕が、ゆっくりと床に伸びた。
「契約書、ね……しかもご丁寧にしっかり紋章付きの用意しやがって。バカげてんな、これさえ用意すりゃ俺が諦めるとでも本気で思ってたのか」
落ちていた一枚の紙をソンリェンは手に取った。雨に濡れて滲んでいる。
「あ……あたり、前じゃん。家同士の契約だよ、それに逆らったら……」
びりり、と鈍い音がエミーの台詞を遮った。ソンリェンが契約書を破いたのだ。呆けるエミーに見せつけるようにびりびりと細切れにしていく。
元よりトイのサインなど書いていなかったので効力を発揮することはないだろうが、他でもないエミーの前でそれを破くという行為が、彼らにとっての決別を意味しているのだろう。
「な……」
ソンリェンが紙くずを宙に放った。風に乗ってバルコニーに散らばり、そして残りは塀の外へと舞い上がっていった。エミーは床に手をついたまま飛んでいくそれらを目だけで追っていた。
「聞け、二度とトイには手出しすんな」
かたりと、ソンリェンが床に落ちていた別のものを掴み、掲げ、エミーに向けた。
「前にも言ったよな、トイを傷つけたら殺すってよ」
じゃき、と黒光りする銃口にエミーは聊か狼狽したようだった。
「……はは、ソンリェンバカだよ……契約書破いた上に、俺にそんなの向けたら家断絶するよ」
「したけりゃしろよ、クソが」
ソンリェンが低い声で唸った。
「てめえこそトイに銃向けただろうが。クソ親父は隠居、今の主人は俺だ。綺麗さっぱり切ってやる」
長年関係を持つ家同士の断絶なんて軽々しく行えるものではないはずだ。それなのにソンリェンは、まるでなんてことないように銃の引き金に指をかけて見せる。
ソンリェンの本気を見せつけられたエミーはソンリェンを睨みつけた。しかしそこにトイを組み敷いた時の覇気は感じられない。
「家なんざどうでもいいんだよ……」
「は……なにそれ、ソンリェンだって、この玩具のこと散々傷つけてきたじゃん」
エミーの声に嘲笑が混じる。ぐっと、トイの肩を抱く手に力が込められる。
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