トイの青空

宝楓カチカ🌹

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玩具の人形

145.


 一度目は瀕死のトイを拾い、その身体に刻まれた痣の多さに驚愕した時だ。孤児の子どもが身を売って生計を立てることは悲しいことだが珍しくない。金を稼ぐためにトイはそういった趣味を持つ恐ろしい「客」を取っていたのだと言っていた。
 そしてその日の「客」に想像以上のことをされて死にかけた、不注意だったと困ったように笑っていた。周囲に気を遣わせないよう、苦しみながらも笑みを浮かべ続けるトイを抱きしめるたび、彼の心にこれほどまでの恐怖を植え付けた「客」たちを同じ目にあわせてやりたくなった。
 そして二度目は、つい数時間前だ。トイの本当の過去とやらを本人以外から聞かされて愕然とした。トイは身体を売っていたわけではなかった。もちろん、それだけではないとは思っていた。けれども、見ず知らずの男たちに誘拐され監禁されいたぶられていたなんて想像すらもしていなかった。
 仲間の一人だったというソンリェンにも、1年も傍にいてトイの隠し事に気が付けなかった愚かな自分に、なによりも怒りを覚えた。
「……し、すたぁ」
「ぁ……ええ、どうしたの? 大丈夫よ、傍に、いるわ」
 今のトイは正気ではない。身体の平行感覚が狂い、普通に寝そべっているだけであっても身体が震えている。自分の身に何が起こっているのかも、自分がどこにいるのかもわかっていないはずだ。
 だから、一人ではないのだということだけでも伝えたかった。
「そん……りぇん、は」
 だというのにトイの口から零れた単語は聞きたくもない名前で、シスターは引き攣りそうになる頬を渾身の力で抑え込んで、耳を傾けた。
「ソンリェンさんが、どうかしたの?」
「そんり、ぇん、おこって、た……?」
「……怒ってなんか、なかったわよ」
「ほん、と?」
「ええ。ソンリェンさんは、怒ってたの?」
 うん、とトイが小さく頷いた。
「……なんで、そんり、は……おれに」
 天井をさ迷っていたトイの視線が、ひたりと止まった。
「おれに、きす、するの……かな」
 シスターは、何も言えなかった。
 トイがあまりにも、悲しい目をしていたから。
「おれの、こと……かわ、いい……って、いうの、かな」
「……ト、イ」
「なんで、かなぁ……」
 それは誰かに答えを求めているというよりは、独り言に近いものだった。トイの発言には思い当ることがあった。確か以前トイに、可愛いとはどういう意味かと聞かれたのだ。あの時はてっきりトイがディアナに対してそういった感情を抱いているのかと、思っていたのだが。
「なんで、そんりぇん、は……わらって……なんで笑って、くれねえの、かなぁ……?」
 くしゃりと、トイの顔が歪む。泣きだす一歩手前のようなそれに、思わずトイの指を掴んでしまった。
「トイ」
「でぃあなと同じ……目が、空のいろ、なのに……どうして、そんりぇん、は」
 トイは美しく装飾が施された天井を眩しそうに見上げている。この屋敷の天井は、仄かに青みがかった色をしていた。数時間前までこの部屋にいた男の瞳の色を思い出して、シスターは苦く唇を噛んだ。
「でぃぁ、なは……笑う、のに、なん、で、そんりぇん、は……どうして」
 トイはよく、ディアナの笑顔を眩しそうに眺めていた。彼女の微笑みに焦がれるように、頬を赤らめていた。青い瞳で笑うディアナを。
 だからシスターはずっと勘違いしていた。トイはディアナに恋をしているのだと。
「なんで、そんりぇ、は」
 けれども、トイがディアナを通して見ていたのは、きっと──。
「おれに、笑って……」
「トイ」
 虚ろな状態のトイは、トイ自身すらもまだ自覚していないであろう、彼の中の真実しか語らない。
「なんで」
「トイ、聞いて」
「でぃあ、な……?」
 ふいに、自分の発言にトイは瞠目した。駄目だ、と思った次の瞬間にはトイは大きく震えだし、シーツを握りしめてぶるぶると瞳を動かし始めた。
「ここどこ」
「トイ、ここは安全よ、あなたが休めるところなの、大丈夫よ、大丈夫」
「どこ……や、どこ、どこ……でぃあな、が……に、見られ」
 見開かれた目がうろうろと部屋の中をさ迷う。見知らぬ世界にトイは激しく狼狽し始めた。
「あ、あぁ、ああ……」
「トイ、トイ……!」
「あ、あ、ぁあ、あ、やだ、しすたぁ、どこ」
「ここにいるわ! 大丈夫よ!」
「あ、あぁあ……ああ、あ」
 やはり長くは続かなかった。1年前もこうだった。会話らしい会話が少し出来ていたと思ったら直ぐにパニックに陥る。
 そして体を苛む異常なまでの疼きと熱を如実に感じてしまい狂ったように自身の身体を弄り、自慰を繰り返すようになる。

 現にトイの手はトイの下半身を掻きむしっていた。
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