トイの青空

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
146 / 202
玩具の人形

147.


 かたりと物音が聞こえて、うとうととしていた意識が浮上する。

 視線だけで窓の外を見れば、真夜中よりも少しだけ朝に近くなった時刻、というところだろうか。あれから何度かトイは目を開いては錯乱し、意識を失うことを繰り返していた。
 なんとか薬を飲ませ宥め、そして夜中の3時を過ぎてからはある程度の落ち着きを取り戻したようで、呼吸の乱れも少なくなってきた。
 これまでで一番穏やかな寝息に安堵して、デスクの上に用意されていた水を少しだけ飲み壁際に立てかけられた椅子に腰を降ろした途端一気に疲れが押し寄せて、トイの近くに戻る前にそのまま数十分ほど寝てしまったらしい。
 そういえば、何やら物音がした。トイが目を覚ましたのかと瞼をさらに上げて見れば、視界に飛び込んできた姿に物音の正体を知った。
 薄暗い部屋の中、ソンリェンがベッドに眠るトイを見下ろしていた。シスターは起きたことを悟られぬようじっと彼の行動を観察した。
 彼は、窓からの僅かな光に青白く濡れるトイの寝顔をじっと見つめながら、すっと手を伸ばしトイの身体に触れようとして、結局触れることなく手を引っ込めるを何度か繰り返している。
 やがて腹を決めたのか、するりとトイの手首に何かをくくりつけた。そしてずれたシーツをそっとトイの肩までかけ直し、その上に静かに手を置き、トイに反応がないことがわかると細い肩をゆっくりと撫ぜ始めた。
 複雑な、気持ちになった。
 彼の姿に、トイが眠る子供たちを愛おし気に見つめながら、ずり下がったシーツを直しぽんぽんと寝かしつけていた光景を思い出してしまった。


『トイは──俺のもンなんだよ……!』


 腕を尋常ではない力で掴み上げられ、忌々し気に吐き捨てられた言葉は絶叫のようだった。この男は、そう叫んだ時自分がどんな顔をしていたのか気が付いていたのだろうか。
 悔恨と嫉妬と独占欲が入り混じったような表情は、自分の感情をコントロールできない子どものそれだった。
 ディアナの頬にキスをしたトイの微笑まし気な光景に、この男は怒りを抱いていた。
 それなのに、自分で薬を与えて犯したくせにこうして自室にトイを匿い、医者を呼び、なおかつシスターを呼びに来ようとしていた、らしい。

 ソンリェンという男と、直接会話をしたのは今日が初めてだった。それまでは手紙のやり取り、そして一度だけこの屋敷を訪れた際にハイデンとは別の使用人を通して一度だけ、育児院の支援についての話をした。

 けれども、たった一日ではあるがソンリェンのトイに対する感情の深さを、薄々ではあるが理解はした。
 最後までシスターがソンリェンを殴らなかったのは、殴らない方が痛い場合もあるからだ。
 それに、他人に殴られることを求めているような弱い相手であれば、それは尚更だ。

 美しい顔をした青年は、トイの肩を撫でていた手をトイの頬へと持っていき、形を確かめるように輪郭をなぞってからそっと前髪を払い顔を落とした。
 トイの顔に沈み込む青年の上半身。触れているのは額か、頬か、それとも唇か。乱暴なそれとは程遠い仕草から、シスターは目を逸らさなかった。
 まるで冷えたトイに温もりを分け与えているかのようにも見えた。


 彼は、トイを確かに慈しんでいた。
 あまりにも、身勝手だと思った。



「こいつの体が落ち着いたら、育児院に帰す。安心しろ」


 いつからシスターが起きていることに気が付いたのだろうか。
「……貴方は」
 シスターは目を細め、暗闇の中に潜む男を見つめた。
「本当に、愚かな人ですね」
 トイから顔をあげた男が、笑った気配がした。
「……わかってんだよ」
 それはきっと、自嘲の笑みだったのだろう。男は最後にトイの頬を名残惜し気に撫ぜてから踵を返し、シスターには一瞥もくれずに部屋から出て行った。
 ゆっくりと起ち上がり、トイの傍へと戻る。トイの寝顔は穏やかだった。
 寝る間も惜しんで、ソンリェンはトイを探していたと使用人は言っていた。
 シスターにはこの二人の過去はわからない。話を聞いたのはソンリェンからだけで、トイに直接聞いたわけではないからだ。

 これまでで一番柔らかなトイの寝顔を見つめ、窓に染み入る雨の音を聞きながら考える。
 同じ空色の目をしたディアナは笑ってくれるのにどうしてソンリェンは笑いかけてくれないのかと、あんな切なげな表情で言われてしまえば理解せざるを得ない。
 トイがソンリェンに対して抱いている、複雑な想いを。



 トイとソンリェン。
 この二人にはシスターには分かり得ない何かが、確かにあるのだろう。
感想 15

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!