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玩具の人形
149.
ソンリェンやトイを馬鹿にしているというよりは、目の前の現実を受け止め切れていないという様子だった。
「未だによ、おめえがなんでこれにそういう感情持っちまったのか、理解できねえんだわ」
「奇遇だな、俺もだ」
「はは、でもマジなんだもんな」
渇いた笑みを浮かべたレオとの間に、沈黙が続く。
「……これを可哀想とは思えねえよ、今でも」
軽薄な声色は鳴りを潜め、レオがトイを冷たく見下ろした。今ここでトイが誰かに殺されたとしてもレオはなんの感慨も抱かないのだろう。もうトイには飽きたのだから。
今のレオにとってトイは無に等しい存在だ。ソンリェンにとってはそうではないというだけで。
「酷いことしちまったなーとか、そういう後悔とか罪悪感なんざ欠片もねえ。具合のいい穴だったなーぐれえだな、思うところは」
「……だろうな」
今レオがトイに手を出そうとするならば全力で止めるが、レオがトイにしたことを責めることは出来ない。そんな権利、ソンリェンにはない。ソンリェンだとて同じことを仕出かした同じ人種だからだ。
今の今になってトイに懺悔しようが、レオもソンリェンも、非道で、残酷で、自分勝手で、最低最悪の人間であることに変わりはない。
「まあでもよ、今思えば結構メンタルも強えし体力もあったなこいつは。なんせ俺たちにめちゃめちゃにされても壊れなかったぐらいだし、生命力ありまくりだな。そこだけは褒める」
かつてはソンリェンも、レオと同じくトイを玩具としてしか見ていなかった。いつから変わったのだろうか。最初からだろうか、ソンリェン自身もわからない。
けれども、今更きっかけを探しても意味はないだろう。気が付いたらトイに溺れていた。今は瞼に隠されてしまっているこの綺麗な赤い瞳に、捕らわれていた。
そして、その想いがトイをどうしようもないほどに苦しめた。苦しめている。
「でもな、罪悪感もなんもねえけどよ。俺は俺が性格最低のクソ野郎だってことは自覚してるつもりだぜ? 家の権力にモノ言わせて、いたいけな子供を犯したド畜生ですってな」
ロイズは異物を見るような目で。エミーはそんな感情を抱くことは負けだとでも言うように。レオは呆れと脱力と、僅かな苛立ちをソンリェンに向けた。
「だからよ、ソンリェン。お前がいて安心してたんだわ」
自分と同じくどうしようもない人間が側にいるということは、それだけで他者の原動力になる。今思えばソンリェンもそうだった。この4人だったからこそ、ろくでもないことが出来た。
「でもよ、肝心の穴兄弟がいち抜けしちまったらさあ……やる気も、なくなっちまったなァ」
残忍な台詞と共に頭を傾かせた男から感じる哀愁にも気が付いた。だが声をかけるつもりはない。今のレオの茶化した台詞に失笑さえ返せなくなっている時点で、ソンリェンとレオの道は完全に分かれたのだ。それはレオ自身も感じているはずだ。
「これがお前の大事なもんになったーつうんなら、なーんも、言えねえよなァ……」
「レオ」
「あー?」
「あとの2人は、どうしてる」
火のついていない煙草を指先で弄んでいた男は、にやりと歯を見せて笑った。
「なァに気になんの? 浮気性」
「ふざけたこと抜かしてんな、殺すぞ」
「へーへー」
からからと大きく口を開ける笑い方は、昔から変わらない。
「ロイズはなあ、なーんか色々考えてたと思ったら、新しい玩具に優しくし始めてよ。手足の枷外して服とか部屋とか与えちゃって甘い言葉囁きまくってさあ、俺たちにはもう触るなって命令しやがんだぜ? 無理矢理も……今はしてねえっぽい。まあ当の玩具にめちゃくちゃキモい言われて拒否られてっけどな。あーんな薄ら寒い屋敷なんかにいられるかっつーの。俺のほうが気持ちわりぃわ」
それは確かに気持ちが悪い。顔を顰めて顔を見合わすレオとエミーの顔が目に浮かぶ。ソンリェンとてそんなロイズを目にしたら平常心を保てる自信はない。
「なにしれっとしてんだ、お前のせいだぞ」
「俺は事実を述べたまでだ」
あれはソンリェンの、ロイズに対する最後の忠告でもあった。一応仲間だった者としての。だからと言ってあの玩具を助けるつもりもなかった。だが、あのままロイズたちにぶっ壊されるよりはましなはずだ。同じ想いを返せないのならば地獄かもしれないが。
青ざめた顔で眠るトイを見る。
今トイはどんな夢を見ているのだろうか。監禁していた時と同じくらいの地獄を、味わっているのだろうか。
「ソンリェン、エミーに気を付けろよ」
いささか真剣な声色だったので、レオへと視線を移す。真顔のレオと目があった。
「アイツ今、最高に機嫌わりぃからよ」
「そんなこと、言われんでもわかる」
脚を組み替える。直情型のエミーのことだ、ソンリェンの裏切り行為にさぞ怒り心頭なことだろう。ソンリェンが屋敷を出る際に一番引き止めようとしてきたのもエミーだった。一度目も、そしてこの間の二度目も。
「ま、誰よりも仲間ってやつに執着してたからなアイツは。それに、お前に大層ご執心だったわけだし?」
「いまエミーはどこにいる」
「自棄んなって休学してお友達と避暑地で乱交。帰って来んのは1ヶ月後」
「バカだな」
「バカよ? だから気を付けろっつってんの」
ぽん、と頭に何かを乗せられて反射的に振り払う。
「触んな」
「相変わらず潔癖なのねえ。触れるのはトイちゃんだけってか。別に変なもんじゃねえっつの」
ほら、と手渡される。一本の煙草だった。レオが手にしていたものだ。
まだ未使用だとしてもくしゃくしゃになった煙草なんて必要ない。それにレオとは使用している銘柄も違う。
「いらねえよ」
「ま、そう言うなって。餞別よ、俺のこと思い出して寂しくなったら吸えば」
「ふん、そんな日来ねえよ」
くっと笑ったレオがくるりと背を向けてソンリェンから離れた。ぎいと扉が開かれる。今度は正面玄関から帰るのだろう。後ろを振り向くことはしない。ソンリェンは目の前で眠るトイから目を背けるつもりはなかった。
「俺行くわ。じゃあな」
「……ああ」
挨拶を返したのはせめてもの情だ。もう一生、彼と会うことはないだろう。だが確信があった。ソンリェンと同じく、レオとてあまりいい死に方はしないだろう。
ぱたんと閉じられた扉から入ってきた風でトイの身体が冷えないよう、毛布を細い肩まで上げる。
「未だによ、おめえがなんでこれにそういう感情持っちまったのか、理解できねえんだわ」
「奇遇だな、俺もだ」
「はは、でもマジなんだもんな」
渇いた笑みを浮かべたレオとの間に、沈黙が続く。
「……これを可哀想とは思えねえよ、今でも」
軽薄な声色は鳴りを潜め、レオがトイを冷たく見下ろした。今ここでトイが誰かに殺されたとしてもレオはなんの感慨も抱かないのだろう。もうトイには飽きたのだから。
今のレオにとってトイは無に等しい存在だ。ソンリェンにとってはそうではないというだけで。
「酷いことしちまったなーとか、そういう後悔とか罪悪感なんざ欠片もねえ。具合のいい穴だったなーぐれえだな、思うところは」
「……だろうな」
今レオがトイに手を出そうとするならば全力で止めるが、レオがトイにしたことを責めることは出来ない。そんな権利、ソンリェンにはない。ソンリェンだとて同じことを仕出かした同じ人種だからだ。
今の今になってトイに懺悔しようが、レオもソンリェンも、非道で、残酷で、自分勝手で、最低最悪の人間であることに変わりはない。
「まあでもよ、今思えば結構メンタルも強えし体力もあったなこいつは。なんせ俺たちにめちゃめちゃにされても壊れなかったぐらいだし、生命力ありまくりだな。そこだけは褒める」
かつてはソンリェンも、レオと同じくトイを玩具としてしか見ていなかった。いつから変わったのだろうか。最初からだろうか、ソンリェン自身もわからない。
けれども、今更きっかけを探しても意味はないだろう。気が付いたらトイに溺れていた。今は瞼に隠されてしまっているこの綺麗な赤い瞳に、捕らわれていた。
そして、その想いがトイをどうしようもないほどに苦しめた。苦しめている。
「でもな、罪悪感もなんもねえけどよ。俺は俺が性格最低のクソ野郎だってことは自覚してるつもりだぜ? 家の権力にモノ言わせて、いたいけな子供を犯したド畜生ですってな」
ロイズは異物を見るような目で。エミーはそんな感情を抱くことは負けだとでも言うように。レオは呆れと脱力と、僅かな苛立ちをソンリェンに向けた。
「だからよ、ソンリェン。お前がいて安心してたんだわ」
自分と同じくどうしようもない人間が側にいるということは、それだけで他者の原動力になる。今思えばソンリェンもそうだった。この4人だったからこそ、ろくでもないことが出来た。
「でもよ、肝心の穴兄弟がいち抜けしちまったらさあ……やる気も、なくなっちまったなァ」
残忍な台詞と共に頭を傾かせた男から感じる哀愁にも気が付いた。だが声をかけるつもりはない。今のレオの茶化した台詞に失笑さえ返せなくなっている時点で、ソンリェンとレオの道は完全に分かれたのだ。それはレオ自身も感じているはずだ。
「これがお前の大事なもんになったーつうんなら、なーんも、言えねえよなァ……」
「レオ」
「あー?」
「あとの2人は、どうしてる」
火のついていない煙草を指先で弄んでいた男は、にやりと歯を見せて笑った。
「なァに気になんの? 浮気性」
「ふざけたこと抜かしてんな、殺すぞ」
「へーへー」
からからと大きく口を開ける笑い方は、昔から変わらない。
「ロイズはなあ、なーんか色々考えてたと思ったら、新しい玩具に優しくし始めてよ。手足の枷外して服とか部屋とか与えちゃって甘い言葉囁きまくってさあ、俺たちにはもう触るなって命令しやがんだぜ? 無理矢理も……今はしてねえっぽい。まあ当の玩具にめちゃくちゃキモい言われて拒否られてっけどな。あーんな薄ら寒い屋敷なんかにいられるかっつーの。俺のほうが気持ちわりぃわ」
それは確かに気持ちが悪い。顔を顰めて顔を見合わすレオとエミーの顔が目に浮かぶ。ソンリェンとてそんなロイズを目にしたら平常心を保てる自信はない。
「なにしれっとしてんだ、お前のせいだぞ」
「俺は事実を述べたまでだ」
あれはソンリェンの、ロイズに対する最後の忠告でもあった。一応仲間だった者としての。だからと言ってあの玩具を助けるつもりもなかった。だが、あのままロイズたちにぶっ壊されるよりはましなはずだ。同じ想いを返せないのならば地獄かもしれないが。
青ざめた顔で眠るトイを見る。
今トイはどんな夢を見ているのだろうか。監禁していた時と同じくらいの地獄を、味わっているのだろうか。
「ソンリェン、エミーに気を付けろよ」
いささか真剣な声色だったので、レオへと視線を移す。真顔のレオと目があった。
「アイツ今、最高に機嫌わりぃからよ」
「そんなこと、言われんでもわかる」
脚を組み替える。直情型のエミーのことだ、ソンリェンの裏切り行為にさぞ怒り心頭なことだろう。ソンリェンが屋敷を出る際に一番引き止めようとしてきたのもエミーだった。一度目も、そしてこの間の二度目も。
「ま、誰よりも仲間ってやつに執着してたからなアイツは。それに、お前に大層ご執心だったわけだし?」
「いまエミーはどこにいる」
「自棄んなって休学してお友達と避暑地で乱交。帰って来んのは1ヶ月後」
「バカだな」
「バカよ? だから気を付けろっつってんの」
ぽん、と頭に何かを乗せられて反射的に振り払う。
「触んな」
「相変わらず潔癖なのねえ。触れるのはトイちゃんだけってか。別に変なもんじゃねえっつの」
ほら、と手渡される。一本の煙草だった。レオが手にしていたものだ。
まだ未使用だとしてもくしゃくしゃになった煙草なんて必要ない。それにレオとは使用している銘柄も違う。
「いらねえよ」
「ま、そう言うなって。餞別よ、俺のこと思い出して寂しくなったら吸えば」
「ふん、そんな日来ねえよ」
くっと笑ったレオがくるりと背を向けてソンリェンから離れた。ぎいと扉が開かれる。今度は正面玄関から帰るのだろう。後ろを振り向くことはしない。ソンリェンは目の前で眠るトイから目を背けるつもりはなかった。
「俺行くわ。じゃあな」
「……ああ」
挨拶を返したのはせめてもの情だ。もう一生、彼と会うことはないだろう。だが確信があった。ソンリェンと同じく、レオとてあまりいい死に方はしないだろう。
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