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玉ねぎのスープと林檎とサンドイッチ
162.
ハイデンはちらりとトイを見てから少しだけ目を伏せた。短い睫毛が迷い気に震える。
「教えてくれよ。今なんか言おうとしてただろ」
「……ソンリェン様は、とても、顔の造形が整っておられる方なので」
「うん」
「ソンリェン様が子どもの頃は、少女と見まごうほどで……」
それは想像できる。ソンリェンはとても人目を惹く容姿をしている。
子どもの頃もさぞ綺麗だったことだろう。
「そういう輩が多くて困りました、昔は」
「そういう輩、って?」
「……ソンリェン様の容姿に血迷った、不届き者です」
ハイデンの瞳に剣呑なものが混じった。トイは黙ってハイデンの言葉の続きを促した。
「ソンリェン様が7歳の頃、経験が浅く年若い教育係の青年が、血迷いました」
嫌な予感がして、シーツを握りしめる。そして予感は当たっていた。
「広い庭の奥の倉庫でした。かけつけた時には既に……遅くて」
何が遅かったのかについては想像に難くない。ハイデンの顔に滲む苦渋のようなものを見ていればわかる。
寄せられた眉に滲んでいるのは後悔だろうか、十中八九トイがソンリェンに受けていた仕打ちと同じことをソンリェンはされたのだろう。
ハイデンの言う、教育係の青年に。
「ソンリェン様は幼い頃より英才教育を受けておりまして、まともな友人と呼べる方もあまりおりませんで」
友達がいなかった、とソンリェンは言っていた。
「そんな時、若く、多少慣れ慣れしい教育係がソンリェン様をお世話することになったので……ソンリェン様も、その教育係にはそれなりにいい感情を抱いていたといいますか、懐いていましたね。二人でチェスなどをしている日も、ありました」
ソンリェンはもしかしたらその教育係を兄のように思っていたのかもしれない。
そんな人に、倉庫で。
ふと、ソンリェンの台詞を思い出した。深く考えずに口にする。
「ミサンガ」
ただ確信はあった。
「ミサンガ、ソンリェンその人に、あげた?」
ハイデンが初めて目を見開き、トイを見た。数秒閉ざされた唇が、ゆっくりと開かれる。
「なぜ、ご存知で」
──やっぱり。
「ソンリェン様から聞いたのですか」
「うん、ちょっと」
「そうですか……」
ハイデンは深く納得しているのか、何度か頷いた。
正確に言えばソンリェンはミサンガを作ったことがあるとは言っていたが、誰かにそれをあげたとは言っていなかった。
けれどもハイデンの話を聞いていると、なんとなくそうなのではないかと思ったのだ。
一度だけ、とソンリェンが限定していたということは、友人のような人物が幼少期にいたということだ。
それは、ハイデンの言う年若い教育係が相手だとしか思えなかった。
トイのミサンガを弾き飛ばしたソンリェンの顔は、今思えば蒼白にも見えた。トイに自慰するよう命じるなど異常なほどに機嫌が悪かったのも、これも理由の一つだったに違いない。
もちろん他の理由も、あっただろうけれど。トイは手首で結ばれたミサンガを見つめた。
「……ソンリェン様は心に傷を負われました」
ソンリェンは懐いていた大人の人に、裏切られたのか。
何と言えばいいのか分からなかった。自業自得だと笑うことも、ふうんと興味なさげに受け流すこともできなかった。
だからといって、傷ついたであろうソンリェンのために涙を流すことも、今のトイにはできない。
ただ、あの人にもそういう過去があったのだと、噛みしめるだけだ。
「教えてくれよ。今なんか言おうとしてただろ」
「……ソンリェン様は、とても、顔の造形が整っておられる方なので」
「うん」
「ソンリェン様が子どもの頃は、少女と見まごうほどで……」
それは想像できる。ソンリェンはとても人目を惹く容姿をしている。
子どもの頃もさぞ綺麗だったことだろう。
「そういう輩が多くて困りました、昔は」
「そういう輩、って?」
「……ソンリェン様の容姿に血迷った、不届き者です」
ハイデンの瞳に剣呑なものが混じった。トイは黙ってハイデンの言葉の続きを促した。
「ソンリェン様が7歳の頃、経験が浅く年若い教育係の青年が、血迷いました」
嫌な予感がして、シーツを握りしめる。そして予感は当たっていた。
「広い庭の奥の倉庫でした。かけつけた時には既に……遅くて」
何が遅かったのかについては想像に難くない。ハイデンの顔に滲む苦渋のようなものを見ていればわかる。
寄せられた眉に滲んでいるのは後悔だろうか、十中八九トイがソンリェンに受けていた仕打ちと同じことをソンリェンはされたのだろう。
ハイデンの言う、教育係の青年に。
「ソンリェン様は幼い頃より英才教育を受けておりまして、まともな友人と呼べる方もあまりおりませんで」
友達がいなかった、とソンリェンは言っていた。
「そんな時、若く、多少慣れ慣れしい教育係がソンリェン様をお世話することになったので……ソンリェン様も、その教育係にはそれなりにいい感情を抱いていたといいますか、懐いていましたね。二人でチェスなどをしている日も、ありました」
ソンリェンはもしかしたらその教育係を兄のように思っていたのかもしれない。
そんな人に、倉庫で。
ふと、ソンリェンの台詞を思い出した。深く考えずに口にする。
「ミサンガ」
ただ確信はあった。
「ミサンガ、ソンリェンその人に、あげた?」
ハイデンが初めて目を見開き、トイを見た。数秒閉ざされた唇が、ゆっくりと開かれる。
「なぜ、ご存知で」
──やっぱり。
「ソンリェン様から聞いたのですか」
「うん、ちょっと」
「そうですか……」
ハイデンは深く納得しているのか、何度か頷いた。
正確に言えばソンリェンはミサンガを作ったことがあるとは言っていたが、誰かにそれをあげたとは言っていなかった。
けれどもハイデンの話を聞いていると、なんとなくそうなのではないかと思ったのだ。
一度だけ、とソンリェンが限定していたということは、友人のような人物が幼少期にいたということだ。
それは、ハイデンの言う年若い教育係が相手だとしか思えなかった。
トイのミサンガを弾き飛ばしたソンリェンの顔は、今思えば蒼白にも見えた。トイに自慰するよう命じるなど異常なほどに機嫌が悪かったのも、これも理由の一つだったに違いない。
もちろん他の理由も、あっただろうけれど。トイは手首で結ばれたミサンガを見つめた。
「……ソンリェン様は心に傷を負われました」
ソンリェンは懐いていた大人の人に、裏切られたのか。
何と言えばいいのか分からなかった。自業自得だと笑うことも、ふうんと興味なさげに受け流すこともできなかった。
だからといって、傷ついたであろうソンリェンのために涙を流すことも、今のトイにはできない。
ただ、あの人にもそういう過去があったのだと、噛みしめるだけだ。
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