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繋がれた手
179.
「あのさあ、そいつ言ってたよ。ソンリェンのことだけは絶対好きにならないって。這いつくばって土下座されたって無理だって。ああ、ソンリェンのこと好きな俺を趣味悪いとかも言ってたし……ソンリェンさ、玩具ごときにコケにされてるよ? 死ぬほど嫌われてて可哀想……それでも、その玩具がいいの」
ソンリェンはとても自尊心が高い男だ。だからエミーはそれを煽ったのだ。
「撤回しろ、トイは玩具じゃねえ」
ソンリェンの表情が、少しだけ変わった。
「はっ、嫌われてる? 今更何言ってんだ──そんなのわかってんだよ」
ただそれは、トイや、ましてやエミーに対する怒りに満ちたものではなかった。むしろ程遠い。細められたソンリェンの眦が、切な気に揺れた。
「……それでもいい」
空気に溶けてしまいそうなソンリェンのか細い一言に、エミーがかろうじて浮かべていた笑みを消した。
トイも、ソンリェンの顔から目が離せなくなった。
「それでも、いいんだ……」
もう一度、ソンリェンは同じ言葉を吐いた。エミーが唇を噛みしめて黙り込んだ。
それが合図だった。
「──おい、お前ら」
銃の狙いはエミーの頭から外さず、ソンリェンは振り切るように部屋の中に向かって大声を張り上げた。開かれた扉の外では、数人の男たちがどうしたものかとたたらを踏んでいる。
「人ん家でよくも大暴れしてくれたな。大事なご主人様が殺されてもいいならそこにいろ。そうじゃねえならさっさと連れて帰れ。脅しじゃねえぞ? 明日の新聞が楽しみだな」
エミーの使用人らしき男数人が地面に押さえ込んでいた人物を解放し、部屋へと足を踏み入れてきた。激しく咳き込んで床に転がりながら突っ伏したのはハイデンだ。どうやら拘束されていたらしい。
遠い場所からハイデンと目が合い、トイの姿を見たハイデンが眦を下げて破顔した。世間一般に言うほどの破顔とまでは行かないだろうが、彼にとってあれは安堵の表情なのだろう。
鼻血が溢れ、殴られた痕の残る頬に相当争っていたことが伺える。他の使用人の姿もあったが、どれも同じような様子だった。
そうか、ハイデンはエミーを招き入れたわけではなかったのか──そうか。
「エミー様、今日のところは、これで」
「……なに? 今日のところは、じゃないよ。あーあ、もう」
使用人から伸ばされた手を振り払い、エミーがゆっくりと立ち上がった。
ぱん、と土のついたズボンを払い、ソンリェンには一切目を合わせず背を向けため息と共に吐き捨てた。
「なんなんだよ、バカらし……」
最後に見えた横顔は沈痛に満ちたもので、エミーの広い背中が小さく見えた。
消沈した様子でふらりと歩き始めたエミーが、使用人を引き連れて部屋を後にした。ハイデンはちらりと此方を見たが、ソンリェンの目を見てから小さく頷き、静かに扉を閉めた。
外ではまだ何やら揉めているようだが、それも直ぐに消えた。
今までの喧噪が嘘のように、ソンリェンの部屋の中も、バルコニーも静まり返ってしまった。
ソンリェンはトイの肩を抱いたまま、扉の向こうが落ち着いたのを見計らいすっと銃を降ろした。
ソンリェンがかたりと床に手をついた途端、綺麗な顔が苦渋に歪められた。ソンリェンの手の甲から溢れる赤は白いバルコニーにとても目立ち、鮮やかだった。
トイが流してきた血を同じ色を、ソンリェンも流していた。
「トイ」
それなのにソンリェンが真っ先に気にしたのは、彼自身の怪我ではなくてトイの顔だ。
「お前、顔の傷」
言われて痛みを思い出した。そういえばエミーに力づくで殴られたんだった。
「待ってろ」
「──ソンリェン」
立ち上がろうとしたソンリェンの腕を掴む。
ソンリェンは目を見張ったまま、すぐにトイの手を握り返してきた。
ぎゅうと両手で包み込むようにして目の前に再び座りこんでくる。
ソンリェンと、目線がしっかりと合った。
「……どうした」
行動だけでなく、心配を含ませた声までもがやけに神妙だ。
ソンリェンはこの一連の動きに何かしらの意味を見出しているのかもしれない。
トイの手を振り払うことなく、握りしめるということに。
ソンリェンはとても自尊心が高い男だ。だからエミーはそれを煽ったのだ。
「撤回しろ、トイは玩具じゃねえ」
ソンリェンの表情が、少しだけ変わった。
「はっ、嫌われてる? 今更何言ってんだ──そんなのわかってんだよ」
ただそれは、トイや、ましてやエミーに対する怒りに満ちたものではなかった。むしろ程遠い。細められたソンリェンの眦が、切な気に揺れた。
「……それでもいい」
空気に溶けてしまいそうなソンリェンのか細い一言に、エミーがかろうじて浮かべていた笑みを消した。
トイも、ソンリェンの顔から目が離せなくなった。
「それでも、いいんだ……」
もう一度、ソンリェンは同じ言葉を吐いた。エミーが唇を噛みしめて黙り込んだ。
それが合図だった。
「──おい、お前ら」
銃の狙いはエミーの頭から外さず、ソンリェンは振り切るように部屋の中に向かって大声を張り上げた。開かれた扉の外では、数人の男たちがどうしたものかとたたらを踏んでいる。
「人ん家でよくも大暴れしてくれたな。大事なご主人様が殺されてもいいならそこにいろ。そうじゃねえならさっさと連れて帰れ。脅しじゃねえぞ? 明日の新聞が楽しみだな」
エミーの使用人らしき男数人が地面に押さえ込んでいた人物を解放し、部屋へと足を踏み入れてきた。激しく咳き込んで床に転がりながら突っ伏したのはハイデンだ。どうやら拘束されていたらしい。
遠い場所からハイデンと目が合い、トイの姿を見たハイデンが眦を下げて破顔した。世間一般に言うほどの破顔とまでは行かないだろうが、彼にとってあれは安堵の表情なのだろう。
鼻血が溢れ、殴られた痕の残る頬に相当争っていたことが伺える。他の使用人の姿もあったが、どれも同じような様子だった。
そうか、ハイデンはエミーを招き入れたわけではなかったのか──そうか。
「エミー様、今日のところは、これで」
「……なに? 今日のところは、じゃないよ。あーあ、もう」
使用人から伸ばされた手を振り払い、エミーがゆっくりと立ち上がった。
ぱん、と土のついたズボンを払い、ソンリェンには一切目を合わせず背を向けため息と共に吐き捨てた。
「なんなんだよ、バカらし……」
最後に見えた横顔は沈痛に満ちたもので、エミーの広い背中が小さく見えた。
消沈した様子でふらりと歩き始めたエミーが、使用人を引き連れて部屋を後にした。ハイデンはちらりと此方を見たが、ソンリェンの目を見てから小さく頷き、静かに扉を閉めた。
外ではまだ何やら揉めているようだが、それも直ぐに消えた。
今までの喧噪が嘘のように、ソンリェンの部屋の中も、バルコニーも静まり返ってしまった。
ソンリェンはトイの肩を抱いたまま、扉の向こうが落ち着いたのを見計らいすっと銃を降ろした。
ソンリェンがかたりと床に手をついた途端、綺麗な顔が苦渋に歪められた。ソンリェンの手の甲から溢れる赤は白いバルコニーにとても目立ち、鮮やかだった。
トイが流してきた血を同じ色を、ソンリェンも流していた。
「トイ」
それなのにソンリェンが真っ先に気にしたのは、彼自身の怪我ではなくてトイの顔だ。
「お前、顔の傷」
言われて痛みを思い出した。そういえばエミーに力づくで殴られたんだった。
「待ってろ」
「──ソンリェン」
立ち上がろうとしたソンリェンの腕を掴む。
ソンリェンは目を見張ったまま、すぐにトイの手を握り返してきた。
ぎゅうと両手で包み込むようにして目の前に再び座りこんでくる。
ソンリェンと、目線がしっかりと合った。
「……どうした」
行動だけでなく、心配を含ませた声までもがやけに神妙だ。
ソンリェンはこの一連の動きに何かしらの意味を見出しているのかもしれない。
トイの手を振り払うことなく、握りしめるということに。
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