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トイの青空
190.
「……あの方はトイを大切にしてくれるのでしょうか」
ハイデンの腕に薬を塗りガーゼを当て、包帯を巻きながらシスターは苦く笑った。
「ソンリェン様ですか」
「それ以外に誰がいます」
ついついキツい口調になってしまう。権威も地位も無い女に手当をされても嫌な顔一つせず丁寧な態度を崩さない辺り、ハイデンが根は真面目な男であるということはわかったが、手放しに信じきることは出来ない。
もちろん、彼が仕えるソンリェンも。
「ソンリェン様は、あの子のことが好きなようです」
そんなことは知っている。あの男の態度を見ていればわかる。
「ソンリェン様はなかなかに性格が歪んでおりますが、あの子のことは今度こそ大切にしたいと思っているはずです。シスター」
トイはソンリェンに抱きしめられても嫌がる素振りさえ見せていなかった。それどころか安心しきった顔でソンリェンの腕の中でまどろんでいるようにも見えた。
彼らが互いに貪るようなキスをしていた所なんて、見なければよかった。
「……私はもうシスターではありません。とっくの昔に教会を去りました。けれども、皆にシスターと呼ばせています」
唐突に語り始めたシスターに、ハイデンは真剣な様子で耳を傾けてきた。
子どもたちの笑顔を思い出す。彼らはとても純粋で真っ直ぐて、愛おしい子どもたちだ。
「教会は、スラム街や金を持たない孤児には厳しい。だから私は育児院を作りました。なんの力もありませんけれども、少しでも子どもたちを救いたくて」
元々、外で駆け回ることが大好きな性格だった。
家がクリスチャンホームだったので幼い頃から教会に慣れ親しみ、15を過ぎてからシスターになる道を選んだのも自然だった。
しかし教会の在り様に一度疑問を抱いてしまえばもうそこにはいられなかった。引き留める声を振り払ったのはもう10年以上も前だ。
厳粛かつ敬虔なクリスチャンであった両親とは、もう何年も会っていない。
「教会からの庇護も受けられない存在だと、あの子たちには思わせたくなかった。だから私のことはシスターと、呼ばせています」
将来成長した時に、親はいなかったけれどもシスターに育てられたんだと皆が言えるように。出来ればその時の彼らが、笑顔であるように。
「そうでしたか」
「ええ。でも驕りでした」
未熟な自分が、子どもたちを救おうだなんて驕りもいい所だ。
「……トイは、笑っていました。ソンリェンさんに抱きしめられながら」
ずっと、トイが苦しんでいることにも気が付けなかった。
あの男のことだ、どうせ逆らえば育児院をどうにかするとトイを脅していたのだろう。トイはもちろん、シスターを安心させるためにそんなことないよと言うのだろうが。
「トイが求めているのは、あの方なんでしょうね」
ハイデンの腕に包帯を巻き終える。
「正直に言えば、あんな方にトイを任せたくはありません。でも、トイがどうしたいかが一番だとも、思っているんです」
「……あの子に、聞いてみてください。シスター」
顔を上げる。ハイデンの眦が僅かに緩んでいた。
殴られて皮膚が皺になっているわけではないだろう。
「もう今は、あの子の望む通りにソンリェン様は動くはずです」
「そうでしょうか……いえ、そうです、ね」
ハイデンの言葉を噛みしめて、頷く。シスターはトイの笑顔を思い出してそっと拳を握りしめた。
トイの話を聞いてから決めようと思っていた。けれども聞くまでもないのかもしれない。トイが望んでいるのは、あの男なのだから。
「動かなければ喝を入れるまでですしね。あの時は殴りませんでしたけど」
「喝、ですか?」
「あら……」
手を握りしめたことで、シスターは自身の手の状態にやっと気付いた。
こんな傷だらけの手のままでトイと会うことは出来ない。
「あの、ハイデンさん申し訳ありません、この塗り薬少々頂けますか?」
「あ、どうぞ……あの、シスター」
「はい?」
「その傷は……?」
「ああ、先ほども申し上げましたが、タイミングがよかったんです」
そう、タイミングがよかった。もしもトイが目の前にいればきっと全力で止められていたはずだ。ハイデンの視線の先で、手の甲についた傷に薬を塗り込めていく。
とは言ってもハイデンと話している時は痛みさえ忘れていたのだから、シスターもだいぶ興奮していたようだ。やはり自分はまだまだ未熟者だ。
「ええと」
顔を上げて、困惑気に眉を顰めたハイデンに言い切る。
「申し訳ありません、ソンリェンさんの名を使ってしまいましたので、後始末はお願い致しますね」
「……は?」
ハイデンの腕に薬を塗りガーゼを当て、包帯を巻きながらシスターは苦く笑った。
「ソンリェン様ですか」
「それ以外に誰がいます」
ついついキツい口調になってしまう。権威も地位も無い女に手当をされても嫌な顔一つせず丁寧な態度を崩さない辺り、ハイデンが根は真面目な男であるということはわかったが、手放しに信じきることは出来ない。
もちろん、彼が仕えるソンリェンも。
「ソンリェン様は、あの子のことが好きなようです」
そんなことは知っている。あの男の態度を見ていればわかる。
「ソンリェン様はなかなかに性格が歪んでおりますが、あの子のことは今度こそ大切にしたいと思っているはずです。シスター」
トイはソンリェンに抱きしめられても嫌がる素振りさえ見せていなかった。それどころか安心しきった顔でソンリェンの腕の中でまどろんでいるようにも見えた。
彼らが互いに貪るようなキスをしていた所なんて、見なければよかった。
「……私はもうシスターではありません。とっくの昔に教会を去りました。けれども、皆にシスターと呼ばせています」
唐突に語り始めたシスターに、ハイデンは真剣な様子で耳を傾けてきた。
子どもたちの笑顔を思い出す。彼らはとても純粋で真っ直ぐて、愛おしい子どもたちだ。
「教会は、スラム街や金を持たない孤児には厳しい。だから私は育児院を作りました。なんの力もありませんけれども、少しでも子どもたちを救いたくて」
元々、外で駆け回ることが大好きな性格だった。
家がクリスチャンホームだったので幼い頃から教会に慣れ親しみ、15を過ぎてからシスターになる道を選んだのも自然だった。
しかし教会の在り様に一度疑問を抱いてしまえばもうそこにはいられなかった。引き留める声を振り払ったのはもう10年以上も前だ。
厳粛かつ敬虔なクリスチャンであった両親とは、もう何年も会っていない。
「教会からの庇護も受けられない存在だと、あの子たちには思わせたくなかった。だから私のことはシスターと、呼ばせています」
将来成長した時に、親はいなかったけれどもシスターに育てられたんだと皆が言えるように。出来ればその時の彼らが、笑顔であるように。
「そうでしたか」
「ええ。でも驕りでした」
未熟な自分が、子どもたちを救おうだなんて驕りもいい所だ。
「……トイは、笑っていました。ソンリェンさんに抱きしめられながら」
ずっと、トイが苦しんでいることにも気が付けなかった。
あの男のことだ、どうせ逆らえば育児院をどうにかするとトイを脅していたのだろう。トイはもちろん、シスターを安心させるためにそんなことないよと言うのだろうが。
「トイが求めているのは、あの方なんでしょうね」
ハイデンの腕に包帯を巻き終える。
「正直に言えば、あんな方にトイを任せたくはありません。でも、トイがどうしたいかが一番だとも、思っているんです」
「……あの子に、聞いてみてください。シスター」
顔を上げる。ハイデンの眦が僅かに緩んでいた。
殴られて皮膚が皺になっているわけではないだろう。
「もう今は、あの子の望む通りにソンリェン様は動くはずです」
「そうでしょうか……いえ、そうです、ね」
ハイデンの言葉を噛みしめて、頷く。シスターはトイの笑顔を思い出してそっと拳を握りしめた。
トイの話を聞いてから決めようと思っていた。けれども聞くまでもないのかもしれない。トイが望んでいるのは、あの男なのだから。
「動かなければ喝を入れるまでですしね。あの時は殴りませんでしたけど」
「喝、ですか?」
「あら……」
手を握りしめたことで、シスターは自身の手の状態にやっと気付いた。
こんな傷だらけの手のままでトイと会うことは出来ない。
「あの、ハイデンさん申し訳ありません、この塗り薬少々頂けますか?」
「あ、どうぞ……あの、シスター」
「はい?」
「その傷は……?」
「ああ、先ほども申し上げましたが、タイミングがよかったんです」
そう、タイミングがよかった。もしもトイが目の前にいればきっと全力で止められていたはずだ。ハイデンの視線の先で、手の甲についた傷に薬を塗り込めていく。
とは言ってもハイデンと話している時は痛みさえ忘れていたのだから、シスターもだいぶ興奮していたようだ。やはり自分はまだまだ未熟者だ。
「ええと」
顔を上げて、困惑気に眉を顰めたハイデンに言い切る。
「申し訳ありません、ソンリェンさんの名を使ってしまいましたので、後始末はお願い致しますね」
「……は?」
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