彼女の優しい理由

諏訪錦

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彼女の優しい嘘の理由 29

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「兄さん、少し出かけてきます」
 ブランド物のジャージ上下に、同名ブランドのスニーカーを合わせたラフな格好で、奏子は振り返った。
 俺は玄関先で奏子の言葉を受け、腕を組んだ。
「誰かと約束か?」
 出で立ちからして、逢引きというわけではないようだ。奏子がいくらずぼらな性格をしていたとしても、意識する相手とジャージで会うような真似はしないだろう。ならば、部活動の友人だろうと俺は当たりをつけた。
 しかし奏子は含みのある表情になって言及を避け、そそくさと逃げ出すように玄関の扉を開いた。開かれた扉から陽光が差し込み、今日が快晴であることを知らせる。昨夜のにわか雨は、今朝にはすっかり上がっていた。
 奏子が、去り際チラリと携帯電話を確認したのが目に留まる。これは、いよいよもって怪しいではないか。
 俺はかぶりを振って自分の下卑た勘繰りを振り払った。そして、後ろ髪引かれながら踵を返し、リビングに向かった。十メートルほど進んだ先にある扉をくぐり、黒を基調としたソファーに深く腰を下ろす。沈み込む感覚が心地良い、父がイタリアから取り寄せたばかりの物だ。
 家長である父は、中上グループの系列に名を連ねる本家筋の次男坊である。その優遇たるや、支社を任されるほどの地位にあった。しかし、その地位に甘んじることなく、旭ノ丘市の新事業開発に自ら乗り出すなど、先鋭的に物事を動かせるやり手であった。
 俺は、そんな父に憧れている。あのようになりたいと思うし、当然、超えるべき壁だとも思っている。自分もまた、現状に満足することのない向上心を持ち合わせていると自負していた。
 普段は自分を磨くために休日でも生徒会の仕事を持ち帰るのだが、今日は珍しく終わらせなくてはならない仕事がない。
 手持無沙汰でいると、玄関のチャイムが鳴り響き、俺はソファから立ち上がった。玄関の扉を開くと、そこに立っていたのは高校のクラスメイトで、中学時代からの友人でもある藪坂七季だった。
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