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真っ赤な嘘7
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部屋の真ん中で、少女が倒れていた。うつ伏せで倒れていたため一瞬わからなかったが、わずかに見える横顔から、施設で会った少女、歩美だとわかる。
廊下で項垂れる女性に、
「これ、あんたがやったのか?」
オレはそう声をかける。
恐らく、廊下の人物が歩美の母親だろう。どことなく歩美と顔立ちが似ている。つまり、動物殺しの第一発見者としてSNSに書き込みしていた投稿者ということになる。
「か、関係ないでしょ! 不法侵入、不法侵入侵入だわ、警察を呼びますよ!」
「呼びたきゃ呼べよ。この状況を説明できるって言うならな」
オレは倒れている少女を指差し言った。
「わ、私はなにもやってません、歩美が自分でやったんです!」
動かなくなった歩美の体をオレは凝視する。腕の関節が反対側に折れ曲がり、わずかに見える横顔には、どう見ても人に殴打されたとしか思えないようなアザが見える。
「これを自分でやった? あんた、そんなこと本気で言ってるのか!」
オレの怒号に、ビクッと体を縮める母親。その姿だけ見ていたら、言葉通りこの人がそんなことをしたなんて思えないかもしれない。だが、惑わされてはいけない。
オレが施設で歩美と会ったとき、あの子は施設で自傷行為を繰り返していると聞き、実際オレの目の前でも色鉛筆を自分の腕に向かって振り下ろそうとしていた。その目はなにかに怯えるように、あるいはすがるように揺れ動いていた。『うまくやるから』と、そう言いながら。
うまくやる、というその言葉の意味が、いまになってようやくわかった。
「ふざけるんじゃねえ」
オレは、胸糞悪い気持ちを吐き出すように、そう言葉を口にしていた。
『歩美ちゃんは自分の意志で自傷行為をしていたんじゃありません。きっと母親にやらされていたんです』
先程のサーヤとの電話で、彼女はオレにそう言った。歩美は自分の意思で体を傷つけているのではなく、母親の指示によってやっていたのではないか、と。
そんなことを娘にさせてなんの意味があるのかオレには到底理解できなかったが、サーヤがその後に言った言葉を聞き、更に怒りがあふれ出しそうになった。
『母親は、娘に自傷行為をさせることで周囲から大変な子供を育てている苦労人として同情され、しかも献身的に娘の世話をする母親を演じられる。歩美ちゃんの母親は、そんな自己顕示欲を満たすために娘を利用していたんだと思います』
つまり母親の身勝手が、歩美が自傷行為を繰り返していた理由だった。
だが、次第にその感覚は麻痺していったのだろう。以前は娘のかすり傷でも心配してくれていた周囲が注目しなくなり、面倒を見ることで得られていた快感もだんだんと鈍くなって、さらに大きな怪我、大きな傷を負うことを娘に求めるようになった。
考えただけでゾッとする。自分の体に鋭く尖った色鉛筆を突き立てる。そんなこと、オレだってできるかどうかわからない。施設で会ったときに気づいてやるべきだったんだ。そんな恐ろしいことを、歩美はやっていたのだから。
子供は親の所有物ではないというのに、この母親は本当に娘を物のように扱った。その挙句、歩美の自傷行為では満たされなくなった母親は、自分の手でこうして娘を傷つけたんだ。
「この街で頻繁に起きてる動物殺傷事件。その犯人もあんただな?」
何件も立て続けに起きていた犯行が、ここ一週間起きなくなっている。それがちょうど、歩美が家に戻された時期と一致する。加えて言うと、動物の死骸が頻繁に見つかるようになった三ヶ月くらい前に、歩美は児相に保護された。この女が動物を殺傷するようになったきっかけは、歩美が家からいなくなったからだと考えられる。つまりは、歩美の代わりに傷つける道具として、ペットを利用したのだろう。
考えただけでも吐きそうになる。
家に戻された歩美は、毎日のようにこの女から激しい虐待を受けてきたのだろう。それでも歩美が暴力に耐え続けたのは、盲信的なまでの母親への愛情が原因か、あるいは自分の代わりに虐待を受ける動物たちを守るためだったのか、判然としない。
とにかくいまは、歩美を病院へ連れていくことが先決だ。
ケータイ電話を取り出し、救急車を呼ぼうとしたところで、グギッと鈍い音がした。次の瞬間、オレの手の中にあったはずのケータイ電話が部屋の隅に飛んでいき、腕に激しい痛みが走った。
母親に目をやると、どこから取り出したのか、金属の棒が持たれていて、オレの腕を殴った反動で体勢を崩していた。
「ってぇなぁ」
殴られた右腕の肘から下が満足に動かない。当たりどころが悪かったのもあるかもしれないが、それだけ激しい一撃を受けたということだ。
「待ってくださいよ。人の家に押し入っておいて、勝手にどこに連絡しようとしてるんですか?」
「てめぇ、この状況で娘を病院に連れていくこと以外にやることなんてねぇだろうが!」
オレの怒号を受けた母親は、さっきまでと人が変わったように表情から怯えた感情が抜けて、代わりに怒りに満ちた般若のような顔に変わる。
ビュン、という風を切る音とともに鉄の棒が眼前をかすめる。
殺気に満ちた表情を見た直後だったから辛うじて身を引くことができたが、それがなければ今頃オレも床に伏していたことだろう。
なんの躊躇もなく人の頭部を攻撃してきたことからも、この母親が常軌を逸していることは明白だ。
そもそも、娘や動物を平気で傷つけるような人間だ。それがこの女の本性なのだろう。
だったら、オレも容赦する必要はない。
女が再び棒を振り上げようとするのを見たオレは、即座に動いて女との距離を詰める。そうすることで、相手の振り上げた棒を無力化する。
腕を振り上げたことで無防備になった女の腹部に向けて拳を打ち込むと、前屈みになり、顔が突き出される。その隙だらけの顎に目掛けて、掌を思い切り突き出すことで、女は脳を揺らし、その場に倒れ込んだ。意識が飛ぶのは一瞬のことだった。
オレは、側にあったビニール紐を手にすると、すぐに女の両手を後ろ手に縛りつけ、急いでケータイ電話を取りに走った。そのとき、歩美の母親は意識を取り戻し、なにか独り言のようにぶつぶつと呟く。
「どうして、こんなことになるの。ジローが殺されたときは、みんな私に優しくしてくれたわ」
なにを言ってるのだろう。
後ろ手に縛られ、うつ伏せになった母親は、首だけ動かして歩美の方を見た。
「ママね、歩美がいない間、どうしたらいいかわからなかったの。だから、仕方なくザンサツマの真似してみたのよ。だけど駄目ね、疲れるだけ。ねえ歩美。やっぱり大切なものが傷つかないとママ満たされないみたい。誰も注目してくれないのは嫌。もっと私が可哀想な女だったら、パパは他の女のところに行かなかった。だってパパね、その女のことを『俺がいないと駄目な可哀想な女なんだ』って言ってたんだもの。私が捨てられたのは、その女よりも私が可哀想じゃないからってことでしょう。だからもっと可哀想な女にならないと。ね、だからまた協力してくれるでしょ? 今度は、娘を失った悲劇の母親っていうのを体験してみたいの。いいでしょう? 歩美はママのことが大好きだもんね。だからお願い、起き上がってこの紐解いて」
オレはどこまでも身勝手な母親の髪を掴みあげると、腹の底から湧き上がる怒りを声に込めて言った。
「黙ってろ、本気で殺したくなってくる」
悲劇のヒロインを気取りたいなら、勝手にやればいい。自分の命を削ってな。
今度こそ、オレは救急車と警察に順番に連絡を入れた。
救急隊に運び出された歩美は、意識こそないが命に別状はなさそうだった。
その後、駆けつけた警察官から事情を聞かれ、それに答え終えたところで、思い出したように殴られた腕の痛みが蘇ってきた。
肘を押さえる仕草をしたことでオレも病院に連れて行かれ、診断の結果、腕の骨にヒビが入っていることがわかった。固定だけしてもらって病院をあとにしたオレは、ケータイを開く。すると、サーヤから何度も電話がかかってきていた。
折り返し電話をかけると、ワンコールでサーヤは電話に出た。
「いまどこですか?」
背後にたたずむ病院の建物を見て、答える。
「外だ」
「そんな答えを求めていると思っているんですか?」
まぁ、誤魔化せるわけないよな。
次に会ったときに怪我をしたことを追求されるに決まっているし、正直に答えることにする。
「中央病院だ。歩美の家に行ったら、母親に襲われた」
サーヤは、受話器の向こうで息を呑んだようだった。
「オレなんかより、歩美の方がもっと酷い怪我をしていたよ。お前の言う通り、あの母親が歩美に自傷行為を強要していたんだ。それに、動物を殺していた犯人も母親だったよ」
「そうですか。歩美ちゃんが無事なことは良かったけど、でも一人では行かないでって言いましたよね?」
「そうだったか?」
深いため息を吐いたサーヤに、オレは肩をすくめた。
「悪かったよ。でも、結果的に行って良かった。事件性があるかもわからない状態で警察や児相が動くの待っていたら、それこそ手遅れになってただろうからな」
「そんなの結果論でしょ」
「人の命が絡んでるんだ、結果がすべてじゃないか」
「だからって、過程を無視していいわけじゃないでしょう。ずっと思っていたけれど、あなた、おかしいわ」
「どこがだよ」
「自分の身を一番に考えられないことよ。不良に囲まれたときも、今回の件にしても、危険なのはわかっていたはずですよね? それなのに、どうして無茶するんですか」
「別にいいじゃねえか、無事だったんだから」
「そういう話じゃなくて、そんなこと繰り返していたら、いつかあなたが取り返しのつかないことになるってどうして考えられないんですか」
オレは嘆息して答えた。
「そんなことどうでもいい。そもそも、正しいことをして文句言われる筋合いないんだよ。正義の味方ってそういうもんだろ?」
「なにが正義の味方ですか。いい加減その軽口、本当に不愉快だからやめてもらえませんか?」
「これでもオレは真剣なんだけどな」
「だったら尚更たちが悪い」
「どうしてサーヤがそこまで怒るんだよ」
「あなたには、自分を大切にしなければならない義務があるからよ!」
サーヤはそう言って声を荒げた。
そこまで語気を強めたこともそうなのだが、権利じゃなく義務という言い方が妙に引っかかった。
「どうしてサーヤは、そこまでオレに固執するんだ。出会ってまだ数回しか会っていないのに、そこまでオレのことを心配する理由ってなんだよ?」
電話の向こうで、サーヤが言い淀むのがわかった。少しして絞り出すように、
「そんなこと、言わせないで」
と言われ、それ以上の追求はしてはいけないような気がした。
お互いなんとなく気まずい空気が流れたため、話を切り上げるためにオレは口を開く。
「まあとにかく、歩美が無事で良かったよ。これで問題は解決だな」
「いいえ。歩美ちゃんの問題はまだ解決してませんよ」
「あの母親がやったことは警察にすべて話した。あとはそっちで解決してくれるだろう」
だが、サーヤはどこか腑に落ちない様子だった。
「まだなにかあるのか?」
オレの問いに、最初は言うか迷っている様子だったサーヤだったが、意を決したように口を開いた。
廊下で項垂れる女性に、
「これ、あんたがやったのか?」
オレはそう声をかける。
恐らく、廊下の人物が歩美の母親だろう。どことなく歩美と顔立ちが似ている。つまり、動物殺しの第一発見者としてSNSに書き込みしていた投稿者ということになる。
「か、関係ないでしょ! 不法侵入、不法侵入侵入だわ、警察を呼びますよ!」
「呼びたきゃ呼べよ。この状況を説明できるって言うならな」
オレは倒れている少女を指差し言った。
「わ、私はなにもやってません、歩美が自分でやったんです!」
動かなくなった歩美の体をオレは凝視する。腕の関節が反対側に折れ曲がり、わずかに見える横顔には、どう見ても人に殴打されたとしか思えないようなアザが見える。
「これを自分でやった? あんた、そんなこと本気で言ってるのか!」
オレの怒号に、ビクッと体を縮める母親。その姿だけ見ていたら、言葉通りこの人がそんなことをしたなんて思えないかもしれない。だが、惑わされてはいけない。
オレが施設で歩美と会ったとき、あの子は施設で自傷行為を繰り返していると聞き、実際オレの目の前でも色鉛筆を自分の腕に向かって振り下ろそうとしていた。その目はなにかに怯えるように、あるいはすがるように揺れ動いていた。『うまくやるから』と、そう言いながら。
うまくやる、というその言葉の意味が、いまになってようやくわかった。
「ふざけるんじゃねえ」
オレは、胸糞悪い気持ちを吐き出すように、そう言葉を口にしていた。
『歩美ちゃんは自分の意志で自傷行為をしていたんじゃありません。きっと母親にやらされていたんです』
先程のサーヤとの電話で、彼女はオレにそう言った。歩美は自分の意思で体を傷つけているのではなく、母親の指示によってやっていたのではないか、と。
そんなことを娘にさせてなんの意味があるのかオレには到底理解できなかったが、サーヤがその後に言った言葉を聞き、更に怒りがあふれ出しそうになった。
『母親は、娘に自傷行為をさせることで周囲から大変な子供を育てている苦労人として同情され、しかも献身的に娘の世話をする母親を演じられる。歩美ちゃんの母親は、そんな自己顕示欲を満たすために娘を利用していたんだと思います』
つまり母親の身勝手が、歩美が自傷行為を繰り返していた理由だった。
だが、次第にその感覚は麻痺していったのだろう。以前は娘のかすり傷でも心配してくれていた周囲が注目しなくなり、面倒を見ることで得られていた快感もだんだんと鈍くなって、さらに大きな怪我、大きな傷を負うことを娘に求めるようになった。
考えただけでゾッとする。自分の体に鋭く尖った色鉛筆を突き立てる。そんなこと、オレだってできるかどうかわからない。施設で会ったときに気づいてやるべきだったんだ。そんな恐ろしいことを、歩美はやっていたのだから。
子供は親の所有物ではないというのに、この母親は本当に娘を物のように扱った。その挙句、歩美の自傷行為では満たされなくなった母親は、自分の手でこうして娘を傷つけたんだ。
「この街で頻繁に起きてる動物殺傷事件。その犯人もあんただな?」
何件も立て続けに起きていた犯行が、ここ一週間起きなくなっている。それがちょうど、歩美が家に戻された時期と一致する。加えて言うと、動物の死骸が頻繁に見つかるようになった三ヶ月くらい前に、歩美は児相に保護された。この女が動物を殺傷するようになったきっかけは、歩美が家からいなくなったからだと考えられる。つまりは、歩美の代わりに傷つける道具として、ペットを利用したのだろう。
考えただけでも吐きそうになる。
家に戻された歩美は、毎日のようにこの女から激しい虐待を受けてきたのだろう。それでも歩美が暴力に耐え続けたのは、盲信的なまでの母親への愛情が原因か、あるいは自分の代わりに虐待を受ける動物たちを守るためだったのか、判然としない。
とにかくいまは、歩美を病院へ連れていくことが先決だ。
ケータイ電話を取り出し、救急車を呼ぼうとしたところで、グギッと鈍い音がした。次の瞬間、オレの手の中にあったはずのケータイ電話が部屋の隅に飛んでいき、腕に激しい痛みが走った。
母親に目をやると、どこから取り出したのか、金属の棒が持たれていて、オレの腕を殴った反動で体勢を崩していた。
「ってぇなぁ」
殴られた右腕の肘から下が満足に動かない。当たりどころが悪かったのもあるかもしれないが、それだけ激しい一撃を受けたということだ。
「待ってくださいよ。人の家に押し入っておいて、勝手にどこに連絡しようとしてるんですか?」
「てめぇ、この状況で娘を病院に連れていくこと以外にやることなんてねぇだろうが!」
オレの怒号を受けた母親は、さっきまでと人が変わったように表情から怯えた感情が抜けて、代わりに怒りに満ちた般若のような顔に変わる。
ビュン、という風を切る音とともに鉄の棒が眼前をかすめる。
殺気に満ちた表情を見た直後だったから辛うじて身を引くことができたが、それがなければ今頃オレも床に伏していたことだろう。
なんの躊躇もなく人の頭部を攻撃してきたことからも、この母親が常軌を逸していることは明白だ。
そもそも、娘や動物を平気で傷つけるような人間だ。それがこの女の本性なのだろう。
だったら、オレも容赦する必要はない。
女が再び棒を振り上げようとするのを見たオレは、即座に動いて女との距離を詰める。そうすることで、相手の振り上げた棒を無力化する。
腕を振り上げたことで無防備になった女の腹部に向けて拳を打ち込むと、前屈みになり、顔が突き出される。その隙だらけの顎に目掛けて、掌を思い切り突き出すことで、女は脳を揺らし、その場に倒れ込んだ。意識が飛ぶのは一瞬のことだった。
オレは、側にあったビニール紐を手にすると、すぐに女の両手を後ろ手に縛りつけ、急いでケータイ電話を取りに走った。そのとき、歩美の母親は意識を取り戻し、なにか独り言のようにぶつぶつと呟く。
「どうして、こんなことになるの。ジローが殺されたときは、みんな私に優しくしてくれたわ」
なにを言ってるのだろう。
後ろ手に縛られ、うつ伏せになった母親は、首だけ動かして歩美の方を見た。
「ママね、歩美がいない間、どうしたらいいかわからなかったの。だから、仕方なくザンサツマの真似してみたのよ。だけど駄目ね、疲れるだけ。ねえ歩美。やっぱり大切なものが傷つかないとママ満たされないみたい。誰も注目してくれないのは嫌。もっと私が可哀想な女だったら、パパは他の女のところに行かなかった。だってパパね、その女のことを『俺がいないと駄目な可哀想な女なんだ』って言ってたんだもの。私が捨てられたのは、その女よりも私が可哀想じゃないからってことでしょう。だからもっと可哀想な女にならないと。ね、だからまた協力してくれるでしょ? 今度は、娘を失った悲劇の母親っていうのを体験してみたいの。いいでしょう? 歩美はママのことが大好きだもんね。だからお願い、起き上がってこの紐解いて」
オレはどこまでも身勝手な母親の髪を掴みあげると、腹の底から湧き上がる怒りを声に込めて言った。
「黙ってろ、本気で殺したくなってくる」
悲劇のヒロインを気取りたいなら、勝手にやればいい。自分の命を削ってな。
今度こそ、オレは救急車と警察に順番に連絡を入れた。
救急隊に運び出された歩美は、意識こそないが命に別状はなさそうだった。
その後、駆けつけた警察官から事情を聞かれ、それに答え終えたところで、思い出したように殴られた腕の痛みが蘇ってきた。
肘を押さえる仕草をしたことでオレも病院に連れて行かれ、診断の結果、腕の骨にヒビが入っていることがわかった。固定だけしてもらって病院をあとにしたオレは、ケータイを開く。すると、サーヤから何度も電話がかかってきていた。
折り返し電話をかけると、ワンコールでサーヤは電話に出た。
「いまどこですか?」
背後にたたずむ病院の建物を見て、答える。
「外だ」
「そんな答えを求めていると思っているんですか?」
まぁ、誤魔化せるわけないよな。
次に会ったときに怪我をしたことを追求されるに決まっているし、正直に答えることにする。
「中央病院だ。歩美の家に行ったら、母親に襲われた」
サーヤは、受話器の向こうで息を呑んだようだった。
「オレなんかより、歩美の方がもっと酷い怪我をしていたよ。お前の言う通り、あの母親が歩美に自傷行為を強要していたんだ。それに、動物を殺していた犯人も母親だったよ」
「そうですか。歩美ちゃんが無事なことは良かったけど、でも一人では行かないでって言いましたよね?」
「そうだったか?」
深いため息を吐いたサーヤに、オレは肩をすくめた。
「悪かったよ。でも、結果的に行って良かった。事件性があるかもわからない状態で警察や児相が動くの待っていたら、それこそ手遅れになってただろうからな」
「そんなの結果論でしょ」
「人の命が絡んでるんだ、結果がすべてじゃないか」
「だからって、過程を無視していいわけじゃないでしょう。ずっと思っていたけれど、あなた、おかしいわ」
「どこがだよ」
「自分の身を一番に考えられないことよ。不良に囲まれたときも、今回の件にしても、危険なのはわかっていたはずですよね? それなのに、どうして無茶するんですか」
「別にいいじゃねえか、無事だったんだから」
「そういう話じゃなくて、そんなこと繰り返していたら、いつかあなたが取り返しのつかないことになるってどうして考えられないんですか」
オレは嘆息して答えた。
「そんなことどうでもいい。そもそも、正しいことをして文句言われる筋合いないんだよ。正義の味方ってそういうもんだろ?」
「なにが正義の味方ですか。いい加減その軽口、本当に不愉快だからやめてもらえませんか?」
「これでもオレは真剣なんだけどな」
「だったら尚更たちが悪い」
「どうしてサーヤがそこまで怒るんだよ」
「あなたには、自分を大切にしなければならない義務があるからよ!」
サーヤはそう言って声を荒げた。
そこまで語気を強めたこともそうなのだが、権利じゃなく義務という言い方が妙に引っかかった。
「どうしてサーヤは、そこまでオレに固執するんだ。出会ってまだ数回しか会っていないのに、そこまでオレのことを心配する理由ってなんだよ?」
電話の向こうで、サーヤが言い淀むのがわかった。少しして絞り出すように、
「そんなこと、言わせないで」
と言われ、それ以上の追求はしてはいけないような気がした。
お互いなんとなく気まずい空気が流れたため、話を切り上げるためにオレは口を開く。
「まあとにかく、歩美が無事で良かったよ。これで問題は解決だな」
「いいえ。歩美ちゃんの問題はまだ解決してませんよ」
「あの母親がやったことは警察にすべて話した。あとはそっちで解決してくれるだろう」
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