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嘘に足はない 終
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ぼくの非力な力でも、金属製のバッドで頭部を殴打すれば、相手を昏倒させることはそう難しいことではない。それでも念のために、振り下ろす手を止めなかった。
初めの内は、殴打する度に相手の体が跳ねるような反応を示していたが、今となってはバッドを振り下ろした勢いからくる振動を除けば、何の反応も返ってこなくなっていた。
男の後頭部は、何度も振り下ろされたバッドによって深く陥没し、そこに血だまりができ上がっていた。
ぼくが手を止めたのは、自分の行動が恐ろしくなったからという理由ではなく、ただ疲れただけ。人間をバッドで殴るという行為を抑止させたのは、倫理観ではなく疲労感でしかなかったのだ。
驚きと恐怖で目を丸くする高槻先輩。さっきまで意識を失っていたはずだが、いつの間にか目を覚ましていたらしい。
良かった。無事だったんだ。
ぼくは縄をほどこうとせず、持っていたバッドを放り投げると、鞄の中身を広げた。
その時になってなぜか気付いたことがある。
高槻先輩はバレー部に属しているとクラスメイトが言っていたのを聞いて、実際そう思い込んでいたが、それは根底から間違っていた。
そもそも、高槻先輩が部活に打ち込む姿を見たことはない。だから、クラスメイトの言葉をぼくは間違って受け取っていたのだ。彼女が所属していた部活はバレー部ではなく"バレエ"部だったのだ。
高校にバレエを練習するための部が存在するなど、想像もしていなかったため、バレエという音だけを聞いて、バレーと勝手に頭の中で置き換えてしまったのである。
だが、ぼくの通う高校は課外活動に力を入れていて、もっと変わった同好会やサークルも存在している。ミステリーサークルなどが認められているのなら、クラシックバレエが認められない道理はない。
ぼくはそして、鞄の中身を取り出した。
「なによ、それ?」
高槻先輩の疑問はすぐに、つんざくような悲鳴に変わった。
「な、なんなのよそれ。ねえ、偽物よね、まさか、そんな―――――― 人の足なんて!」
言葉を無視して、ぼくは考えていた。高槻先輩と初めて会った日のことを。彼女とぼくが初めて会ったのは、放課後の校舎裏ではなくバレエのコンクール会場だった。
当時、ぼくは下見のためにコンクールを見に行っていたのだ。良い材料を探すための、下見。
「ちょっと、なにか言ってよ!」
不安にかられたのか、高槻先輩は声を荒げてそう言った。
「なにかって言われても、先輩が見てるものが全てですよ」
「だってそれ人の足だよ? おかしいよ。そんなの持ってるなんて。まるで、まるで、人殺しじゃないっ!」
ぼくは答えなかった。彼女に嘘はつきたくなかったからだ。
「先輩、見てよこの足。キレイだろう? バレエのコンクールで見つけたんだ。あのコンクールで最優秀賞をとった女の子、キレイな足だったんだ。だけど先輩は本当に残念だったよね。最優秀賞逃しちゃって。ああ、でも、高槻先輩の方がずっとキレイだったよ。だから、コンクールの会場ですれ違った時に言ったよね。ファンになりましたって。先輩、その言葉を覚えていたから、ぼくに興味を持ったんでしょう?」
ぼくは笑いが込み上げてくるのを抑えられなかった。
小さい頃から、父親に厳しくされて育ったぼくは、休日も勉強ばかりしていて友達もできず、結果的に姉とばかり遊んでいた。
当時女の子の間で流行っていたのは、人形の顔や体を付け替えて、自分だけのポーズやファッションを人形にさせる、というものだった。ぼくも姉と一緒になって、よく遊んでいたっけ。
「なに、やってるの……?」
高槻先輩は震える声でそう言った。
「なにって、今からこの細くてキレイな足が、先輩のものになるんだ」
ぼくはそして、バットと一緒に鞄の中に仕込んでおいたノコギリを取り出した。ホームセンターなどで普通に手に入る一般的な刃。その先には、黒ずんだ血のあとが残っている。
「大丈夫。ちゃんとキレイにくっつけてあげるから。知ってるでしょ? ぼく、中学時代は家庭科部だったんだ。裁縫は得意なんだよ」
そう言って、身動きの取れない高槻先輩の太腿あたりに、油性のマジックで点線を入れてゆく。その点線にノコギリの刃を当てると、ああ、とぼくは手を打った。
「口、塞いでおかないと」
近くに落ちていたタオルを丸め、先輩の口に無理やり詰め込んだ。
「裁縫は得意だけど、切るのはね。まだ慣れないんだ。なんと言ってもまだ二度目だからさ」
彼女は息苦しさからか、それとも迫りくる恐怖におののいているのか、大きく体を振った。だがどちらにしても、ぼくの手を止める材料にはならなかった。
「わくわくするな。昔みたいにお人形さん遊びができる」
人形になるのは先輩だけど、という言葉は、彼女の耳には届いていないようだった。恐怖とパニックで、それどころではないのかもしれない。タオルで塞いだ口からはひどく怯えた様子の、鳴き声と罵るような言葉が聞こえてくる。
「や、いや! 放して、放してよ、このっ、放せ、人殺しっ!」
口汚い言葉を聞いていると、悲しい気持ちになって、ぼくは溜息をもらす。
「なんだよぉ、放せって。ぼくのことが好きだって言ってたじゃないか。ぼくだって好きなんだよ、先輩のことが。だから、誰にも渡さない」
ぼくは今度こそ、太腿にノコギリの刃を当てると、力いっぱいその手を動かした。泣きわめく声がうるさくて、部屋にあったタオルをもっと喉の奥まで乱暴に突っ込む。
「だけど先輩は嘘つきだなぁ。好きだって言ったくせに、今解放したら逃げ出すだろう? そんなのショックだなぁ。あ、そういえばヨーロッパにこんなことわざがあるそうだよ」
〝嘘に足はない〟
「どういう意味なんだろうね。嘘つきに足はいらないってことかな?」
ポケットの中でずーっと携帯電話が鳴り続けていた。だけど、今は手が離せない。前回使ってからまったく手入れしてなかったノコギリは切れ味が悪くなっていて、しかも暴れまわる高槻先輩の所為もあって上手く足を切り落とせない。ようやく足を一本切り落としたときには、汗だくになっていた。
その間もまだ、バイブがポケットを震わせている。
相変わらずしつこい。どうせまた、いまどこで何をしているのか確認するための電話だろう。本当に心配性で鬱陶しい。
これまでだって上手くやってきたんだ。ぼくが失敗するはずなんてない。
気が付くと床は血に染まり、切ろうとした足は上手く外れないまま疲労感がピークに達してしまった。
「なんかもう飽きてきたな」
ぼくはポケットに手を突っ込むと、ディスプレイに映る名前を確かめてみた。
「やっぱり」
着信は二〇件以上で、現在も増え続けている。
再びかかってきた電話の画面に映し出されているのは、姉の文字。ぼくの愚姉〝更科沙良〟からの電話であった。
「もしもし、お姉ちゃん? ぼく、疲れちゃった。また、いつもみたいに処理手伝ってよ。え、ふざけるなって? いいの、そんなこと言って? 弟が異常な犯罪者だって知られて困るのはお姉ちゃんだよ。もう今さら引き返せない。お姉ちゃんだってぼくの共犯者なんだ。動物殺しをしていたのはぼくだけど、その処理をしてきたのはお姉ちゃんだ。これまでだって、そうしてバレずにやってこられたんだから、今回だって大丈夫だよ。場所はメールで送るから、今すぐ来てね。待ってるから」
電話を切る直前、半分泣きそうな声の姉に、喝を入れるために言った。
「ぼくらは二人で"惨殺魔"なんだ」と。
初めの内は、殴打する度に相手の体が跳ねるような反応を示していたが、今となってはバッドを振り下ろした勢いからくる振動を除けば、何の反応も返ってこなくなっていた。
男の後頭部は、何度も振り下ろされたバッドによって深く陥没し、そこに血だまりができ上がっていた。
ぼくが手を止めたのは、自分の行動が恐ろしくなったからという理由ではなく、ただ疲れただけ。人間をバッドで殴るという行為を抑止させたのは、倫理観ではなく疲労感でしかなかったのだ。
驚きと恐怖で目を丸くする高槻先輩。さっきまで意識を失っていたはずだが、いつの間にか目を覚ましていたらしい。
良かった。無事だったんだ。
ぼくは縄をほどこうとせず、持っていたバッドを放り投げると、鞄の中身を広げた。
その時になってなぜか気付いたことがある。
高槻先輩はバレー部に属しているとクラスメイトが言っていたのを聞いて、実際そう思い込んでいたが、それは根底から間違っていた。
そもそも、高槻先輩が部活に打ち込む姿を見たことはない。だから、クラスメイトの言葉をぼくは間違って受け取っていたのだ。彼女が所属していた部活はバレー部ではなく"バレエ"部だったのだ。
高校にバレエを練習するための部が存在するなど、想像もしていなかったため、バレエという音だけを聞いて、バレーと勝手に頭の中で置き換えてしまったのである。
だが、ぼくの通う高校は課外活動に力を入れていて、もっと変わった同好会やサークルも存在している。ミステリーサークルなどが認められているのなら、クラシックバレエが認められない道理はない。
ぼくはそして、鞄の中身を取り出した。
「なによ、それ?」
高槻先輩の疑問はすぐに、つんざくような悲鳴に変わった。
「な、なんなのよそれ。ねえ、偽物よね、まさか、そんな―――――― 人の足なんて!」
言葉を無視して、ぼくは考えていた。高槻先輩と初めて会った日のことを。彼女とぼくが初めて会ったのは、放課後の校舎裏ではなくバレエのコンクール会場だった。
当時、ぼくは下見のためにコンクールを見に行っていたのだ。良い材料を探すための、下見。
「ちょっと、なにか言ってよ!」
不安にかられたのか、高槻先輩は声を荒げてそう言った。
「なにかって言われても、先輩が見てるものが全てですよ」
「だってそれ人の足だよ? おかしいよ。そんなの持ってるなんて。まるで、まるで、人殺しじゃないっ!」
ぼくは答えなかった。彼女に嘘はつきたくなかったからだ。
「先輩、見てよこの足。キレイだろう? バレエのコンクールで見つけたんだ。あのコンクールで最優秀賞をとった女の子、キレイな足だったんだ。だけど先輩は本当に残念だったよね。最優秀賞逃しちゃって。ああ、でも、高槻先輩の方がずっとキレイだったよ。だから、コンクールの会場ですれ違った時に言ったよね。ファンになりましたって。先輩、その言葉を覚えていたから、ぼくに興味を持ったんでしょう?」
ぼくは笑いが込み上げてくるのを抑えられなかった。
小さい頃から、父親に厳しくされて育ったぼくは、休日も勉強ばかりしていて友達もできず、結果的に姉とばかり遊んでいた。
当時女の子の間で流行っていたのは、人形の顔や体を付け替えて、自分だけのポーズやファッションを人形にさせる、というものだった。ぼくも姉と一緒になって、よく遊んでいたっけ。
「なに、やってるの……?」
高槻先輩は震える声でそう言った。
「なにって、今からこの細くてキレイな足が、先輩のものになるんだ」
ぼくはそして、バットと一緒に鞄の中に仕込んでおいたノコギリを取り出した。ホームセンターなどで普通に手に入る一般的な刃。その先には、黒ずんだ血のあとが残っている。
「大丈夫。ちゃんとキレイにくっつけてあげるから。知ってるでしょ? ぼく、中学時代は家庭科部だったんだ。裁縫は得意なんだよ」
そう言って、身動きの取れない高槻先輩の太腿あたりに、油性のマジックで点線を入れてゆく。その点線にノコギリの刃を当てると、ああ、とぼくは手を打った。
「口、塞いでおかないと」
近くに落ちていたタオルを丸め、先輩の口に無理やり詰め込んだ。
「裁縫は得意だけど、切るのはね。まだ慣れないんだ。なんと言ってもまだ二度目だからさ」
彼女は息苦しさからか、それとも迫りくる恐怖におののいているのか、大きく体を振った。だがどちらにしても、ぼくの手を止める材料にはならなかった。
「わくわくするな。昔みたいにお人形さん遊びができる」
人形になるのは先輩だけど、という言葉は、彼女の耳には届いていないようだった。恐怖とパニックで、それどころではないのかもしれない。タオルで塞いだ口からはひどく怯えた様子の、鳴き声と罵るような言葉が聞こえてくる。
「や、いや! 放して、放してよ、このっ、放せ、人殺しっ!」
口汚い言葉を聞いていると、悲しい気持ちになって、ぼくは溜息をもらす。
「なんだよぉ、放せって。ぼくのことが好きだって言ってたじゃないか。ぼくだって好きなんだよ、先輩のことが。だから、誰にも渡さない」
ぼくは今度こそ、太腿にノコギリの刃を当てると、力いっぱいその手を動かした。泣きわめく声がうるさくて、部屋にあったタオルをもっと喉の奥まで乱暴に突っ込む。
「だけど先輩は嘘つきだなぁ。好きだって言ったくせに、今解放したら逃げ出すだろう? そんなのショックだなぁ。あ、そういえばヨーロッパにこんなことわざがあるそうだよ」
〝嘘に足はない〟
「どういう意味なんだろうね。嘘つきに足はいらないってことかな?」
ポケットの中でずーっと携帯電話が鳴り続けていた。だけど、今は手が離せない。前回使ってからまったく手入れしてなかったノコギリは切れ味が悪くなっていて、しかも暴れまわる高槻先輩の所為もあって上手く足を切り落とせない。ようやく足を一本切り落としたときには、汗だくになっていた。
その間もまだ、バイブがポケットを震わせている。
相変わらずしつこい。どうせまた、いまどこで何をしているのか確認するための電話だろう。本当に心配性で鬱陶しい。
これまでだって上手くやってきたんだ。ぼくが失敗するはずなんてない。
気が付くと床は血に染まり、切ろうとした足は上手く外れないまま疲労感がピークに達してしまった。
「なんかもう飽きてきたな」
ぼくはポケットに手を突っ込むと、ディスプレイに映る名前を確かめてみた。
「やっぱり」
着信は二〇件以上で、現在も増え続けている。
再びかかってきた電話の画面に映し出されているのは、姉の文字。ぼくの愚姉〝更科沙良〟からの電話であった。
「もしもし、お姉ちゃん? ぼく、疲れちゃった。また、いつもみたいに処理手伝ってよ。え、ふざけるなって? いいの、そんなこと言って? 弟が異常な犯罪者だって知られて困るのはお姉ちゃんだよ。もう今さら引き返せない。お姉ちゃんだってぼくの共犯者なんだ。動物殺しをしていたのはぼくだけど、その処理をしてきたのはお姉ちゃんだ。これまでだって、そうしてバレずにやってこられたんだから、今回だって大丈夫だよ。場所はメールで送るから、今すぐ来てね。待ってるから」
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