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番外編
もう1つの『クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル』①
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イヤホンから流れるビートに足でリズムを取っていると、隣に座っていたオヤジが、見るからに不愉快そうに眉をしかめていた。それに気づいた俺は、足でリズムを取るのをやめて、大人しく窓の外を眺めることにした。
バスの窓から見える景色は、俺が住んでいた地元とは大違いだ。
隣立するビル群と、薄汚れた街並み。ネットで騒がれている街、マッドシティに俺はいるのだと思うと、不思議な気分になる。
この街について書かれた記事をあらかた確認したけど、正直、眉唾な内容ばかりだった。代表的なものに、ストリートジャーナルがある。
真っ赤な髪の喧嘩屋とか、覆面をしたグラフィティライターなんて、そんなの本当にいるのかよって感じ。
それでも、そんな都市伝説みたいな話は田舎にはない。退屈な田舎をどうしても出たかった俺が、片っ端から受験して唯一受かったのが、滑り止めのために受けた私立高校。バカ校ではないが、決して進学校というわけでもないその高校の校舎が、バスの窓から見えてきた。没個性の象徴みたいな制服に身を包んだ列に俺も並びながら、バスを降りる。
四月を迎え、群馬のクソ田舎から高校進学のために出てきたのが三ヶ月前の話。この街に住む若者はどれだけ刺激的なんだろうって期待して上京した俺の期待は、最初の一ヶ月で崩れ去った。
結局、この街でもなにも変わらなかった。
クソみたいな毎日と、クソみたいなクラスメイト。俺が待ち望んでいた、刺激的な日常はそこになかった。
教室でイヤホンを耳から外さねぇのは、俺が根暗だからってだけじゃなくてお前らがクソみたいな絡みかたしかしてこないからだ。
本当にくだらねぇ毎日。
クラスメイトが、根暗の田舎もんの俺の方を見てヒソヒソ、ケタケタ笑っていることに気づいていないわけじゃない。ただ、面倒くさいから気づかねぇフリをしているだけだ。
だけど、そんな連中の中で一人だけ、偏見も差別もなくこんな根暗な俺に接してくれた人がいた。その娘が間久辺絵里加という名前らしいことは調べられたが、同じクラスメイトで、クラス委員長という以外の情報は知らない。
休み時間、机にスマホを置いて、画面を操りながらいつものように曲を変えていると、画面が暗くなるのを感じ、それが人の影であることに気づいて顔を上げた。
そこには、クラスメイトだろう男子生徒が立っていた。
「いま聞いてるのってラッパーの『サンクチュアリ』?」
男子生徒の言葉に俺は眉をひそめた。彼の言うことが間違っていたわけではない。むしろ、なぜ知っているのか、という思いで顔を歪めたのだ。
なにせその曲は、今時の若者が聞くようなアイドルグループや、大所帯のどこぞのトライブなんかが口にする曲ではない。アンダーグラウンドで活躍するラッパーの曲だからだ。
「清田正彦君だよな?」
彼は俺の名前を知っているようだ。
だが、こっちは相手のことをまるで知らない。
「ごめん、そっちは、えっと・・・」
と、知らないことを濁すように言うと、少し呆れた様子で、
「浜岡康太だよ。入学して三ヶ月も経つんだからクラスメイトくらい覚えろ」
と言った。
適当に謝る俺を見て、ため息混じりに、浜岡は続ける。
「清田ってラップ好きなんだな。『サンクチュアリ』聴いてるってことは、間違いないよな?」
なにが間違いないっていうんだ。サンクチュアリってグループの曲は最近聞くようになっただけだ。
「他にはどんなの聞くんだ?」
そう言って浜岡は無遠慮に俺のスマホに手を伸ばした。俺は思わず体で防ぎながら、「やめろっ」と声を若干荒げた。
その姿を見た浜岡は、
「・・・わ、わりぃ。でも、他にどんなの聞くのか知りたかっただけなんだぜ。悪気はねぇよ」
変な空気になり、一瞬沈黙が訪れる。だがすぐに、浜岡は気を取り直して言った。
「そんで、清田はどんなの聞くんだ?」
どんなの、と聞かれても正直困る。サンクチュアリの曲の前後共に、バッキバキのアニソンだなんて言える訳がない。
そう。俺は根っからのオタクだ。クソ田舎で得られる娯楽は少なく、ネットサーフィンを繰り返し、動画サイトを見る時間が増えてくると、自然とサブカルコンテンツにはまっていた。女の子が歌って踊るアニメにどハマりして、俺のスマホのミュージックの容量の九分九厘を占めてしまっていることはここでは隠し通したほうがいいだろう。
「ちなみに俺は、ヒップホップならインディーズもメジャーも問わず聞くぜ」
聞いてもいないことをベラベラと話す浜岡に、今回ばかりは助かったと感じた。いらん追求を受けてオタバレしなくてすみそうだ。だけど本来、こういう自分語りの多いやつは得意じゃないんだ。だから俺は、浜岡の自慢げな話に生返事をしていた。だが、次に浜岡が言った言葉に強い興味を抱く。
「サイファーって知ってっか?」
「あるのかっ、この街に!?」
「お、おお。あるぜ、もちろん」
なに急に熱くなってんだ?
浜岡の目はそう訴えていたが、俺のテンションが上がってしまうのも仕方のないことだ。
サイファー。それはラッパーたちが集まり、持ち寄ったビートでフリースタイルのラップーーーつまり即興のラップをすることを指す。その内容は多岐に渡り、それこそ昨日の夕飯から彼女の愚痴など、なんでもビートに乗せてラップにする。最近の歌って踊るアニメはフリースタイルラップもするから、それで知ったんだけど、動画サイトで実際にラッパーたちがフリースタイルをしているのを見て、俺は度肝抜かれたのだ。そのエンターテイメント性は、スポーツをみているようですらある。
「そんなに興味あんなら行ってみるか? サイファーに」
浜岡の申し出に、俺は二つ返事で行くと答えた。
放課後になり、浜岡に連れられてやってきたのは駅だった。駅ロータリーは買い物中のカップルや、放課後を有意義に過ごすリア充どもであふれている。こんなところにサイファーがあるとは思えない。
しかしながら、駅の西口側から東口側に一歩足を踏み入れると、その様相はガラリと変わる。多くの若者が行き交い、その多くは柄の悪い風体をしている。ここに足を踏み入れるのは二度目だが、まるで不良漫画の世界に入り込んだような気分に、恐怖心と同じくらい高揚感を覚える。誰だって、男だったら一度は不良ってものに憧れるものだ。
浜岡から案内されている道中、見覚えのある店の看板が目に飛び込んでくる。
『Master Peace』
この場所は以前東口に足を踏み入れた際、一度来たことがある。入学してすぐの頃の話だ。駅ロータリーでクラスメイト、間久辺さんの姿を見かけたときのことだ。彼女の姿を目で追っていると、駅東口側に歩いて行ったのだ。田舎から出てきたばかりの俺でも、マッドシティが駅の東口側と西口側で治安が大きく異なることを知っていた。だから、彼女の後をつけたのだ。もちろんやましい気持ちなんてない。彼女の秘密を俺だけが知りたいとか、そんな不純な理由ではなく、あくまで危険がないかを見守るためーーーベラベラと言い訳すると余計怪しいから、この辺にしておこう。
そういえば、口ばかり達者なのは実家が寺の所為だって坊主の親父に言ったら殴られたっけな。
家のことを思い出し一瞬ノスタルジックな気分になったが、いまは関係ない。
そして、彼女の後を追い、辿り着いた場所がここ、『Master Peace』だった。
ゆっくりと中に入ってみると、そこは雑貨屋というにはあまりにも偏ってるというか、そこはヒップホップ用品の専門店のようだった。
なにを隠そう、俺がヒップホップを聞くようになったのもこの店の影響。というか、間久辺さんの影響と言える。彼女がこの場所に向かう足取りは迷いがなかった。このヒップホップ専門店に通い慣れている証拠。つまり、彼女はヒップホップが好きなのだろう。だから俺も、普段なら絶対に聞くことのない音楽を聞いてみようと思った。そうすれば、少しでも彼女に近づけるような気がして。
「ーーーどうした、清田」
浜岡の声に、俺はハッとして我に返った。『Master Peace』の前で立ち止まっていた俺は、再び歩き出す。
目的地は割と近かった。詳しくは言えないが、歩行者専用の狭いトンネル。昼間だというのに薄暗いそこは、僅かに差し込む太陽の光だけが光源として手助けしていた。
本当にこんな場所で?
その疑問は、トンネルの先から聴こえてくる音楽と、それに合わせるように聞こえてきたラップによって、間違いないことが裏打ちされた。
「こんちーす」
高田が間の抜けた挨拶をすると、ラップする声は止み、少し遅れてビートも止まる。
「おう、浜岡か。ずいぶん早いじゃねぇか。もうチケットは捌けたのか?」
「頑張ってはいるんすけど、もうちょいかかりそうっす。それより、今日はサイファーに興味あるってヤツ連れてきたんすけど」
浜岡の言葉に、その場にいた全員の視線が俺に向く。目が慣れたことで、そこに俺と浜岡を除いて四人居ることがわかった。
「そうか」
短髪髭面の男が、そう言って俺を一瞥する。一瞬見定めるように鋭い目になったが、すぐに相貌を崩し笑顔になった。
「ヒップホップに興味あるやつは大歓迎だぜ」
それから、短髪髭面の男は親切に様々なことを教えてくれた。ヒップホップの歴史とラップの成り立ち。そして、フリースタイルのこと。
「いいか。フリースタイルは熱量が重要だ。小手先の技術で韻に縛られたところで支持は得られない」
男は色々なことを教えてくれる。だが、話を聞いてて真っ先に思ったのは、なんか学校の部活の上下関係みたいだな、ということ。小手先の技術とバカにするが、そもそも韻を踏むからこそのラップではないのだろうかと、俺みたいな素人は考えてしまう。
「フリースタイルは即興の美学。八小節か一六小節の中に、思いをありったけ詰め込むんだ」
短髪髭面の男は、感情論をひとしきり熱弁すると、俺の言うこと聞いていれば間違いない、だから今度やるライブに来いと言ってきた。
「え、ライブ、ですか?」
「そうだ。 さっきも言ったけど、俺の後ろついてきてれば間違いない。今度のライブで大手レーベルの人ともコネ作れる予定だし、そんな俺のライブのチケットはプレミア物だぜ」
俺は、雲行きが怪しくなったことを感じた。そういう不安に限って、いつも的中するものなのだ。
「一枚三〇〇〇円のチケット。それが運良く一〇枚だけ残ってる。このチケット、全部お前に譲ってやるよ。もちろん格安でな。浜岡のダチは俺のマイメンでもある。だから半額にしてやるよ」
待ってくれ。半額と言ってもら全部で一五〇〇〇円だ。
「そんなお金、払え、ないですよ」
「はぁ? バカだなお前。だから、そのチケットお前の知り合いに売ればいいんだよ。元値の三〇〇〇円で売りゃ倍のかせぎになるじゃねえかよ。小遣い稼ぎさせてやろうって親切心から言ってやってるんだぜ」
バカはどっちだ。こんなの、売れ残りを処分させられようとしているとしか思えない。こんなのごめんだ。そう思い、ここに連れてきた浜岡に助けを求めようと視線を送ると、目が合い、ニヤリと笑った。だがその笑みは、ひどく歪んで見えた。
「おい清田。お前田舎から出て一人暮らしなんだろ? 金大変だろうし、俺も助けてやるよ。俺の手元にも先輩のチケットが五枚ある。本当は知り合いに売るつもりで話通してたんだけど、清田に譲ることにするよ」
「は、はぁ?」
ふざけるな。そう言うよりも先に、浜岡が言葉を継いだ。
「もちろん、俺も半額で譲ってやるって。安心しろよ」
「あ、安心ってなんだよ。やだよ、俺はそんなチケットいらないっ。高く売るって、だいたい、誰かも知らない人のライブに三〇〇〇円も出す人いないだろう」
「あ?」
短髪髭面の男は、先程までとは打って変わって目を細め、威圧的な態度に変わる。
「お前、俺のライブに三〇〇〇円払う価値ねぇってのかよ?」
胸ぐらを掴まれ、そのままトンネルの壁に背中を強く押し付けられる。
「あんま舐めてっと、流石の俺も優しくはしてやれねぇんだわ。お前みたいなガキに舐められたとあっちゃあ、仲間に申し訳ねぇ」
親指を突き立て、後ろにいる三人を指してそう言った。
「だから、その体にわからせねぇといけないなぁ」
そうして、男は突然俺の腹部を容赦なく殴ってきた。かなりの衝撃に体はくの字に曲がり、足の力が抜けかけたが、男に胸ぐらを掴まれたままだったため、膝をつくことも許されない。
解放してもらうためには、
「わ、わかった。買うよ」
そう言うしかなかった。
財布の中身をほぼほぼ失ったぼくは、とぼとぼと街を歩く。浜岡は、
『今日のこと学校で言わない方がいいぞ。余計なこと言ったら、どうなるかわからないからな』
脅し文句とともに、浜岡のノルマ分のチケットを手渡され、代わりに財布の中身を奪われた。
去り際、route10は吐き捨てるように言った。
『ダッセェやつだなぁ』
と。
なんなんだよ、畜生!
あの男のライブに価値などあるはずがない。舐められたままではいられないというなら、実力を示すべきだったのだ。もちろん腕っ節ではなく、ラップのスキルで。それもしないで、俺の背中について来いなどとよく言えたものだ。
怒りや悔しさに紛れて忘れていたが、殴られた腹部が思い出したように痛くなる。
堪らず道の端でうずくまっていると、頭の上で声がした。
「 君、どうかした?」
顔を上げると、細身のレザーパンツに通した足が見え、そのまま視線を上げると、漆黒の出で立ちに似合いの黒髪をたたえた、美しい女性が立っていた。
大丈夫です。そう答えるべきだってわかっていたのに、ぼくの口をついたのは、
「あなたは?」
という言葉だった。それくらい、彼女は俺の興味を引いた。
彼女は細い指先で挟んだタバコを口元に持っていき、ひとしきり煙を吸い込むと、一拍置いて紫煙を吐き出し、そのついでというように名乗った。
ーーー与儀映子、と。
バスの窓から見える景色は、俺が住んでいた地元とは大違いだ。
隣立するビル群と、薄汚れた街並み。ネットで騒がれている街、マッドシティに俺はいるのだと思うと、不思議な気分になる。
この街について書かれた記事をあらかた確認したけど、正直、眉唾な内容ばかりだった。代表的なものに、ストリートジャーナルがある。
真っ赤な髪の喧嘩屋とか、覆面をしたグラフィティライターなんて、そんなの本当にいるのかよって感じ。
それでも、そんな都市伝説みたいな話は田舎にはない。退屈な田舎をどうしても出たかった俺が、片っ端から受験して唯一受かったのが、滑り止めのために受けた私立高校。バカ校ではないが、決して進学校というわけでもないその高校の校舎が、バスの窓から見えてきた。没個性の象徴みたいな制服に身を包んだ列に俺も並びながら、バスを降りる。
四月を迎え、群馬のクソ田舎から高校進学のために出てきたのが三ヶ月前の話。この街に住む若者はどれだけ刺激的なんだろうって期待して上京した俺の期待は、最初の一ヶ月で崩れ去った。
結局、この街でもなにも変わらなかった。
クソみたいな毎日と、クソみたいなクラスメイト。俺が待ち望んでいた、刺激的な日常はそこになかった。
教室でイヤホンを耳から外さねぇのは、俺が根暗だからってだけじゃなくてお前らがクソみたいな絡みかたしかしてこないからだ。
本当にくだらねぇ毎日。
クラスメイトが、根暗の田舎もんの俺の方を見てヒソヒソ、ケタケタ笑っていることに気づいていないわけじゃない。ただ、面倒くさいから気づかねぇフリをしているだけだ。
だけど、そんな連中の中で一人だけ、偏見も差別もなくこんな根暗な俺に接してくれた人がいた。その娘が間久辺絵里加という名前らしいことは調べられたが、同じクラスメイトで、クラス委員長という以外の情報は知らない。
休み時間、机にスマホを置いて、画面を操りながらいつものように曲を変えていると、画面が暗くなるのを感じ、それが人の影であることに気づいて顔を上げた。
そこには、クラスメイトだろう男子生徒が立っていた。
「いま聞いてるのってラッパーの『サンクチュアリ』?」
男子生徒の言葉に俺は眉をひそめた。彼の言うことが間違っていたわけではない。むしろ、なぜ知っているのか、という思いで顔を歪めたのだ。
なにせその曲は、今時の若者が聞くようなアイドルグループや、大所帯のどこぞのトライブなんかが口にする曲ではない。アンダーグラウンドで活躍するラッパーの曲だからだ。
「清田正彦君だよな?」
彼は俺の名前を知っているようだ。
だが、こっちは相手のことをまるで知らない。
「ごめん、そっちは、えっと・・・」
と、知らないことを濁すように言うと、少し呆れた様子で、
「浜岡康太だよ。入学して三ヶ月も経つんだからクラスメイトくらい覚えろ」
と言った。
適当に謝る俺を見て、ため息混じりに、浜岡は続ける。
「清田ってラップ好きなんだな。『サンクチュアリ』聴いてるってことは、間違いないよな?」
なにが間違いないっていうんだ。サンクチュアリってグループの曲は最近聞くようになっただけだ。
「他にはどんなの聞くんだ?」
そう言って浜岡は無遠慮に俺のスマホに手を伸ばした。俺は思わず体で防ぎながら、「やめろっ」と声を若干荒げた。
その姿を見た浜岡は、
「・・・わ、わりぃ。でも、他にどんなの聞くのか知りたかっただけなんだぜ。悪気はねぇよ」
変な空気になり、一瞬沈黙が訪れる。だがすぐに、浜岡は気を取り直して言った。
「そんで、清田はどんなの聞くんだ?」
どんなの、と聞かれても正直困る。サンクチュアリの曲の前後共に、バッキバキのアニソンだなんて言える訳がない。
そう。俺は根っからのオタクだ。クソ田舎で得られる娯楽は少なく、ネットサーフィンを繰り返し、動画サイトを見る時間が増えてくると、自然とサブカルコンテンツにはまっていた。女の子が歌って踊るアニメにどハマりして、俺のスマホのミュージックの容量の九分九厘を占めてしまっていることはここでは隠し通したほうがいいだろう。
「ちなみに俺は、ヒップホップならインディーズもメジャーも問わず聞くぜ」
聞いてもいないことをベラベラと話す浜岡に、今回ばかりは助かったと感じた。いらん追求を受けてオタバレしなくてすみそうだ。だけど本来、こういう自分語りの多いやつは得意じゃないんだ。だから俺は、浜岡の自慢げな話に生返事をしていた。だが、次に浜岡が言った言葉に強い興味を抱く。
「サイファーって知ってっか?」
「あるのかっ、この街に!?」
「お、おお。あるぜ、もちろん」
なに急に熱くなってんだ?
浜岡の目はそう訴えていたが、俺のテンションが上がってしまうのも仕方のないことだ。
サイファー。それはラッパーたちが集まり、持ち寄ったビートでフリースタイルのラップーーーつまり即興のラップをすることを指す。その内容は多岐に渡り、それこそ昨日の夕飯から彼女の愚痴など、なんでもビートに乗せてラップにする。最近の歌って踊るアニメはフリースタイルラップもするから、それで知ったんだけど、動画サイトで実際にラッパーたちがフリースタイルをしているのを見て、俺は度肝抜かれたのだ。そのエンターテイメント性は、スポーツをみているようですらある。
「そんなに興味あんなら行ってみるか? サイファーに」
浜岡の申し出に、俺は二つ返事で行くと答えた。
放課後になり、浜岡に連れられてやってきたのは駅だった。駅ロータリーは買い物中のカップルや、放課後を有意義に過ごすリア充どもであふれている。こんなところにサイファーがあるとは思えない。
しかしながら、駅の西口側から東口側に一歩足を踏み入れると、その様相はガラリと変わる。多くの若者が行き交い、その多くは柄の悪い風体をしている。ここに足を踏み入れるのは二度目だが、まるで不良漫画の世界に入り込んだような気分に、恐怖心と同じくらい高揚感を覚える。誰だって、男だったら一度は不良ってものに憧れるものだ。
浜岡から案内されている道中、見覚えのある店の看板が目に飛び込んでくる。
『Master Peace』
この場所は以前東口に足を踏み入れた際、一度来たことがある。入学してすぐの頃の話だ。駅ロータリーでクラスメイト、間久辺さんの姿を見かけたときのことだ。彼女の姿を目で追っていると、駅東口側に歩いて行ったのだ。田舎から出てきたばかりの俺でも、マッドシティが駅の東口側と西口側で治安が大きく異なることを知っていた。だから、彼女の後をつけたのだ。もちろんやましい気持ちなんてない。彼女の秘密を俺だけが知りたいとか、そんな不純な理由ではなく、あくまで危険がないかを見守るためーーーベラベラと言い訳すると余計怪しいから、この辺にしておこう。
そういえば、口ばかり達者なのは実家が寺の所為だって坊主の親父に言ったら殴られたっけな。
家のことを思い出し一瞬ノスタルジックな気分になったが、いまは関係ない。
そして、彼女の後を追い、辿り着いた場所がここ、『Master Peace』だった。
ゆっくりと中に入ってみると、そこは雑貨屋というにはあまりにも偏ってるというか、そこはヒップホップ用品の専門店のようだった。
なにを隠そう、俺がヒップホップを聞くようになったのもこの店の影響。というか、間久辺さんの影響と言える。彼女がこの場所に向かう足取りは迷いがなかった。このヒップホップ専門店に通い慣れている証拠。つまり、彼女はヒップホップが好きなのだろう。だから俺も、普段なら絶対に聞くことのない音楽を聞いてみようと思った。そうすれば、少しでも彼女に近づけるような気がして。
「ーーーどうした、清田」
浜岡の声に、俺はハッとして我に返った。『Master Peace』の前で立ち止まっていた俺は、再び歩き出す。
目的地は割と近かった。詳しくは言えないが、歩行者専用の狭いトンネル。昼間だというのに薄暗いそこは、僅かに差し込む太陽の光だけが光源として手助けしていた。
本当にこんな場所で?
その疑問は、トンネルの先から聴こえてくる音楽と、それに合わせるように聞こえてきたラップによって、間違いないことが裏打ちされた。
「こんちーす」
高田が間の抜けた挨拶をすると、ラップする声は止み、少し遅れてビートも止まる。
「おう、浜岡か。ずいぶん早いじゃねぇか。もうチケットは捌けたのか?」
「頑張ってはいるんすけど、もうちょいかかりそうっす。それより、今日はサイファーに興味あるってヤツ連れてきたんすけど」
浜岡の言葉に、その場にいた全員の視線が俺に向く。目が慣れたことで、そこに俺と浜岡を除いて四人居ることがわかった。
「そうか」
短髪髭面の男が、そう言って俺を一瞥する。一瞬見定めるように鋭い目になったが、すぐに相貌を崩し笑顔になった。
「ヒップホップに興味あるやつは大歓迎だぜ」
それから、短髪髭面の男は親切に様々なことを教えてくれた。ヒップホップの歴史とラップの成り立ち。そして、フリースタイルのこと。
「いいか。フリースタイルは熱量が重要だ。小手先の技術で韻に縛られたところで支持は得られない」
男は色々なことを教えてくれる。だが、話を聞いてて真っ先に思ったのは、なんか学校の部活の上下関係みたいだな、ということ。小手先の技術とバカにするが、そもそも韻を踏むからこそのラップではないのだろうかと、俺みたいな素人は考えてしまう。
「フリースタイルは即興の美学。八小節か一六小節の中に、思いをありったけ詰め込むんだ」
短髪髭面の男は、感情論をひとしきり熱弁すると、俺の言うこと聞いていれば間違いない、だから今度やるライブに来いと言ってきた。
「え、ライブ、ですか?」
「そうだ。 さっきも言ったけど、俺の後ろついてきてれば間違いない。今度のライブで大手レーベルの人ともコネ作れる予定だし、そんな俺のライブのチケットはプレミア物だぜ」
俺は、雲行きが怪しくなったことを感じた。そういう不安に限って、いつも的中するものなのだ。
「一枚三〇〇〇円のチケット。それが運良く一〇枚だけ残ってる。このチケット、全部お前に譲ってやるよ。もちろん格安でな。浜岡のダチは俺のマイメンでもある。だから半額にしてやるよ」
待ってくれ。半額と言ってもら全部で一五〇〇〇円だ。
「そんなお金、払え、ないですよ」
「はぁ? バカだなお前。だから、そのチケットお前の知り合いに売ればいいんだよ。元値の三〇〇〇円で売りゃ倍のかせぎになるじゃねえかよ。小遣い稼ぎさせてやろうって親切心から言ってやってるんだぜ」
バカはどっちだ。こんなの、売れ残りを処分させられようとしているとしか思えない。こんなのごめんだ。そう思い、ここに連れてきた浜岡に助けを求めようと視線を送ると、目が合い、ニヤリと笑った。だがその笑みは、ひどく歪んで見えた。
「おい清田。お前田舎から出て一人暮らしなんだろ? 金大変だろうし、俺も助けてやるよ。俺の手元にも先輩のチケットが五枚ある。本当は知り合いに売るつもりで話通してたんだけど、清田に譲ることにするよ」
「は、はぁ?」
ふざけるな。そう言うよりも先に、浜岡が言葉を継いだ。
「もちろん、俺も半額で譲ってやるって。安心しろよ」
「あ、安心ってなんだよ。やだよ、俺はそんなチケットいらないっ。高く売るって、だいたい、誰かも知らない人のライブに三〇〇〇円も出す人いないだろう」
「あ?」
短髪髭面の男は、先程までとは打って変わって目を細め、威圧的な態度に変わる。
「お前、俺のライブに三〇〇〇円払う価値ねぇってのかよ?」
胸ぐらを掴まれ、そのままトンネルの壁に背中を強く押し付けられる。
「あんま舐めてっと、流石の俺も優しくはしてやれねぇんだわ。お前みたいなガキに舐められたとあっちゃあ、仲間に申し訳ねぇ」
親指を突き立て、後ろにいる三人を指してそう言った。
「だから、その体にわからせねぇといけないなぁ」
そうして、男は突然俺の腹部を容赦なく殴ってきた。かなりの衝撃に体はくの字に曲がり、足の力が抜けかけたが、男に胸ぐらを掴まれたままだったため、膝をつくことも許されない。
解放してもらうためには、
「わ、わかった。買うよ」
そう言うしかなかった。
財布の中身をほぼほぼ失ったぼくは、とぼとぼと街を歩く。浜岡は、
『今日のこと学校で言わない方がいいぞ。余計なこと言ったら、どうなるかわからないからな』
脅し文句とともに、浜岡のノルマ分のチケットを手渡され、代わりに財布の中身を奪われた。
去り際、route10は吐き捨てるように言った。
『ダッセェやつだなぁ』
と。
なんなんだよ、畜生!
あの男のライブに価値などあるはずがない。舐められたままではいられないというなら、実力を示すべきだったのだ。もちろん腕っ節ではなく、ラップのスキルで。それもしないで、俺の背中について来いなどとよく言えたものだ。
怒りや悔しさに紛れて忘れていたが、殴られた腹部が思い出したように痛くなる。
堪らず道の端でうずくまっていると、頭の上で声がした。
「 君、どうかした?」
顔を上げると、細身のレザーパンツに通した足が見え、そのまま視線を上げると、漆黒の出で立ちに似合いの黒髪をたたえた、美しい女性が立っていた。
大丈夫です。そう答えるべきだってわかっていたのに、ぼくの口をついたのは、
「あなたは?」
という言葉だった。それくらい、彼女は俺の興味を引いた。
彼女は細い指先で挟んだタバコを口元に持っていき、ひとしきり煙を吸い込むと、一拍置いて紫煙を吐き出し、そのついでというように名乗った。
ーーー与儀映子、と。
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