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色欲も良いことばかりでは無い

《十五之罪》腹の虫は呪いではない

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自分の知らない自分の弱みを他人から教えられる...どれほど屈辱的なのだろう。
自分が呪われていると知ったエーシュは、悲壮感に満ちた顔をするが、なんとか泣かずに留まっているようだ。

「治す方法は...ありますか...?」
「ない。呪われた身体は、死ぬまで呪われたままだ...。」

...。

黙ってしまった。


彼女に掛かった呪いは、一言で言えば
『周囲の視線を集める』と言ったところだ。
詳しく言えば見る人によって過程は異なるがそれは必ず、彼女を見る、という結果に繋がるのだ。
例えばで言うならあの男達は、賭けに負けたむしゃくしゃを晴らそうと考えていた所に、エーシュを発見してしまった。
すると呪いによって彼の中で、『あの女を殴って晴らそう』という結論になったのだろう。
結果として、エーシュは彼らの憂さ晴らしの対象にされたのだ。

更にこの呪いの嫌なところは、彼女を見る周囲の人全ての人が、操られている訳ではない、というところだ。

操られている訳でも無く、魔力や何かに魅られている訳でもない。
故に、周囲の人たちは何の疑問も、対策も、出来ないのだ。
更に付け加えるならば、この呪いに気付いた人は、彼女をどういう目で見れば良いのかが分からなくなる事が辛い。
呪いに気付けたとしても対策が出来ない。つまり、自分の真実の目か、呪いによる偽りの目、どちらで彼女を見ているのか、自覚が無くなるのだ。


幸いな事に、死ぬような呪いでは無いし、傍から見たら気にしなければいい、ただそれだけの呪いでもある。
だが、常に誰かに見られているというのは、結構キツイものがある。

「あー、落ち込む気持ちも分かるが、今更落ち込むことも無いぞ?今日の大通りを忘れたか?」

そう、この呪いは嬉しい事に魔法的に対策がとれたのである。
そこから分かったのは呪いの発動条件。
詰まるところ、エーシュが、人に見えているのが問題なのだ。

これは秘密なのだが、大通りでの迷彩ミラージュは、はっきり言って自信が無かった。
もし失敗したら、『私の腕とエーシュが光ってるから、みんな気になってるだけ』などと言う馬鹿げた言い訳をするつもりだったのだが...。

ところが綺麗なまでに成功。
認識齟齬さえすれば、呪いは周囲に影響を与えない。
もっとも、迷彩ミラージュをかけた本人である私には呪いの効果があるようだが...。


「まぁ、要するに、だ。エーシュ、君は私たちと行動を共にするべき、だと思う。」

「えっ...」

エーシュが言葉を詰まらせる。
まぁ、予想通りの反応だ。

「生憎豊かな生活は保証出来ないが、君の命と自由な生活だけは保証しよう。」
「で、でも...。」
「いいよ、まだ答えはいい。けどまぁ、取り敢えず選抜戦が終わる頃くらいには、いい返事を期待してるからな?」

「......ん...。」

そう、今はその相槌だけでいい。

「さて、私は明日の本番の為に今から寝るよ。君も、早い内にな...。」
「は、はい...。」

時間はもう夕刻だ。今から寝たとしてもおかしくは無いだろう。
そう言えば昨日、一昨日から何も食べていない。
寝ようとしたところで私の腹の虫が鳴り、それを思い出す。


と、丁度その時、私のお腹ではないところからも小さく、音が聞こえた。

まさか、と思い、エーシュの方を見る。
エーシュは視線に気付くと、頬を少し赤く染めて俯いてしまった。

「なんか、食べに行くか?」
「...。」

彼女は俯いたまま小さく頷く。

私は起き上がると、エーシュを連れて宿を出たのだった...。


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