わたしとあなたの夏。

ハコニワ

文字の大きさ
42 / 57
二 名取美優

第41話 最後の言葉

しおりを挟む
 おばあちゃんの目が覚めた。私たちは歓喜の声をあげるも、同時に苦しい気持ちがどっとあふれる。
「おばあちゃん……」
 そう呼ぶと、静かに目があった。握ってる手に力が入った。
 おばあちゃんにあのノートについて聞きたいこと、色々あったのに、今はもう片隅にも置いていない。おばあちゃんは無言で私の目を見つめてきた。なにを語っているのか、なにを語ろうとしているのか、その目は、大きく悟ったような目だったので、私は深呼吸して言いました。
「ごめんなさい。勝手に見ちゃいました」
 そう言うと、ゆっくりと頭を頷いた。子どものいたずらに許したような。
 カテーテルに繋がれたまま、何かを語ろうとしているおばあちゃん。無理に外そうともがいている。両親が慌てて、おばあちゃんの腕をベッドに抑えつけて、静止するも、水中で溺れる虫のようにジタバタする。
 ベッドが大きく軋み、刺さっていたコードが外れ、心電図モニターの音が大きく警告音を鳴らした。
「おばあちゃんっ!!」
 私は一層、手を握りしめた。こんな別れかた絶対いやだよ。まだ話したいことあるのに、おばあちゃん死なないで。

 やっと落ち着きはじめたのは病院に来てから、一時間が過ぎたことでした。外れたコードとは再び看護師さんに、体に刺さっている。落ち着いたおばあちゃんは、ベッドに深く横になり、静かにしている。まるで、今にでも息絶えそうな雰囲気だ。
 おばあちゃんはジッと微動だにせず、天井を見上げている。そこに、誰かがいるようにただ、ジッと見つめている。私はおばあちゃんの視界になるべく入った。
「おばあちゃん、気分はどう?」
 うんともすんとも返事してくれない。天井を見上げたまま。本当にそこに誰かがいるみたいだ。
 私は少しショックを抱き、口を閉じた。病室を出ていった両親はそこの廊下でコソコソ話しをしている。病院が静かだからか、私の耳がおかしいからか、その話し声ははっきりと聞こえた。
 お母さんは遺品や知人の連絡、お父さんは葬式にかかる費用の話し、二人とも、おばあちゃんが助かるよりも死ぬ前提で話している。なんだか、悲しくて涙がこみ上げてきた。
 すると、なにかに見つめられてる視線を感じた。顔を向けると、おばあちゃんが私の顔を見つめていた。穏やかで優しい目で。
「大切なもの、見つけられた?」
 呼吸器をつけたまま、問いかける。私は首を傾げた。
「大切な、もの?」
 おばあちゃんがコクリと小さく頷く。ノートをパラパラめくっていくと、たしか、後半にあたるにつれ、そのキーワードが多く書かれていたようなきがする。どのページだったか、うろ覚えだけど、おばあちゃんの大切なものの答えがかかいたページがあった。

 返事に困っていると、いきなり、心電図モニターがさっきみたいに、大きく警告音が鳴った。さっきはおばあちゃんが暴れたから鳴ったモニターが、本当に命の危機として私たちを知らせたようだ。
 外にいた両親が慌てて駆けつける。病院の先生方も看護師も、バタバタと音を出して、廊下から病室にやってきた。


 おばあちゃんは暴れることなく、終始笑顔でいてくれた。これから、死ぬ人の顔ではなく、ひだまりのような笑顔。
 おばあちゃんはその笑顔を向けて、私たちをあとにしました。最後の言葉は呼吸器に繋がってても、はっきりと、いつまでも耳に残る声量で呟いたのです。

「わたしもよ……礼子」

と。母の名を最後に口にして、旅立ていきました。

 その夜は眠ることさえも許されず、大変でした。おばあちゃんの死を教えるため祖父母の知人、村の住民一斉に電話をかけ、告別式を設ける場所の予約。帰って遺品の整理。なにからなにまで、大変でした。

 両親は私を自宅に帰して病院に残りました。おばあちゃんがいない大きな家で、私は一夜を過ごしました。

 この家は、祖父母が若いころ、おばあちゃんのお腹には既にお母さんを身篭ってて、生まれてくる子どものため、建築したそうだ。たまたま、隣家が大工職人三十年のベテランおじさんがいたそうで、その人がなにからなにまで建てたそうだ。

 おばあちゃんにとってもお母さんにとっても、かけがえのないこのお家で、私は一人遺品整理をしていた。おばあちゃんの愛用している例のタンスからは、昔の写真がどっさり。

 葬式で飾られる、写真についても任されたのでアルバムの中にある一枚を引き抜いた。
 本当にざっくり決めたので、これで良いのかよく分からないが、私はおばあちゃんの笑っている顔が好きだ。だから、笑っている写真を選んだ。

 アルバムを何冊かめくって、祖父母、お母さんの幼い写真を見て昔はこうだったんだ、と思いに浸走る。
 すると、一枚の写真を見つけた。まだカラーにもなっていないモノクロ写真。これは、誰だろうか。校舎の壁を背景に、その学校の生徒が集合してカメラ目線で立っている。

 人数は生徒五人。教師は一人。眼鏡をかけた教師らしい男性が真ん中で堅物そうに立っている。その人物の左右には生徒が緊張ぎみでぎこちない笑顔でいる。

 この写真はおばあちゃんの幼少の写真だろうか。それも、私と同じぐらいの年頃。いつ撮ったのか年月をみてみると、驚いた。表示されていた月日は一九六〇年、四月の二日。事件の三ヶ月前の写真だ。

 これはきっと新学期ということで撮ったのだろう。
 誰がおばあちゃんなのか分からないが、一人だけ認識できる人物を見つける。ツンツンと尖った髪の毛に、ぎこちなく笑う口内から八重歯が薄っすら見える男の子、この人はつーちゃんのおじさん、田村洋介さんだ。

 その隣に女の子。腕組みをして、こちらを睨んでいる。フリルがついた洋服を見にまとっている。これはたぶん、矢田亜希子さんか。ノートの冒頭で矢田亜希子さんの人物像が書かれていた、外見が一致する。この時代でもいそうな生意気そうな顔だ。

 写真を引き抜いて、ペラと後ろをめくった。そこには文字が書かれていた。鉛筆で。薄れてて、よく見えない。
 左から『神○礼子 暁景○ 田村洋○ ○田亜○子 大倉○○』
 私は後ろをめくってはモノクロ写真の顔を交互に見合わせた。一人だけ、カメラに向かって明るくピースサインをしている女の子がおばあちゃんだということに衝撃を受けた。


§§


「生きて。精いっぱい生きてそして苦しみなさい。それがこの村で生き残ったあなたたちの枷なのだから」
 トンと肩を叩かれと同時に腕が離れた。静かにスローモーションで礼子は頭から落ちていく。落ちる間際礼子は笑った。

「――大好きよ。麻耶」

 暫くしてズドンと重たいものが無造作に落ちた音が響いた。

「わたしもよ……礼子」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...