ワルプルギスの夜にて。

ハコニワ

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ワルプルギスの夜 Ⅲ

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 写っていたのは驚くべきものだった。

 私が何度も否定していた真実。それがはっきりと写っていた。

 服の裾からなんと、カッターナイフを握っている。カチカチと歯を回し、これ以上長くできないほど回している。

 何をしているの……?

 暗い室内の中、音声は聞こえない記憶のシャボン玉でリプロの息遣いが聞こえてくる。

 カッターナイフの刃を首に当てている。まさか……そんな。

 牙のような鋭い刃が小さな首もとに。

 数分後、飛び出す赤い血と乱れるリプロの長い髪の毛。

 汗粒のように床を垂らす赤い血。

 それからプツリと切れたようにシャボン玉が割れた。

 円卓は静寂に包まった。疑念が渦巻いていた黒い渦はどこにもない。誰もなにも喋らない。真実がこんな果てだったなんて、誰もが呆気と虚しさに胸を痛める。

「はぁぁぁ! やっと終わった!! もうすぐ日の出上がるし、帰るか」

 ビギニングがこの状況下で潔く立ち上がった。晴々とした愉快な顔で円卓の場から離れようとする。

「待って」

 私はビギニングを止めた。

 ビギニングは顔を一瞬歪めるが、捨てられた子犬を発見したような憐れみの眼差しを向けた。

「おいおい、何だよ。もう終わったろ? この中に犯人はいない。全ては再生の魔女たった一人の企てたことなのさ」

 手のひらを天に向かせ、参った、というポーズをする。

「私があなたを止めたのはそれだけじゃない」

 残虐の魔女、クルーアルが真実が分かった刑事のようにビギニングに問い詰める。

「再生の魔女は死ぬ前、トイレに駆け寄っていた。けど、用も足さないで走り去ってしまった。これ分かる? 始まりの魔女、誕生の魔女」

 バースデーが影のように面持ちが暗くなっていく。

「聞いたのね。あの話しを」

「何を会話していた! 死に追い込むほど何を話していた!」

 猛獣のようにくらいつく私を抑えこむ、パワー。

 その姿を見て、バースデーは悲しい目をして口を開いた。

「東の魔女の話しよ」

 途端、眠っていたトゥルースが起き、冷酷で冷たい瞳したクルーアルの瞳孔が開き、押さえつけていたパワーの力が弱まった。

 東の魔女。【生体の魔女】として一五〇年、ずっと一人で東を占めていた上級者の中の上級魔女。

 今宵のワルプルギスの夜には参加していない。

 東の魔女はよく知っている。恐らく、ここにいる全員お世話になったお方だろう。

 そう、私もリプロも。魔女として見習いしていたとき、お菓子をくれたりとか覚えている。

 東の貿易は確か、南西にとって友好的な関係。

「やっぱり、本当だったんだ。東が絶滅するって」

 パワーが遠い声で言う。

 そう、東も今、貧困や戦争で荒れている。何年も戦火の炎が続いているという噂を耳にしている。

 けど、絶滅なんて。でも、その話しとリプロの死がどう繋がってるのか……。

 ハッとした。リプロの考えていたことが分かった。

 リプロは友好的な関係を保ってくれる東が、絶滅するのが怖くって死んだんじゃない。最も優しい東の魔女が苦しんでいることを自分を使って分からせたんだ。

 この円卓にいるそれぞれの方角を占める魔女たちに。

 争いでしか共闘しない魔女たち。東や南西が危機でも知らんぷりする魔女。それをやめて、生き抜くために共に協力しましょう、とリプロは激しく言ってたんだ。

 実際、リプロが死んで初めて平和な話し合いをしている。戦争でしか対面しない私たちがこんなにも話し合ったのは初めてだ。

 日の出があがった。

 窓の隙間から温かい陽光が手を差し伸べる。

 こうして、長かったワルプルギスの夜は終わった。

 リプロの死後、魔女界で初のルールが誕生した。三つの言の葉。

〝争いは話し合いで解決せよ〟

〝困っていたら助け合う〟

〝心優しき魔女に〟

 三つの言の葉を作った誕生の魔女には感謝しなければならない。全て、彼女が作った言の葉だから。

 でもあの夜のあと、私に何度も謝った。三つのルールは彼女を死なせた元区の罪滅ぼし、とね。

 このルールが結束し、東は徐々に回復していった。

 食べ物なら、始まりの魔女が。舟なら真実の魔女が。天候なら力の魔女が。それぞれ本当に結束し合うようになった。

 そして、それから数週間後新たな上級魔女が生まれる。

 私はこの子にとって先輩魔女になるだろう。

「初めまして! 新しく南西を占めるリバースです【再生の魔女】として生まれました!」

 真珠のように目を輝かせ、彼女はそう笑った。
                                                            ―完―

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