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二章 侵略者と訪問者 

第24話 いつも

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 相原家では、宇宙人四匹がそろっていた。学校も休日だし、今日一日は宇宙人たちの侵略話を付き合うことになる。毎回のように繰り広げてる話。頭の中では確実に侵略できているのに、いざ実行すると、どこか失敗して侵略できていない。

 宇宙人が増えて、家にいた先住犬たちが怯えて俺の部屋に訪れない。それを察してか、宇宙人たちは俺の部屋でくつろいでいる。
 どこから掻っ攫ってきたのか、スナック菓子を広げて、食べながら喋っている。
「アイドルに、政治家、あとは何するの?」
 コスモが訊いた。
 口の周りにはお菓子のクズがついている。スターがタオルを手にしてそれを拭く。
「どっちもやってみて、結局は変わらなかったね」
 コスモの口周りを拭いたタオルを折り曲げ、ポケットにいれた。
「労力ばかりかけて、結局何も残らないし、成果は未だゼロに等しいわね」
 ダスクもスナック菓子をひと粒食べた。口の中でサクという。

 部屋の中でスナック菓子を食べて胡座をかき、ダラダラしている。最初の頃の、『先輩らしくかっこよくみせる』という目標は、どこへやら。今やそんな姿もなく、元がでている。コスモの言うとおり、素がだらけているから元がでる。

 オービットがだらけている先輩の姿を見て、口元を引きつかせたのは言うまでもない。

「アイドルも政治家もやったし、あとはもうどうでもいい」
 コスモが顎を机に乗せて、だらりと体を猫のように伸びた。他人任せな口癖。コスモだけじゃない。スターもだ。
「そうね。正直言ってやりきった思っている。疲れたし」
 スターも机に頬杖ついた。

 宇宙人たちは今日も、侵略策戦を練っている。けど、連続続いた活動に体力がなくなっている。ダスクの言うとおり、成果はゼロに等しい。『記憶を操作』しているからだ。アイドルや政治家に入ったら、結局はこうなる。何をしても無駄だ。諦めかけて部屋の中に流れる空気は、いつもより暗くてため息ばかり。いつもじゃないいつも。

 部屋の中が葬式ムードなので、俺は堪らず、前やってたすごろくゲームをしたらと提案。すると、全員に凄まじい殺気で睨まれた。あのすごろくゲームは、所持金奪ったり、簡単に宇宙に転送させたり、無茶振りばかりの中々ゴール出来ないゲームだった。
 それを思い出すと、こいつらがどれだけやりたくないか明白。だが、そのことを知らないオービットが食いついてきた。

「あのゲー厶とは?」
 何も知らない無知な眼差し。ダスクがやれやれと、ゲームについて答える。言えば確実に伝わる謎のゲーム。割と市販でも売っていて、オービットもしたことがあると思う。でも、オービットはゲームについて聞かされても目のキラキラは失わなかった。
「このオービット、先輩たちとゲームしたいです!」
 敬礼をして、その目は、見たことないほどキラキラ輝いていた。期待と興奮の眼差し。そんな眼差しを向けられ、コスモたちは当然、引き下がるわけにはいかない。
 期待に満ちた後輩のため、一肌脱ぐ。たとえ、嫌なゲームでも。

 ダスクがタブレットのアプリを押すと、そこからゲーム台が飛び出た。オービット以外はこのゲーム台を見るたび、中々ゴールできない苦しさと無茶振りに吐き気を催す。

 巨大世界地図のように面積が広い。でも前は、星の模様が描かれてたのに今見るとサバンナの像やらライオンの絵が描かれている。1から200ある。スタート地点では、既にプレイヤーが分かっていて、最初に指名してのはオービットだった。

『サイコロを振って下さい』

 女性の声。機械のように淡々とした口調。オービットは恐る恐るサイコロを手にした。サイコロを小さく転がすと出た目の数は一。最初に振った数が一とは。

 オービットは一のマスに自分の人形を置いた。続いて指名されたのはダスク、スター、コスモ、それからなぜか俺までも入っていた。
「ふふふ、逃げられないわよ」
 不適に笑ったダスク。
 オービットになんで地球人が、という眼差しで睨まれた。
 前回気分転換でこのゲームをやってみたが、開始早々無茶振りやられてするんじゃなかった、て後悔だけ覚えている。

 サイコロを振ると出た目は六。
 六マス進む。一番進んでいるのは俺とコスモだった。まだ一ターン。まだまだ一寸先のことなんて分からないし、誰もまだチャレンジマスを踏んでいない。まだ奇跡に近い。

 二ターンすると、早速コスモがチャレンジマスを踏んだ。コスモは運がいいのか悪いのか。
「『自分の秘密を告白せよ! 二十マス進めるよ!』て、自分の秘密て何?」
「人に聞いてどうすんのよ」
 秘密について考え込む。どう考えても中々浮かばない。秘密がないてことだ。浮かばないのでチャレンジ失敗。一マス戻ることに。
 五ターンしていくと、ようやく誰かが三十マスを踏んだ。先に進んでいた俺やコスモじゃない。オービットだ。
 ちょうど三十マスを踏むと、チャレンジマスに留まった。
「『自分の想いを告げよ! 告白したら特別に五十マス進めるよ!』て……」
 オービットはダスクの方を見て、顔を真っ赤にさせた。小さい触覚がぶるぶる震えている。耳まで真っ赤になって、俯いてる。
「どうしたの? 早く」
 ダスクが急かしてきた。人の気持ちも知らないで。
「まぁまぁ、そんな急かしても人に気持ちを告げるには簡単なことじゃないわ」
 スターが見兼ねて間に立った。スターはオービットの気持ちに気付いている。訓練兵のときからだ。その気持ちを急かされて、オービットは黙り込んでいた。

 一分経っても、二分経っても、口を開かない。部屋の中が静寂に包まれている。オービットが話しやすようにスターは背中を押している。コスモは待つのが疲れたのか、大口開けて窓の外を見上げていた。
「あたしは……」
 ようやく口を開いた。
 ポツリポツリで小さい声。俯いてるからどんな表情か分からない。
「あたしは……」
 髪の毛の切れ目から、ダスクをじっと見つめた。熱を帯びた眼差し。ずっと閉じてた想いを告げるのか、言葉は震えていた。
 ダスクをじっと見つめ、口を開いた。その瞬間、図ったかのようにして、ゲーム台からチャラランと音楽が鳴った。

『時間切れです。オービット、チャレンジ失敗。スタート地点に戻って下さい』
 
 感情のこもっていない女性の声が、ただただ室内に響いた。オービットの人形が、スタート地点に戻される。ようやく三十マスに進めたのに。でも、それ以外にもオービットが心を撃たれたのは告白を失敗したことだ。
「オービット……」
 呆然とゲーム台を見下ろすオービットの背中をさするスター。

 オービットは、わなわな震えていた。オービットはスタート地点に戻ったので、ゴールする可能性はゼロに等しい。

 やがて、チャレンジマスを踏んで五十マスまで進めたのは、ダスクだった。
「ダスク様! あたしの仇をどうか取ってください!」
 オービットがしがみついた。ダスクは面倒くさそうに「はいはい」とそっけなく返事する。やがて、俺たちも五十マスを踏み、先頭にいるのは六十マス踏んでいるダスク。

 このまま、何事もなければダスクがゴールする。でも、このゲームは最後まで分からないのが肝だ。
 俺もとうとうチャレンジマスを踏んでしまった。
「『これを成功したらゴールマス! 欲しいものは貴方の真っ赤な炎!』真っ赤な炎って?」
 すると、視界がふっと暗くなった。部屋をいきなり、カーテンで遮られたのか。目の前が真っ暗だ。隣には、コスモやスターがいたのにその気配がない。地面の感触がない。音も聞こえない。匂いもしない。ここは、何処だ。

 コスモたちの名を叫ぶと、反響した。やまびこになって返ってくる。俺はもしかしたら、山に転送されたのか。いや、それだったら地面の感触はあると思う。ここは一体どこなんだ。 

 ぬっと手首を何かに触られた気がした。びっくりして振り向くと、暗闇で誰もいない。でも確実に気配を感じる。ヒヤリと背筋が凍った。大粒の汗が頬を伝う。

 ぬっと何かが暗闇から現れた。無数の手だ。酷く青白い腕が伸びてくる。目の前一面に腕。こんなの、生まれて初めてみる光景だ。

 鼻先まで近づいてきたときに、意識が覚醒した。腕を見て、少し足元が竦んでた。このままじゃ、捕まる。捕まったらどうなるかそれは〝死〟を予期なくさせる。

 暗闇の中走り続けた。走ってもどんなに速く走っても、追いかけてくる。

 なんでこんな事に――ここに来る前のことを思い出した。チャレンジマスを踏んで、その内容は――真っ赤な炎が欲しい。真っ赤な炎? なんだそれ、持ってねぇぞ。真っ赤な、炎? それって、もしかして――心臓?

 ドクンと心臓が脈打った。全身から汗を滲み、汗粒が迸る。手を胸に置いた。心臓が律動に動いている。生きている証拠だ。これを取るかわりにゴールできる。
 俺にとって等価交換の『と』もつかない案件だ。誰だよこんなの考えた奴は。ぬっと足首を捕まえられ、地面に膝をうった。
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