魔女は世界を救えますか?

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
4 / 101
Ⅰ 刺青の魔女 

第3話 四限目

しおりを挟む
 四限目が始まる休み時間、廊下でバッタリとリュウとスバルに出くわした。魔女とバディの学び舎は別々に別れており、寮も違う。
 滅多に顔合わせられないのに、こうしてバッタリ鉢合わせられるのは、移動教室が全てバディのいる校舎側に建設させられてるので、こうして出くわしてる。
 二人もちょうど、移動教室のようで、片手に教科書を持っていた。

 昨日ぶりに顔を見た。今日初めて顔を見る。昨日ぶりなのに、久しぶりに感じるのは気のせいか。
「おはようココア!」
 まず歩み寄ってきたのはスバル。
 スバルは、ココアのバディ。ココアと似て、天然で優しい男の子。
「おはようスバル君、リュウ君も」
 ココアがニコニコ笑う。
 この二人は脳内お花畑みたいなコンビだ。天然で二人とも、争いを好まない。花畑が二人を囲んでいる気がした。
 その横で、わたしもリュウに声を掛けようと勇気を振り絞ったのだが、リュウは素っ気なく交した。
「スバル、行くぞ。早くしないとあのセンセ、キレるからな」
 せっかく振り絞った勇気を、寸止めされたわたしは、リュウにとっついた。
「ちょっと、何か言うことない!?」
「はぁ? 何かって何だよ」
「何って……」
 口がモゴモゴ吃ってしまった。言いたいことがあったのに。それが喉元に引っかかって上手く取り出せない。
「何もないなら、声かけるなよ。ブスと喋る暇はない」
「ふ、ふん。わたしもサルと付き合いきれないもん!!」
 バチと火花が炸裂した。リュウにブス呼ばわりされたのは今回で二百回目。毎日顔を合わせる度、リュウの「ブス」は「おはよう」みたいになってるものだ。
 最初こそは怒るが、多少は慣れてくるものだ。それに、ほんとのブスに言ったら半殺しされるよ。ブス呼んでいいのは、わたしの心が大きく広いから感謝したまえ。
「わたしの心が広いから感謝したまえ――とか思ってないよな? どっちがサルか」
 フッと嗤って、この場を去った。スバルはごめんね、とか弱く言うとリュウのあとを追った。
「きぃー!!」
 わたしは後背のリュウに向かって舌を出した。
「ユナちゃん、抑えて抑えて」
 飼育員のように優しく宥めるココア。
 毎回、三六五日、このようなことをずっとしている。魔女とバディは運命共同体。共に生き、運命に選ばれた生涯のパートナー。それなのに、わたしとリュウの性格は不一致。
 どうしてリュウがバディなのか、ちっとも分からない。
 パートナーとして、対面したあの日から、このどうでもいい戯言が続いている。もういい加減、和解したい。
 もしかして、学校側が首輪を間違えて取り付けた場合がある。だからこんな合わないんだ。パートナーが仲良くなれない場合、バディとの契約を解除できないかなぁ。
「それは無理ね」
 いきなり、シノが割って入ってきた。
 目の前に能面少女がいるのだから、わたしは声をあげて驚く。
「し、シノ……何故?」
 シノは、目だけこちらの顔を見ると、早口で言ってみせた。
「一つ、魔女とバディは運命共同体。これは絶対。学校側はそんなの間違えない。あいつらは巧妙な技術者と術者がいるのだから。二つ、私が何故貴方の考え事が分かったか、それは貴方が無意識に大声で言っているからただ漏れ。三つ、私が何故ここに居るのか、それは私が委員長だから。二人が教室にいなかったら捜すの面倒だし。授業が進まない」
 口に出してないのに、三つの問を淡々と応えたシノ。
 気が付けば、廊下に人の気配がしない。ひっきりなしに人が行き来していた廊下が、時間が止まったかのように静寂。
「は、早く行こっ!」
 ココアが慌ててさきに走った。
「うん!」
 わたしもシノもそのあとを追うようにして走る。

 結局、四限目は三分遅刻。
 先生にこっぴどく叱られ、男にだらしないナノカまでもがクスクス嘲笑う不始末。
「ごめんね。わたしのせいで」
 申し訳なく二人にそう言った。
「いいよ。気にしてないし」
 ココアは、陽だまりの笑顔を向けてくれた。ココアは本当にいい子だ。それに比べてシノはというと――隣に座ってるのに目すら合わせてくれない。
 確かにわたしが悪いんだけど、そんな態度ないじゃない。
「気にしないで」
 と、それを見ていたココアは励ましの声をかける。
「あ、うん大丈夫」
 間髪笑顔で応えた。口に何か突っ込んだようにぎこちない笑みだったに違いない。

 四限目は、魔女の伝統。この授業は、シノが一番好きで一番得意科目なの。
 この日の授業は、ちょっと教室を出て、地下層に潜入。出席番号を半分に分けて二班に別れる。
 わたしは出席番号でいうと、後半。前半の人が先に行き、かえってくるまで教室で待機。同じく、出席番号が後半のナノカと待機。
 待機中は、提出課題の宿題をやることになる。わたしとナノカは、席を向かい合い、分からないところをお互い考えて問題を進んでいる。
 それが少し経ったときだろうか、真面目に課題を進んでいたときに、ナノカは、甘えるような声で話題をだしてきた。
「ねぇねぇ、ナノカの彼がね……」
 ナノカが早速、付き合ったばかりの、イケメンで高身長で成績優秀な彼氏を自慢。
「またぁ?」
「今度は真面目に聞いてよ」
 いつもながらにこの会話。決まって自慢話なので、気にしないで筆を動かした。
 ナノカは、聞いてほしい自慢話を抑えられ、ムッとした。
「今度は長続きするし、みてて」
 そう言われてもなぁ。
 ナノカは飽き性なので、三日経つのがやっと。
 そうこう話しているうちに、前半の人たちが帰ってきた。地下層がどうのこうの、楽しげに会話して。
 前半の人たちに引き継ぎ、後半のわたしたちが教室を出て、先生のあとをついていく。
 何度も通る廊下。
 響き渡るのは、わたしたちの足音だけ。静かなのは、他のクラスは授業中だから。静かすぎて、おかしくなりそう。

 授業中のリュウたちの教室を通り過ぎた。
 男だらけの教室。女子と違い、むっさい空間。毎回行事ごとには大騒ぎして、大暴れする男子たちが、授業に集中するのかと心配になったけど、その心配は無用だった。
 なんせ、意外と真面目に授業に集中していたからだ。
 すると、誰かと目が合った。バチッとね。それは、リュウだった。
 さっきのことで気まずいと勘ずられたくないわたしは、喧嘩腰に、授業受けているリュウに向かって、いっーと舌を出した。
 リュウは、これまたシノと似て顔に出ないんだけど、この時ばかりは、びっくりした表情をしていた。
 その反応を見て勝った! と思った。
 いつもは、リュウにあしらわれるけど、今回は違うね。この勇ましいわたしを見よ!

 すると、すぐにリュウが何やら仕込んできた。ノートになにかを書いて、ニッと笑ってそのノートをわたしに見せてきた。

『アホ面』
 と。大きな字で、しかも、周りに幼稚な絵が書かれている。くそぉ。あいつ、こんな幼稚な真似をするなんて。
 わたしは、奥歯を噛み締めリュウを睨みつけた。第三者から見れば、男子教室の前で女子生徒が、窓とにらめっこしている状況だ。
 このことに気づいたのは、わたしがいつまでも来ないことに、不審感を覚えたナノカが探しにきてくれたときだった。
 それまで、自分では全く気づかなかった。
「いつまでにらめっこしてんのさ。あんたたち……」
 ナノカが怪しげに見て、ぶっきらぼうに言う。呆れた様子で。
「だってリュウが~」
 地団駄踏んだ。
 ナノカはまったくと呟き、大きなため息をつく。わたしの脇を掴み、ズルズルと引っ張った。
「全く。あんたいないとあの先生、カンカンだからね!? 気づかれる前にさっさと行くよ」
「はーい」
 ズルズルと引っ張られ、先に向かったみんなの跡を埋めるようにして、早足でエレベーターに駆け込んだ。

 男子教室では、窓に立っていった女の子が百面相していたことに小さなどよめきが生まれてた。
「ユナちゃん、何してたの?」
 スバルがコソコソと、聞いてくる。リュウはニヤと薄笑し、悪巧みする悪徳管理のような表情でこう言った。
「知らね」
 と、落書きしたノートの切れ端をめくって、次の白紙のページに移す。


 エレベーターに向かい、地下へと潜った。この学校にだけ特別、設置されたものだ。毎年わたしたちが管理して、育てている農園、大規模な運動公園。おそらくこの街一帯の住民が入りきれる広さだ。
 どうしてこんな特別視されるのか、それは、わたしたちが魔女だからだ。

 この世界において、魔女は希望。救世主、神のようなもの。

 温暖化した地球に突如やってきた生命体、ノルンを唯一倒すことができるのが魔女。世界中から希望が託された人類の要。わたしはそれを誇りに思っている。
 だが、この時のわたしは知る由もない。この世界において魔女とは、人類を存続させる人柱に過ぎないことを。
しおりを挟む

処理中です...