魔女は世界を救えますか?

ハコニワ

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Ⅱ 誘発の魔女 

第28話 アリス様の過去②

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 我の周りは、誰もいないと思っていた。だが、心優しき人間がいて涙が出るほど嬉しかった。

 我は人間界に残り、数年が経ったある日のことだ。我はとうとう力尽きてしまった。人間のため、力を使いすぎた。そのため、我はここ、地下で眠ることにした。

 そして、永遠の眠りにつく前に我は人間にこう告げた。〈我の妹、神たちが降りてきたら、我はここにいると告げてくれ〉とお願いした。

 その後、図ったようにして神たちが降りてきた。人間たちの邪な欲に力を使い、体もボロボロで痩せ細った我を見て、妹たちは激昂した。人間たちは、過ちを認めたくなかったため、我を手放せなかった。

 それから数千年、我はここで眠っている。そして、度々宇宙から地上へ降りてくるのは、神族、そなたたちから言えば、ノルンという。ノルンは、神。人間に奪われたものを、取り返しにきてる。



§


 わたしたちは絶句した。
 アリス様からきいた真実は、受け入れるのに時間がかかる衝撃的な話だった。全員、半信半疑な表情で、身を竦めていた。息をのむ壮絶な過去。以前、シノが真理を語ってくれた。シノなりの、予想したもの。だけど、その半分が当たっていた。
 本当に本当に、ノルンは神様で、わたしたちが崇拝していたアリス様が神様で、ノルンは奪われたものを取り返しに地球に降りてきて、全部、数千年前のわたしたち人間の欲でこうなってしまった。
 信じられない世界の真理をきき、目の前が真っ黒になった。夜の、広大な海でたった一人取り残された気分だ。
 世界の真理に、わたしたちは言葉が出なかった。喉が押しつぶされて、言葉が引っかかている。
 そんなとき、シノだけが口を開いた。長く続いた沈黙を破る。
「世界の真理はだいたい把握したわ。でも、分からないのが二つ。どうして私たち人間は、神たちに激昂されながらも今もなお、あなたの体を切り刻み、傷つけているの? 神ならば、特有の力があるはずなのに、どうして何年も前から、神たちがわざわざ降りてきてるの?」
 シノは、落ち着いた表情でウルド様に訊いた。わたしたちはショックで固まっているのに、シノは、平然としていた。
 予想していた世界の真理が、半分合っているから、それ程ショックでも何でもないのかもしれない。
〈静かだけど、好奇心旺盛で情熱的な音がする。あなたは、ずっと前からこの世界のことを考えてきたのですね。そして、今聞いて誰にも知られないで静かに興奮している〉
 ウルド様が静かに淡々と喋った。
 シノの表情が、かっと赤くなったようなきがした。ウルド様は、包帯越しだけど微かに笑った、ような気がした。
〈今もなお、我を傷つけている人間たちの理由は、我がそうするよう、命じたからだ〉
 シノの表情が険しくなった。
〈我にはもう力はなくなった。だが、我は運命の女神長女ウルド。その力はなくても、我は神たちの間ではかなりの高い力を持っていた。もし、ノルンたちが人間界を襲ったら、対処できるように。人間でいえば魔除けに近い〉
 わたしたちは、耳を疑った。
 ウルド様は、散々人間に酷い扱いされてきたのに、それでも尚、人間たちをノルンから庇うために、己の肉片を魔除けに。酷い仕打ちをしてきたのに、それでも人間のために尽くすなんて。
「どうしてそこまで」
 リュウが身を乗り出した。
〈彼は、生前最期まで世のため人のために人助けをしていました。彼が助け、守った命を我が散らすのは悔いのない顔で天に召した彼が申し分ない、そう思ったから〉
 ウルド様は、またポツリポツリ語った。
〈神たちが超人的な力を使って、我を救出しなかったのは、人間との契がある。超人的な力も持っていない種族に、神は力を使わない契。そのため、神は何年もかけて我を救出しようと降りてきている〉
 なるほど。人間の業で激昂した神様たちが人間を滅ぼさなかった理由が納得した。そんな契があるなんて。人間が得して神様が不利だ。
 大昔、人間と巨人と神族が共存していたなら、どちらにも平等な約束を交われば良かった。大昔の話だけど、過去を変えたいならその契を交す前に変えたい。その改革が、神と人間の新しい共存なら、未来は変わっていたかもしれない。
〈もう、質問はないのですか?〉
 ウルド様が聞き返した。
 わたしはシノのほうに振り向いた。シノは、暫く考えて首を縦に振った。
「ないです。ウルド様、ありがとうございました。貴重な話が聞けて、ほっとしてます」
 わたしが言うと、ウルド様はシノみたいにわたしの声だけで、わたし自身がどんな人物かを当てた。 
〈とても優しい、勇気と情熱に満ち溢れた声。あなたが最初にここに行こうと言い出したのでしょう? あなたは予想じゃない、本物の言葉を聞きに、その勇気は、沢山の想いをつなげられる〉
 わたしはびっくりした。そして首を縦に振る。
 ウルド様がおっしゃったのは本当だけど、半分違う。確かに、わたしから言い出したことだ。けど、ここまでわたしたちを引っ張ってきたのはリュウで、シノをめげすに鼓舞してたのはダイキで、わたしは特に何もしていない。ただの言い出しっぺ。それに、誰かの想いを繋げるなんて、難しいことだ。

〈あぁ、もう時間ですね〉
 ウルド様が切なく言った。
 ウルド様は、何千年も前から誰かと会話していない。この広い場所で、こんな寒い場所でたった一人。わたしだったら耐えられない。
 ここは元々ウルド様と、ウルド様が愛した男性の家だった。そこを学校にし、魔女協会が取り締まっている。
 魔女協会は、ウルド様が愛した男性の身内の末裔。ハヤミ先生もその一人だ。ウルド様との血は繋がっていない。けれど、ウルド様に選ばれた男性の身内となれば、神格化するかもしれない。当時は、その人たちに対して敬意を振る舞っていたのかもしれない。
 それからウルド様は喋らなくなった。
 そして、ウルド様が「時間ですね」と言った理由は、はかったようにしてわたしたちの背後から、現れた魔女協会。
 神聖な白装束を着た人たち。五、六人の大人で、顔まで深く帽を被っているので顔は分からない。一人を除いて。真ん中に立っている一人の男性、老人だ。
 顔は梅干しみたいにしわくちゃで、骨と皮が浮き出てている。穏やかな風貌に見せかけ、鋭く尖った目つき、杖も持たないで、しゃきとした姿勢は頑固そうなおじいちゃん。

 わたしたちは見つかった。
 頑固そうなおじいちゃんの周りにいた、白装束の人たちに両手を拘束されて。先生たちもハヤミ先生もいなかった。ただ、ここにいるのは白装束着た魔女協会の奴らだけ。
 最初に喋ったのは、真ん中にいた頑固そうなおじいちゃん。どうやら、このおじいちゃんはこの団員の中では中心にいる人物のようだ。偉そうに見える。
「どこまで知り、何を知った」
 機械のような声だった。
 怒り、喜び、悲しみ、何もない感情が抑制された声。照明がない薄暗い地下のはずなのに、目の奥はギラリと獰猛に光、怒りを露わにしていた。
 空気が氷のようにひんやりし、全身に鳥肌がたっている。
 この空気も威圧感も、何もかもが圧倒された。
 魔女協会の奴らに怯まず、リュウが口を開いた。
「子どもを使って、どうして神殺しをさせる!? 同じ人間なのに、どうして子孫が先祖の尻拭いみたいなことをしなきゃならない!?」
 おじいさんの目つきがさらに鋭くなった。
 着る服も、金も、住むところもない憐れな人間を見る切ない表情だった。そんな目で、わたしたちを見下ろしていた。
「そこまで、知ったのか」
 ポツリと呟いた。 
 刹那、頑固そんなおじいさんだった見た目ががらりと変わり、ただ一人の孤独なおじいちゃんへ。目の奥の眼光が消え、真っ黒な瞳孔。肩を落とし、寂しそうになった。
 おじいさんが、何か合図を送るとわたしたちを拘束していた白装束たちが離れていった。拘束していた手首は、解放されてもヒリヒリ全身に痛みが駆け巡ってく。真っ赤に血が充血していた。
 わたしたちから離れた白装束たちは、おじいさんの背後へ。おじいさんは、これが当たり前のように使役した。やはり、中心人物はこの人で間違いないようだ。
「すまなかった。我々大人が、しっかりせんといかんのに。全て、子どもに責任を負わしてた。我々がしてきた過ちを、認めたくないために関係のない子孫を使った」
「いまさら謝っても、どうにもならないんだよ」 
「リュウ落ち着いて」
 やけに興奮しているリュウを宥めた。
 隣にいたシノは、手首を押さえながらじっと睨みつける。
「自分たちがしてきたこと、理解はしてるのね。だったら、どうして解決しないの? もう一度契を結べばどうにかなるのに」
 シノの口調は、いつもより棘がある。数倍の棘がおじいさんに突き刺さった。自分より年下の女の子に言われた正論に、全く言い返す言葉もない。
「契とは、本来共存するために交した要はルール。だが今は人間、神、別々に暮らしており、共存していない。ルールは必要ない。契は必然的になくなった。過去の契は今も存在する。だが、もう二度と結べなくなった」 
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