魔女は世界を救えますか?

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
73 / 101
Ⅴ 救済の魔女 

第72話 ハルトの想い

しおりを挟む
 お腹も満たされて、わたしたちはこれでさよならした。片付けは明日やると言ってたし、明日も来ようかな。
 ご飯を食べている間に、子供たちが起きてきて、子供たちに見送られる形でさよならをした。
 たった一日だったけど、子供たちと過ごした時間は長くて、さよならするのがとても寂しい。子供たちもわんわん泣いて、ナズナ先輩たちも泣いていた。
 マドカ先輩も黙り込んでいたから、内心うるうるしてんだな。
「みんな、泣くな。笑ってバイバイするんだろ? 笑ってないと、お姉ちゃんたちもバイバイできないぞ」
 ダイキが優しく、子供たちをあやした。
 泣いている子の頭を撫でたりしている。
 ポロポロ涙が落ちていくから、雫と一緒に、潤った目まで溢れそうだ。
 子供たちは、鼻水ズルズル啜りながら、ダイキ先生の言うとおり、涙を押し込めた。
「お姉ちゃんたち、バイバイ、また来てね」
 手を小さく振った。
 ナズナ先とマナミ先輩も、涙を我慢して手を振る。わたしたちは、手を振りながら、門のところまで歩いた。
「お兄ちゃんも、バイバイ!」
 誰かが言った。
 きっと昼間、ハルトと遊んでくれた子だろう。ハルトは聞こえなかったのか、トコトコ前を歩いていた。聞こえなかったはずじゃない。大空に響き渡る声だった。
 わたしはハルトを掴まえ、ハルトはびっくりして、振り向いた。指を指すと、ハルトの声が一面に響きわたっている。ハルトに向けて、大きく手振っている。
「手を振るんだよ、みんな、ハルトに向けて」
 ハルトはまた、何が何だか分からない表情でいた。仕方なく、わたしはハルトの腕を掴んで、頭上に上げた。ハルトが振ってくれたと勘違いしてくれた子供たちは、ほっとした表情に。
 みんなに別れしたから、子供たちは園の中に入っていった。
 子供たちがほっとしたから、わたしもほっとした。ハルトがしていなかったら、多分、ずっと手を振っていたんだろうな。

 子供たちが園の中に入っても、中々腕を離さなかったから、ハルトが自分から腕を解いた。
「あ、ごめん」
 謝っても、ハルトは黙ったまま。
 もしかして、腕をロボットみたいに操ったから、怒っているのかも。でも、あれは、ハルトが中々手を振らなかったのが原因だし。

 それから、門をくぐって街の大通りへ。ナズナ先輩たちとここで別れた。先輩たちも、明日用がなかったら、片付けを手伝うと。
 子供たちと触れ合って、もうこれっきりじゃ、寂しいよね。子供たちもお別れが寂しくて「また」と言ってたし。
 この寂しい気持ちを埋めるように、わたしもまた会いたいな。

 先輩たちと別れて、残ったのはわたしとハルト。ハルトはずっと黙ったまま。いつものハルトなら、楽しくお喋りしてるのに。
「ハルトは何処まで行くの? わたしの家、ここから近いんだ」
 穏やかに言った。
 街の中を歩いて、少しずつ商店街の灯りが近くなってきた。通い慣れた道が続いている。暗い夜道に、明るい街頭がぼつぼつと立っている。白銀の光だ。
 街の明かりは無数に輝いて、まるで、昼のように明るい。わたしたちの姿も、明かりに照らされて、眩い光を背にオーラをまとっているような感じ。
 そういえば、ずっと思っていたことを口にした。
「そういえば、ハルトは何処に住んでるの?」
 不思議に訊くと、ハルトは少し考えてからこう答えた。
「研究所」
「え、あそこで住んでるの!?」
「そう」
 びっくりした。今まで知らなかった。五年もいたのに、知らなかった。びっくりして、空いた口が塞がらない。まさか、あんなところに住んでいたなんて。
 わたしも時々、研究所で寝泊まりすることあるけど、ハルトの姿は一切見たことない。もしかして、研究所の奥の地下にいるのかもしれない。
 地下は立ち入り禁止で、わたしも長く勤めてあるけど、一度も入ったことはない。その地下は、変な物音や不気味な声がするから、昔から、研究で失敗したホムンクルスが蠢いていると噂だ。
 そんな地下にいるなんて。わたしは心配した。
「どうしてそんな所に住んでんの? 冗談? 今までどうやって過ごしてたの? 親は? 兄弟は?」
 わたしの勢いに、ずっと暗い表情していたハルトは、顔を上げた。するといきなり笑いだした。笑われてびっくり。
「質問責め。地下だと思ってるでしょ。研究所の隣の家屋だし、勘違いし過ぎ」
 ハルトは、クスクス笑った。その笑顔は昼間ぶりだ。ハルトの屈託ない笑顔を見て、少しほっとした。
「良かった。ずっと黙ってたから、楽しくなかったのかなって」
「楽しかったに決まってんじゃん」
 当たり前のように言ったから、余計不思議だ。ずっと暗い表情していたのはどうしてだろう。
「今日一日、知らないことを教えてくれたからだよ」
 ハルトは、空を見上げた。切ない表情。遠い記憶を思い出すかのような眼差し。ハルトは話を続けた。ぽつりぽつり呟く。
「育てられたところは、一般的には恵まれてて、でも、俺からしたらあんな所は地獄で、屋敷の中は本だらけで、訪ねてくる人は、使用人一人で、誰からも必要とされていないのに屋敷の中で育てられて、だから、外の世界なんて知らなかった。自分が知らないこと、たくさんあるんだなって」
 そういえば、子供を見たことも、合掌のときも、手をふるときだって、不思議そうにしていた。お金持ちだからって、ここまで知らないなんて
「ハルトて、何者?」
 訊くと、ハルトは少し固まった。上を見上げたまま「何者でもない。一般研究員だよ」と。何か訳があるんだな、そのときはその程度しか思わなかった。もし、もっと深く掘り下げておけば良かった、後に後悔することになる。

 昨日と今日、知らなかったハルトの一面を知れた。同僚や先輩たちが慌てているときに、自分は他の部署で落ち着いている、非常に楽観的な思考の持ち主、しか思っていなかった。
 けど、ハルトはただ、この世の中を知らないだけなんだ。無知なまま、大人になって、いわば、世間知らずだ。
「何でも言ってね! 教えるから!」
 わたしはドヤ顔で言った。
 すると、ハルトは顔を戻して困ったように苦笑した。
「まさか、世間知らずと思ってない? 一通り教養されてますので、結構です~」
 わたしたちは、止めていた足をまた歩き出した。歩きながら話した。こんなに一対一で話すのは、初めてかもしれない。リュウが間に入ってきたり、追い出したり、課題が忙しくて話してないときもあったな。
 長く一緒に勤めているのに、初めてハルトを知ったような感じだ。

 街の明かりが徐々に増え、代わりにすれ違う人たちの影がなくなっていく。夜なのに、眩い光が集まってて、今、夜なのか分からないほどだ。
「そういえば、リュウ来なかった」
 ハルトがふと気づいて、声をあげた。
「呼んでないからね」
「え、どうして」
 ハルトも何だかんだで、魔女とバディだったから、わたしたちがセットだと思っているな。確かに、学生時代は何をするにも、一緒だっけど流石に離れるよ。
「わたしたち、そんな一緒じゃないよ。好きな食べ物とか、嫌いなものとかそれぞれあって、リュウだって休みの日とか、やりたいことあると思うから」
 脳裏にリュウの顔がよぎった。ただの小話なのに、すぐに顔が思い浮かべる。そして、再びあの夢を思い出した。
 一昨日、何でもいいから喋れば良かった。何だか、ギクシャクしちゃうな。
 それを聞いたハルトは、不敵ににやりと笑った。
「いつも一緒じゃないんだ?」
「まぁね」
 すると、ハルトはわたしの腕を掴んだ。振り向くと、真っ直ぐな眼差しが返ってきた。冗談を言う、彼の姿はない。真剣な表情だ。
「何? 腕掴まなくても、話くらい聞くよ」
 びっくりして、腕を離そうとするも、びくともしない。華奢でわたしと同じぐらいの背丈あるのに、何処にそんな力が。
 ハルトはそれでも腕を離さなかった。
「リュウとは、ずっと一緒だと思っていた」
 ハルトは少し上機嫌のご様子。
 掴んだ腕をするすると手に。指先に絡まった。少し冷たい体温だ。わたしの体温と同じ。
「リュウがいたから、今まで言えなかったけど――俺、ユナのこと好き」
 その言葉は、耳に入っていき頭の神経を通っていく。最初、何を言われたのか分からなくて唖然としていた。その言葉の意味をトントンと理解していくと、顔中から火の手があがった。

 わたしはハルトを押し出した。中々解けなかったのに。
「なななな何言ってんの! 冗談でしょ!?」
 離れた手がまた、握られた。顔が近い。目と鼻の先にいる。
「冗談じゃない。本気だ」
 真剣な表情。視線が熱い。逃れられない。その腕から離れられない。
しおりを挟む

処理中です...