魔女は世界を救えますか?

ハコニワ

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Ⅴ 救済の魔女 

第88話 スクルド

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 親が子に対して、感情を抱いてないのは、昔からだ。子を捨て、魔女にさせる。魔女制度がなくなっても、今も子を捨てる。
 孤児院の子供たちは、殆どがそうだ。話は逸れたけど、今わたしたちは裁判中。しかも。ハルトが王様と語り合っていた。

 行方をくらましたこの七年間のことを、赤裸裸に告白する。
「研究所で楽しく過ごしていたこと。初めて小さな子供を見たこと、誰かと一緒にご飯を食べたこと、初めて人を好きになったこと、初めてがいっぱいで、使用人しか訪れなかったあの広い空間では、知らない世界だった。あの籠にいたら、ずっと知らない世界だった。俺の大好きな場所。それを、理不尽な理由でなくした。王様、こんな裁判は無用。意味がない。ここにいるのは、クーデターの被害者だ」
 ハルトの心からの声が、遠くまで反響した。その時のハルトは、信じられないほどかっこよくて、凛々しくて、ここにいるのはほんとにハルトなのか、わからなくなった。その姿は、何事にも負けない毅然としている。
 この言葉に心を揺さぶられ、傍観者、裁判長は静かになった。真正面からの言葉に、返す言葉は見つからない。

 王様は、何かの合図を送った。
 途端、護衛の人がハルトを捕まえて、ズルズルと台からおろしていく。ハルトは必死に抵抗するも、力には勝てない。
 ハルトは王様を睨みつけた。
「やっぱりあんたは人の話なんて聞かないんだ! 自分のことしか信用しない。周りはあんたに尽しても、あんたはそれを受け入れなくて、断ち切る。母様がどんなに尽しても、全部受け入れなくて拒絶して、最後は一人で死んだ……どうしてだよ」
 ハルトの言葉は全部、虚しく終わった。ズルズルと引っ張られ、奥の方に。王様は、感情を抑制した眼差し。

 裁判は続行。
 残りはわたし。わたしの番が回ってきた。シノと同じく、宮殿に侵入したことと王様に楯突いたこと。宮殿に侵入したことは、この周りにいる人が罪なので、それは責められなかった。
 わたしは裁判よりも、ハルトのことが心配だ。見上げると、王様は対して変わらない様子。
「さっきから、何なの。この王様は。王様だから敬意と敬愛していたけど、その部分が何一つ見つからないじゃない」

 わたしの呟きは、静寂な空間により響いた。
 野次馬たちが、一斉に声を荒げた。人間性の欠片もない言葉が飛び交う。
 王様に楯突いたこと、王様を侮辱したこと、新たに刑が加わったけど、そんなのしるか。

 腹の底から、ふつふつと煮えたぎる想いだ。ハルトがあんなに熱く語っていたのに、全部無駄。ハルトの想いが、あの人には届かない。それが悔しくて、次第に怒りにめばえた。
 鉄槌が三~四回落とされた。
 辺りが静粛するまで、それは落とされた。ほんとに餌に群がるハイエナみたいだ。問題言動を言うと、すぐに飛び掛かってくる。

 鉄槌が落とされ、暫くしてから辺りは静粛した。裁判長が語り始める。
「先程、王様を侮辱したな? もう一度言ってみろ!」
「敬意と敬愛の部分が何一つ見つからない! こう言ったのよ!」 
 わたしはさっきより、大きな声で叫んだ。 
 王様は、目を見開いてびっくりしていた。隅の方にいるリュウやシノたちは、やれやれと参った表情。
 でも、全員心の中で思っていたと思う。
 この王様に、何言っても響かないと。まるで、ロボットのようだと。

 わたしは我慢できなくて、ボロが出たけど。ハルトをきっかけに、ふつふつと怒りが先走った。
 びっくりして瞳孔を開く、退屈だと感じてため息をこぼす。ロボットじゃないのは分かった。でも、納得いかない。それなら、わたしたちの話、ハルトの話をちゃんと聞いて。ハルトと向き合って、真っ直ぐ話し合ってよ。

 こんなこと言っても、全然後悔はない。微塵も感じたりしない。腹の底から沸騰している怒りが、そうさせているのかも。
「ええい! この者を極刑に!」
 裁判長が護衛の人に命じた。
 けど、護衛の人はあくまで王様の指示しか従わない。王様でもない一般人の命令に従うはずもなく、誰一人動かなかった。
「何している! 捕らえよ!」
 裁判長も、野次馬たちも、必死になって喚いた。護衛の人も、王様の命令がないと動かない。王様は、微動だにしない。
 護衛の人が動かないのをいい気に、壇上にシノ、リュウ、ダイキが入ってきた。

 宮殿に侵入してまで、乗りかかった船を実行する。それは、王様を説得してクーデターを抑えること。
「それは、無理なんじゃない?」
 今までの王様を見て、はっきりと言い切れる。無理なことだ。 
「無理でも何でも、絶対にやりきらねば。子供に面と向かって『変える』と約束したのでしょう?」
 シノは傍観席にいる、あの子たちの席をチラと見た。そうだ。約束したんだ。こんなことを終わらせると。約束したのに、忘れてた。
 王様には、平和な時代を築いてもらわないと。説得して説得して、どんなに裁判にかけられても、根気強く諦めさせて、新しい時代を築いてもらわないと。

 そもそも、クーデターを起こしている連中は「永遠の命」が欲しいだけ。王様も。
 アリス様を戻して、再び永遠の命が欲しい。それじゃあまた、神様の逆鱗に触れる。契を結んだ意味がない。
 あの悲劇を忘れることはない。でも、欲は振り払えなかった。あれ、王様もほんとに永遠の命が欲しいだけなのかな。
 感情は表に出さない、常に抑制した眼差し。こんな人が、欲を振り払えなかったなんて。念の為に恐る恐る訊いてみた。
「王様は、どうしてクーデターに参加するんですか?」
 返ってきた答えは、とんでもない言葉だった。
「わたしはクーデターなんかに、参加していない」
 衝撃が走った。雷が落とされる。
 王様は、常に感情を抑制した表情。だから、嘘を言っているのか真を言っているのか、分からなかった。
「誠ですか?」 
 シノが冷静に問いだした。
「わたしは、嘘偽りは言わん」
 ということは、ほんとに王様はクーデターに加担していない。わたしたちは、安堵と複雑な想いでいっぱいだ。
 魔女協会からも、王様が加担している、この情報は間違っていない。しかも、あの子たちが嘘つくわけがない。それじゃあ。何なの。
 わたしたちは、頭を悩ませた。王様は話を続けた。ぽつりぽつり、小さな声で。

「誠だが、絶対に……とは言い切れぬな。資源を与えたり、色々と与えた。君ら、魔女や国民からしたら、信じられないだろうが、わたしも欲しいのだよ。永遠の命を。抗議すれば、アリス様が帰ってくる。そう信じたのだよ」
 また衝撃が走った。
 雷が何度も落ちてくる。王様の狙いは永遠の命。クーデターも連中も。

 抗議すれば、神界からアリス様が降りてくる。そんなデタラメ
「信じるほうがおかしいでしょ!」
 わたしは叫んだ。一斉に注目が浴びる。
「契を結んだから、神界から何も降りて来ません! 抗議すればするだけ、人間側が損するだけ!」
 これが現実。隠してもこれが現実。
 契を結んだ。もう二度と、人間界にノルンほ降ってこない。同時にアリス様も降りてこない。もう、最初から分かっていたはずなのに。
「人間の寿命は、儚いからこそ尊い」
 シノが強く言った。
 そのとおり。老いることも、死ぬことも、全部儚いからこそ綺麗なんじゃないか。
  
 いつの間にか、ナズナ先輩マナミ先輩、マドカ先輩が壇上に立っていた。魔女協会も。わたしたちは、壇上の上で、王様を見上げた。
 目の奥に信念の炎が揺らめいている。
 その視線に耐えきれなく、王様が立ち上がった。
「わたしは何も悪くない。永遠の命が欲しいだけだ」
 うわ言みたいにつぶやいている。
 まだそんなことを言っている。永遠の命なんて、もう二度と入らないだよ。

 そのとき――

 背後から、殺気のような気配を感じた。神経、筋肉、血管がその殺気を感じて、収縮した。同時に「振り返るな」という警告がかけめぐる。
 これは、人間が放つ殺気じゃない。この殺気を前に何処かで、感じたことがある。背後から感じる殺気は、重くて冷たくて、全身が凍りそう。
 足裏がぴったり地面にくっついている。離れられない。
 背後から、髑髏姿の死神が、わたしの首に鎌の刃を当てている。喉が押しつぶされて、うまく呼吸できないのは、そのせいだ。

 辺りは困惑した。
 周りにいる傍観者たちは、騒ぎ始めた。わたしたちの背後から突然現れた、謎の人物に。今まで、そこにはいなかった人物だ。突然降ってきたかのように、現れた。

 その気配、その殺気、これはまるで……まるで、ノルンじゃないか。そのとおり。背後にいたのは、北欧神話三姉妹の末っ子、スクルド様だった。
 先っぽは鎌のような三日月の刃であり、後ろには槍みたいな鋭い刃を一本の棒にしたのを所持している。
 どうしてこんなところに、ノルンが。いや、考えろ。いま優先すべきは、みんなの安全。
『話を全部聞いておった。最初から最後まで、ほんとに、人間は変わらない』
 地面が大きく揺れた。
 外の方で甲高い悲鳴が。
『我が父様も、知ったら怒るだろう。だが、許せぬ。皆が許しても我だけは許せぬ。一人残らず抹殺じゃ!』
 地面がボコボコと崩れて、壁、天井には亀裂が入った。
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