つばさ

ハコニワ

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第1話 それはとても冷たくて

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 いつからだろう、なんて考えるのはもう飽きた。

 どうしてわたしがこんな目に合っているのだろう、なんて考えるのは飽きた。

 薄暗くて寒い場所にわたしはどうして監禁されてるのか、なんて考えるのも嫌になった。

 小さな窓から見えるあの場所は、どうして光っているのだろう。手を伸ばしても、どうしても届かないのはどうしてだろう。

 わたしは考えるのを放棄した。


§


 楽しそうに目を細め、弱者を蹂躙する喜々に満ちた眼光でわたしを見下ろす。頭を強く押さえつけ、兄との恒例の儀式が始まった。
 血の繋がった家族の、一番兄と一つになる儀式。これはわたしが、胸の生育が途上だった八歳のころから行っている。

「ほら」

 青臭い臭いが室内に漂う。兄のモノは、わたしの口の中に無理に入ってきた。

「んんっ、んぅ、んぐ、ぐっ」

 兄のモノが口内の中で、大きく跳ねている。腰をヘコヘコ動かして、打ち付けてくる。力任せに打ち付けて、顎が痛い。口内にいつしか、液がいっぱい溜まっていた。苦い味がするから、飲み込めない。

 ツゥと顎に伝った。白い液体。ヌルヌルしている。いつもこれを溢すと、兄が怒る。全部飲み干せと殴ってくる。

 それから儀式は深夜まで続いた。床に滴り落ちた誰かの分からない、精液を掃除する。さきに兄から風呂に入っている。風呂を浴びて出るまでに、掃除をしないといけない。殴られるから。

 体中が痛い。
 腰と顎が痛い。殴られた頬が痛い。鏡をみると、真っ白な肌に赤い傷がついている。体中。あぁ、痛いな。

 でも涙が出てこない。本気でそう思っていないから。涙が枯れて、出てこないから。泣いても何も変わらないから。

 掃除を済ませたあと、静かに帰っていった。まだ部屋に残っていたら、また殴られる。「いつまで俺の部屋にいるんだ。お前の面なんて見たくない」と。

 わたしは静かに部屋を出ていった。五歳の誕生日まで、この部屋で一緒に遊んでたのに。その思い出は、霧かかっているから朧。ほんとにそんな思い出があったのか、わたしにも、分からない。
 
 兄の部屋を出て、地下に戻った。冷たくて寒いところがわたしの部屋。こんな自分に与えられた自分だけの場所。

 日用品がいっぱい仕舞ってある部屋の床に、その扉がある。早く帰らないと。わたしがこの床を出歩いていると、みんな怒る。痛いことを繰り返す。早く帰らないと。

 歩幅が大きくなり、自分でも体が緊張していることに気がついた。呼吸が荒れている。体が震えている。痛みよりも、恐怖のほうが勝っている。

 暴力の蹂躙と罵倒、嫌というほど浴びてきた。体がそれに、拒否反応を起こしている。体が

「また兄さんにやられたのか?」

 びっくりして振り返った。

 もう一人の兄がその部屋の前にいた。眼鏡をかけた人で、年が近い兄。さっきの兄より、知的で優しい風貌。でもこの兄も、わたしの扱いがゴミ以下だ。

 兄と地下にいる。とても寒い場所。家族の誰もが敬遠して、近づかない。なのに、兄だけは一緒について来てくれる。

 わたしの部屋は、ベットもテレビも何も置かれてない場所。小さな鉄格子の窓があるだけで、満足だ。冬になると風が入ってきてさらに冷たい。

 夜になると床がキンキンに冷えている。その床に横になった。

「ほんと兄さんは猛獣だな。可愛い妹をこんなにめちゃくちゃにして。あぁ、こんなに頬が赤くなって……白い肌に赤い傷跡がついてなんて美しいんだ。あぁ綺麗だ。この殴られた跡も、おっぱいをもみくちゃにされた跡も、白い肌に食い込んで赤くなってて、綺麗だ」

 兄は、殴られた頬と胸を触った。兄は恍惚とした表情で見下ろしていた。兄は、わたしが傷物になって楽しむ人だ。わたしが傷物にされたあと、こうしてわたしを誘い、自慰に至る。

 最終的には、自分から傷をつける。

 天井にくくりつけられた。裸で。別に今となって恥辱心はなかった。むしろ、これから与えられるモノに、恐怖が湧いた。

 今日は鞭で叩かれた。ヒュン、と空気を割いてわたしの体に食い込んだ。痛くて声が出た。

 痛くて涙が出てきた。背中が熱い。燃えるように熱い。涙が止められなかった。何も考えられない。背中に熱がじんじんと広がって、体全身がぶるぶる震える。

 兄はそのまま続けた。二発叩きつけられて、失禁した。自分の体なのに、歯止めがきかない。上からも下からも流れるものが止められない。

 汚いと罵られまた強烈な一撃をもらった。早く終わってほしい。それだけを願っても、兄は満足できない。五発目になると、意識が朦朧としてきた。床には、血だまりができている。皮が剥がれるまでいたぶられた。

「ごめんな。こんなにして」

 終わったあと、縄を外し優しく頭を撫でてくれた。これが日課。自分が満足したら、帰っていく。

 兄はわたしの怪我を治癒してから、帰っていった。満足そうに鼻歌歌いながら。その声も小さくなって、わたしはほっとした。終わった。やっと終わった。心の底から安堵した。

 背中が痛い。動けない。腰や顎だって痛いのに、全身まともに動けない。ボソボソと小さく泣いた。泣いても何も変わらない。でも、止められなかった。

 もう、この生活を一体何年前から続けているのだろう。暴力と恥辱、暴言。うんざりだ。そうだ。これを初めて受けたのは、五歳の誕生日からだ。

 ご飯が美味しい母と、いつも優しくしてくれる両親との間にわたしは生まれた。二人の兄がいる。

 温かい家庭だった。外で雪だるまして遊んだり、兄と一緒に公園で遊んだり、両親と買い物したり、在り来りな家庭だった。五歳の誕生日が来るまでは。

 五歳の誕生日――その日はケーキを待ち望んで、父の帰りを待っていた。でも、そんなのは与えるわけもなく与えられたのは、この地下だった。母に誘導され「今日からあなたのお家」と言われた。

 見たことなかった。その時見せた母の――蔑む表情。温かい家庭が一変した。

 優しかった兄たちに暴力と恥辱を繰り返され、優しかった母が無視、優しかった父にはサンドバッグとして殴られた。

 テレビをみて、兄たちと一緒に真似事をして遊んでた日が、両親たちと笑い合ってた日々が、嘘のような現実。

 悪夢を見ている。
 現実だった。繰り返される蹂躙が、これが現実だ、と叩き落としてくる。最初は受け入れられなかったけど、次第に受け入れた。受け入れるしかなかった。

 五歳からやがて成長し、月経になると兄はこの時を待っていたかのように、わたしの体を求めた。中出しはしない。でも、毎日行われる儀式にはうんざりだ。よくもまあ、飽きないものだ。

 わたしは醜いから、他の兄妹より不器用で何をやるにも遅いから、きっと、こうなっているんだ。だったら、受けるしかない。わたしがどうしてこんなのを受けているのか、考えは放棄した。
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