約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅴ 東の地 

第38話 誕生

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 蛇がずっと僕らを狙って家の周りをニョロニョロ動いている。長い尾をぐるぐる巻いて家の周りを彷徨いている。家屋が黒く染まって、僕らが立っている場所でしかもう安全圏がない。この染みに体が触れたらどうなるか、理解している。だからこそ怖い。体が縮こまり四人の体がおしくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅうとなる。
 その瞬間は瞬きした瞬間だった。
 ずっと太陽が窓の外を監視していたため、ソレの誕生に気がついた。窓の奥から見える1本の木。大きな木だ。その木の下に布に包まった赤子が存在していた。
「あ!」
 太陽が甲高い声を上げてあれ、と窓の外を指差した。僕らは指す方向を恐る恐る見ると、赤子がモゴモゴ動いていた。
 僕らはどうするか悩んだ。この先1歩行けば黒い染みに接触する。赤子を保護したい。成すすべがないのが歯痒い。どうしたらいいんだ。
 気になることを発見した。赤子が誕生してからずっと蛇が彷徨いているが、その蛇は外に赤子がいても攻撃していなかった。守人だってわかっているようだ。どうやら認識知識はあるようだ。
「みんな、提案があるんだけど」
 僕は一つの賭けに出した。
 その賭けは決して安全とも言えぬ情緒が乱れるもの。それでもここで生きて帰らなければ僕が死んだら明保野さんとの約束がある。その賭けというのが――。



 守人の肉体を持って移動すれば蛇は襲ってこないし赤子を保護できるもの。
「正気か?」
 嵐が眉間にシワをつくらせ怪訝に訊いた。信じられないものを見る目で僕を見る。こんな提案言っている僕でも頭がおかしいとさえ思う。
「確かにそれは危険なことだ。蛇が守人様を狙わないのは知っていて、でも屍となった守人様を盾にするのはあまり良くない」
 太陽が苦言を申す。嵐が首をウンウンと頷く。良太はぶつぶつとまた弟くんの名前を呟いて首をうなだれている。
「守人様が成長するのを待とう」
 太陽が強く言い切った。僕もそれに賛成した。赤子はモゴモゴ動いて短い手足をばたつかせていた。黒い染みがどんどん床や天井、壁、家具を黒くさせ、ついには片足で立っていなきゃいけないほど逃げ場がなくなった。

 嵐があーだーこーだ言ってうるさい。太陽がもう息をしてない守人の体を守るように抱えて、良太はフラフラしている。赤子を見れば、はいはいをしていた。もうそれほど大きく成長している。人間とは思えない成長速度。やはり『守人』というのは人間じゃないのか。そもそも、生き返るのもおかしいが。
 黒い染みが天井からポタポタと肩や頬に滴り落ちてくる。頬に当たると焦げ臭い臭いがする。肌が焼けている感触はない。良太はこれを浴びて、気持ちよかったと言うが僕は全然。
 むしろブニブニの動物を触っている感覚。気持ち悪い。頭の芯から不快感が拭えなくて嘔吐しそう。

 外も中も逃げ場なし。体調もすこぶる悪い。吐きそう。くらくらするし、目前の嵐の顔が2重、3重に増えている。意識が狭窄していく、まずい。
「空、しっかりして」
 太陽がか弱い声で呟く。自分だって大変なのに声を掛けるなんていい奴すぎる。 
「うおうお、おおおお! これ! これどうすんだ! 逃げ場がねぇぞもう!」
 嵐がバタバタと騒がしい。片足などもう浸かっている。染みは肌に馴染んできて毛穴の隙間から体に侵入してきそうな冷たい感覚。

 死ぬのか。こんなところで。嫌だ……。脳裏に明保野さんの顔がよぎった。エデンについて頃の〝守人〟としての顔、地球で見せた屈託ない笑顔。涙を見せた交した約束。
 こんな所で死んでたまるか。あのかわした約束を叶うんだ。僕が彼女を救う。絶対に。
「ごめんなさい‼」
 舌足らずな声が室内に響いた。
 声のした方向を見ると、開けた戸の前に五~六歳ほどの女の子が立っていた。かっこうは守人と同じ巫女服。髪の毛は切り揃っていておかっぱ風。黒い染みが流れているのに白い服や肌にピタリとも付着していない。良く見たら、黒い液体そのものが避けている。
「あの子は……」
「守人、様?」
「まじでか⁉ でっかくなったなぁ!」
 嵐がズカズカと歩いていったので、僕はその先を歩んだ。守人の体が染みに濡れないように抱っこして抱える。守人の口から小さく「きゃ」と女の子の声が。小さな子でも姿形は同じ、声も、目を覆っている包帯も。疑問が浮かばれるが状況で聞くに聞けない。守人様は大丈夫だというように僕の胸を叩いた。そりゃ痛いくらいに。

 僕は太陽が抱えている前、守人様の亡骸まで彼女を抱えておろした。アキレス腱まで溜まっていた液体が彼女が地面を降りてくるや、ぶわ、とモーセのように彼女を避け、茶色の地面が見えた。

 もう驚きはしない。
 死んだ人間が蘇り、同じ顔同じ姿した人間がこうして前に現れるのも、驚くことなく順応していく。太陽が抱えている亡骸を見て、一礼した。
「ありがとうございます。そうやって、肉となっても優しくしてくれてでも、それはいらない。久乃が処分します」 
 彼女はもう一度お辞儀をすると、太陽が抱えている亡骸をふんだくる。当然持てるわけないのにその亡骸をずるずると外まで持っていこうとする。染みがモーセとなって道を作る。僕らは彼女が作ってくれた道を沿って歩く。

 あの家屋からようやく脱出し、外に行っても蛇に食べられない。いいや実際にいる。家屋の屋根に頭を埋め、獲物を狙うように僕らをジト目で睨んでいた。
 その異物生命体に流石の僕たちでも驚いた。なんせ体がすけてところどころ宝石のようにキラキラ輝いている。目だけが赤く浮いていた。
 森の一体から家屋まで体の尾を引いてくるくる巻いていた。巨大生物、何故の生命体を見て体がこわばる。
 狙われないのは守人がいるからだ。彼女のそばを離れないようにしないと。あれに食べられたら丸呑みだ。
 彼女はスタスタと前、守人の体を引き摺り森の奥を歩いくいく。森は緑色に広がっていたのに腐敗したように茶色く濁っている。

 歩いて汗をかいて、休憩することもなく沿岸まで歩いた。石像の隣にボト、と遠慮なく無造作においてスルスルと亡骸から離れた。顔を上げると、何かの合図を送った。途端、無数の蟻が肉に食らいついた。砂浜から穴ボコができそこから無数の蟻が這い上がり、肉に群がった。
「うわ!」
「ひっ!」
「これは……」
 僕らは目を背け、情けないことに身を捩り終わるまで待つ。守人が大丈夫、と首を頷くも僕らは何も既視感で感覚が麻痺しているのではない。〝死〟という概念だけには敏感で判断が早いのだ。
 事なきを終えるとその頃、守人の体は十代の肉付きになっていた。そして食べられた前、守人の跡には石像が立っていた。やはりこれは、死んでいった守人たちの墓。


 そして、亡者はいなくなった。
 前守人を処分することで、今の守人が形を引き継いだからだ。

 東の地に行き、とんだハプニングだ。めちゃくちゃだ。亡者のいなくなった東はもとに戻っている。茶色くなった木の葉は流石に戻っていないが、蛇はいないし、笑い声も聞こえない。
 もとの肉付きになった守人は呆然と海を眺め、くるりと振り向いて面目ないというように深く礼をした。太陽がとんでもない、と謝る彼女を静止させた。
「聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえず、生きてて良かった、これだね」
 太陽が安堵の息を溢した。
「確かに……なぁ、良太は治んねぇの?」
 嵐が地面に腰を下ろし、良太を指差した。良太は周りから外れた位置に立ってずっと俯いてブツブツ何かを唱えている。
 守人は良太を見て、フルフルと首を横に振った。治らないと言っている。


 はぁ、と大きなためいきついた嵐。
「守人はその責務から逃れられることが出来ますか?」
 僕が訊いた。
 守人はじっと僕を見て、首を横に振る。まぁ、分かっていたことだけども。今回のでわかった。守人がどうしてこの責務から逃れられないのか。
「久乃様」
 僕は亡者たちが呼び親しんだ名前を口にした。彼女はびくりと反応する。不安げに顔を歪めている。
「亡者たちがあなたのことを親しく『久乃殿』て呼んでいたから。守人よりもこっちのほうが呼びやすいと思って」
 僕は微笑んだ。彼女、久乃様はわなわな震えていた。唇をふるふるさせ、手で覆う。でも次第に膝をじめに落とし顔をうつむいて肩をひくひくさせていた。

 え、泣いてる?

「泣かした」
「泣かせた」
 嵐と太陽の射るような目が刺さり僕は全身に汗をダラダラかく。彼女に駆け寄る。
「ごめん、まさかそんなに嫌だと思わなかったんだ」
 肩をひくひくさせてそれでも泣きやまない。
 あぁ、どうすりゃいいんだ。泣きやませ方なんて知らんぞ。こんな時、こんな時は、模索していると啜る声と共に彼女がゆるゆると顔を上げた。
「嫌じゃない、びっくりして、嬉しくて、久しぶりに人から自分の名前を呼ばれた。忘れないように何度も自分で自分の名前を呼んでも虚しかった」
 彼女は包帯をゴシゴシさせ、海の彼方へ指差した。今なら帰れる、という暗示だろうか。折角仲良く慣れたのにいいや、ここは彼女の言う通り帰ったほうがいいな。

 彼女に別れを告げて、僕らは本島に帰った。
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