約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅶ 自由 

第43話 タイムマシン

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 エデンに帰還後すぐに西へ。忙しない。連絡もなしに訪問したため西の守人はびっくりするだろう。しかし、僕らが地球に行ったことを知っているため驚きもせずに白装束の人たちにも出迎えてくれた。
「やっぱりくると思った」
 西の守人はやれやれと顔をした。
「あの、突然すいません」
 太陽がペコリと深く一礼する。西の守人はそんなのいいから、と素っ気なく返す。

 西区に来たのは僕と太陽だけ。せいらたちは北に帰った。出雲くんは結局来なかったな。北区に帰ったら明保野さんが待っていたかもしれない。少し良心が痛む。

 西の守人は僕らがここに再び帰ってくることをわかっていた。「疑問ちゃんたちがあのまま引き下がるわけ無いからね」と僕らのこと、まだ会ったばかりなのに知り尽くしている。
 西区の宮殿へ、そしてあの本棚がある場所へ。
 本に頑なに触らせてくれない。太陽が興味津々で手を伸ばすと腕を振り払われ鬼のような形相で叱ってくる。しかし、太陽も懲りないやつだ。叱られるのはこれで2度目だ。
「タイムマシン、確かにあるけど」
 西の守人は本棚から一つの本を抜くと、床がガタガタ揺れ始めた。ちょうど本棚が置かれていない広間。突如揺れ始めてすると床が抜けた。抜けた場所から巨大な装置が顔を出す。
「これ」
「そ、タイムマシン」
 西の守人はその装置をコンコンと軽く叩いた。


 よく分からないスイッチがいくつもあって、沢山のコードが白い寝台に繋がっている。白い台の上は人が1人入れる大きさ。ガラスで閉まっているけど、近くによってみるとひんやり冷たい。冷凍庫を開けたような白い雲が浮上している。
「それ、西が管理してあるけど、北が起動スイッチあるの。だから権限はあっちね」
 西の守人は軽く言った。
 北区はセキュリティ及びエデン全ての起動を任されている。ここに置いてあっても起動スイッチは北区。それなら話は早い。なんせ、明保野さんならきっと承諾してくれる。
「北なら話を理解ってくれる、て大間違いじゃない?」
 僕はびっくりした。思っていることを西の守人に勘づかれたから。口を思わず覆うと「言わなくてもその浅はかな心読めるわ」と鼻で笑われる。湾曲に描いたガラス窓を背にもつれ、西の守人は話を続ける。
「あんたの話を聞くと、守人であるあたしたちを助ける。その為にはこれを使って千年前の時空軸に自ら行く。これは昔頻繁に使われてた。でも、使いすぎると人格障がい、まれにその時代で死ぬことだってある。やめときな。北もそれ程馬鹿じゃない。これを使って死んだ人はあっちもわかっている。いくら、北と仲良いからってあんたが死ぬのはご法度だろ」
「それでも行く」
 僕の決意は硬かった。
 その姿を両目の目で見た西の守人は苦笑した。北に連絡すると言って、この場を立ち去る。


「行けるのは1人か」
 太陽が呟いた。
 タイムマシンの周りを行ったり来たりしそれを眺める。よく分からないものに手を伸ばす。割と怖いもの知らずだな。
「僕が行く」
「……そっか。千年前か……」
 太陽は何かを言おうと口を開くがやがて、顔をそらした。何を言いたかったのか、その前に西の守人がやってきた。明保野さんは了承してくれた。
 タイムマシンの寝台に寝て、湾曲の鏡張りに閉じ込められ、太陽と西の守人が協力してタイムマシンを操作する。

 ブゥン、と起動スイッチが入りパッと照明がついた。閉じ込められているからその光がやけに眩しくて熱い。目を閉じその熱さにただ焼かれるのみ。
 呼吸ができない。
 呼吸をするごとに首を絞められているかのように苦しくて呼吸できないし、動きたいのに動けない。体の自由を奪われている。

 きつい。これ、いつまで続くんだ。もう死ぬ。頭がやがて真っ白になり遠ざかる意識。意識ががくんと落ちると僕の意思に反して頭に何かが映りこんでくる。情景だ。

 
 澄み切った青空。透明な川水に魚が泳いで子供たちが足を浸けてチャプチャプ遊んでいた。緑の木々、田んぼが広がる田舎道。車が通る舗装道路。辺り一面白銀の雪に覆われた世界。なんだこの情景は。見たこともない。誰かの記憶か、次々とテレビのチャンネルのように情景が変わっていく。目線が突然下になったり縦横に揺れたり、第三者の視界になっている。なんだこれは……。一体どうなって――……。

 突然体に痛みが走った。正確には背中だ。激痛に体が縮まる。目を開けようとするも、視界がパチパチ弾けて目が痛い。真っ白な世界かと思いきや周りが濃緑の森に囲まれた場所。
 酩酊のように目が回る。
 周りの景色もぐるぐるしてて気分が悪い。小指さえも動けなかった体がやがて緩和していく。だんだん動けるようになってきた。

 やがて体の調子が整っていき、やっとこさ上体を起き上がる。――ここ何処だ。
 周りはやはり濃緑に囲まれ足元は小石が。どうりで痛いわけだ。腰を浮かせ、少し歩いてみた。ふわりと涼しい風が肌をなびく。心地いい。髪の毛や服の間を通り過ぎる風は冷たくも暖かくもない、今の僕を落ち着かせる穏やかな風。

 ゴミや生臭い臭いはしない。こんな濃緑に囲まれた場所全然知らない。エデンであってもそれは人工物。穏やかな風、綺麗な情景、草木や大地の自然の匂い。
「ここは――」
 僕はタイムマシンに乗った。
 行き先は千年前。千年前といったら何があるのか詳しく知らない。でも千年前地球はまだ、緑があって青い空がある。
「ここが――千年前」
 ついに来てしまった。
 自分でもびっくりして足がすくむ。変に緊張した。ここからどうやって行動すれば彼女らを助けるのか……。やるしかない。まず、彼女たちを見つけないと。

 僕は森の中を歩いて回った。
 森の中は涼しい。歩いていても不快にならない。強烈な生臭い臭いがないからだろう。周囲は人がちゃんと管理しているのか、草木は伸び切っておらず鳥の鳴き声や、鳥の小屋まで設置してある。この木々の間を歩いていると、なんか思い出すな。ここよりも鬱蒼としてて不気味な東の地を。すると、笑い声が聞こえた。甲高い女の子たちの笑い声。ここまでデジャヴだよ。

 警戒して腰を低くする。
 恐る恐る声のした方向まで向かう。森を抜けると広げた場所。そこに女の子四人が遊具に乗ってお喋りしていた。遠い場所からも話し声が聞こえてる。まさに女子の花園だ。
 退散しよう、かと思ったがその中に知っている顔ぶれがあったためその場から動けない。

 明保野さんと久乃さんだ。

 大勢の男女に囲まれてる彼女たちを見つけた。明保野さんが男の人と喋っている。楽しそうに。その隣にいる久乃さんはずっと小さな箱でつまんなさそうに遊んでいる。今まで巫女服だっからカラフルな服を着ている彼女たちを見るのは新鮮。しかも、地球でいた頃の無邪気で明るい彼女の姿だった。思わず出ていきたいがどうやって話しかける。

 未来人です、て普通に言えるか。どうやって近づいて話しかけるかわからない童貞だ。童貞には難しい。男の人と話している彼女を見て心臓が痛い。心の中ではひどく葛藤している。
 すると、箱で遊んでた久乃さんが僕に気づいた。琥珀色の目と合う。僕はしどろもどろになり頭隠して知り隠せずの図になる。そのまま隠れていると、やがて男性たちが帰っていく。
 良かった。これなら近づける。そっと上体を起こすと彼女たちがいない。そんな!
 僕は慌てて追いかけると久乃さんが明保野さんの背中をグイグイ押しながらこの広場を抜け出そうとしている。待って連れて行かないで。
「何? くぅも参加したかったの?」
「一緒にしないで。早く帰ろう」


「待って!」


 僕は彼女たちの足を止めた。2人はびっくりして振り返る。僕は懸命に走ってきたから呼吸がまともにできないうえに、どう話しかけていいかわからないまま彼女たちを止めた。
 心の中はぐるぐるしていて立ち竦む。
 明保野さんは目を白黒させていた。逆に久乃さんはキッと親の仇ごとく睨まれる。僕、彼女に酷いことしたかな。
「昼間からぼのちゃんのこと付き纏ってたこのストーカー野郎っ! 私は恐れない! ぼのちゃんを守るためなら、この身削がれようとも! さぁかかってこい! この変態痴漢最低最悪野郎っ!」
 久乃さんが僕に向かって悪質で辛辣な言葉を。この人、本当にお淑やかで儚げだった東の守人か。言動が一八〇いいや、三六〇ど違う。敢えていうなら猪突猛進、勇敢な人なんだけど。
「まぁまぁ、くぅちゃん落ち着いて。きっとチャットを見て来てくれたんだ! デートですか? それともセックスですか? あ、デートは一時間五千円。セックスは挿入で十万。不満はないですかぁ?」
 明保野さんの口からスラスラと「セックス」だの卑猥語を言うなんて。軽く頭を叩かれた衝撃で目眩がする。

 明保野さんは僕の腕を取って指先を絡んできた。ぬるりと蛇のような行動。決して逃さないともいうようにその力は強かった。
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