この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅱ 勇気と偽愛情~14歳~

第19話 円満な

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 スノー先生は、ピッザにパイナップルをいれたことに深く感心した。なんせ、絶対合わない果物類を容易にいれたのだから。
 その想定を覆す奇想天外なひらめきに、スノー先生もあっぱれ。見た目の点にプラス一を付け加えた。ひらめきに乗じて。
 これでスタンリーが許してくれるかどうか、とまたもや不安になり様子見していると、案外、ケロッとその点数を承諾していた。こいつは一体どういう性根なのだ。

 次は俺がつくったサラダ。雨に教えてくれたおかげで見た目はたぶん、上だろう。スノー先生がパクと頬張る。シャキシャキとキャベツとキュウリを口の中で噛み砕く。

 この時間がとてつもなく長い。不安と緊張が体中全てを支配し、そのうち嘔吐しそうだ。ドクンドクンと、心臓が高鳴る。体の外まで聞こえてるんじゃないかと思うほど。
 評価が下るまで、じっと待ってるしかない。それは苦痛に似たものだった。
 もし、この評価がゼロに近かった場合、点数はどんなに頑張っても覆せない。
 Dクラスより落とされる場所なんて、もうないぞ。降格とそれと処分だ。
 処分って一体なにがどう扱われるんだ。

――ザザッ

 頭の中で金切り音のノイズが。血管を掻き乱し、頭が痛い。アナログチャンネルを映したテレビ音と似ている。
 その音は止むどころか、一層強く増している。黒い荒波の向こうに、知らない女の子が笑っていたり、こちらを向いて怒っていたり、記憶にない光景がチラホラ見えた。

 あれ、今なにか引っかかったような。誰か、なにかを忘れてる? 誰を?


「うむ」
 スノー先生がカチャ、と箸を置いた。満足したような晴れ晴れとした表情。瞬間、ノイズの音が消えた。表情を見て、もしや、高得点では。判定が言い渡される前に勝手に想像。
 スノー先生はゆっくりと顔をあげた。そして、穏やかなのんびりとした口調で判定を言い渡す。
「香りではなく、新鮮度を加えました。新鮮度はまずまず。シャキシャキとしたキャベツに、真ん中にウサギ形したトマトを加えるなどして見ただけで食いついてきます。味もそこそこです。新鮮度、10点、見た目、9点、味、9点の計28点」
 おお、かなりの高得点もらい。
 そして、最後の盛りつけの点数は10点。合計八十七点。ランキング九位にランクされた。トップ10に入れたことに、俺たちはお祭りのようにテンションがをあがった。

 そのあと、約束通り美樹のいる班と合流して机を囲んで一緒に食べた。美樹のいる場所は、当然、アカネとジンもいてあのユリスもいる。
 ユリスと目が合うと、やんわり視線をかわされた。大盛り唐揚げの皿の前に座っているアカネの隣の席に座ると、アカネが悪戯っ子のような笑みで振り向いた。
「すごかったわ。ま、こっちはランク七位ですけど」
 ふふっと楽しげな声を漏らす。なんだが、こうして接するのは久しぶりなんじゃないかと思うほど体幹が震えた。
「ふん。その唐揚げは俺より10点も低い点数だったけどな」
 こっちも悪戯ぽく言ってみせた。
 途端にアカネの目つきが細くなった。頬杖ついた逆の頬がぷっくり膨らんでいる。
 アカネの好物は唐揚げ。こんなに皿に余
るほど大量につくる奴なんてアカネしかいない。
 俺たちの班より一歩早く品を出したアカネたちの点数は遠くからでも聞こえた。だが、アカネがつくった唐揚げだけはやたらと点数が低い。
 それは見たら分かる通り、肉の塊がこれ見よがしにドンと皿に盛っているからだ。見た目は大幅減点だったんだろうなぁ。でも、本人はあまり気にしていない。好物を自分でつくったのだから満足ぎみ。
「ま、食べてみるがいいわ。絶品よ!」
 フフン、と自慢げに微笑むアカネの表情は今世紀最大の笑顔だ。美樹が胸の前に両手を合わせ、いただきます、と唱える。俺たちも揃っていただきますを唱えた。
 まず、かぶりついたのは目の前のアカネ特製の唐揚げ。ん、これは美味しいぞ。外はパリッ、中はジューシー。俺のつくったサラダとよく合う。
 口いっぱいに唐揚げを頬張るアカネ。その頬は栗鼠のようにタプンタプンに膨らんでいた。あまりにも無防備な姿にくすっ、と微笑し、突いてやろうと思って、指先を頬に翳した。
「ははは! 膨らんでやんの! 一個もーらい」
 アカネのもう一つ隣にある席にジンが座り、特製の唐揚げをパクと丸呑み。途端、アカネの目つきが鬼のようになった。そっぽを向くようにして俺から離れてジンに詰め寄る。頬まであと数㌢指が突ける距離だったのに。
「ちょっと! 減るじゃないっ!」
「この唐揚げはアカネちゃんがつくっけど、みんなのであってアカネちゃんのだけじゃないよ? ねぇ、カイ」
 指名され、びっくりして顔を向けるとアカネの体からひょっこり顔を出す呑気なジンの姿。
 俺はすぐに指を後ろに隠し、必死に表情筋を動かした。
「そうだな」
 とりあえずそういった。おかしいな、飛行呪怨の麻痺が残っているのか、筋肉がピリピリしている。まともに動けない。そうだな、と言ったときどんな表情していたのかよく分からない。
 だが、幸いにも二人は気づいておらず口論を続けている。
 胸にチクとなにかが刺さった。後ろを振り向いて棘かなんかは刺さってない、擦ると、何もない。あの痛みは何だったんだ。不思議に思い、正常を装った。
「む! むむっ!」
 ビーフステーキを口に入れた美樹がいきなり声をあげた。俺の向かい側の席に座る、天真爛漫の少女。ビー玉のような大きな目を見開き。
「これ、つくったのアイたん!?」
「そうだけど?」
 ゆっくり椅子から立ち上がった。美樹はおもむろにアイの席に向かう。
「すごい……こんなの食べたことない! アイたん流石! アイたん好きぃ!」
 男女が熱く抱擁するように、ヒシッと抱きついた。微かに、きゃ、とアイの短い悲鳴が。アイの頬にスリスリと猫のように撫でた。
「こんなの、たいしたことないよぉ」
「そうだ、たいしたことない!」
「そうね」
 感情的に否定する雨と冷静で静かにユリスが否定してきた。雨は二人の間を引き裂かんばかりに鬼の血相で睨んでいる。
 親の関心が末っ子になってしまった子どもの視線と同じだ。憤りと虚しい孤独な目。
 またしても、アイの口から微かにヒェ、という小さな悲鳴が。
 ステーキを頬張っていたフォークを静かに置いたユリスは興ざめした感じで喋る。
「このステーキ、ただ焼いただけにすぎん。これでよく評価があがったものだ」
 白いナプキンで口元を洗った。
 出たな毒舌が。太陽の日差しより明るい金髪、それを一層引き立てる白い肌。人形のように美しいその美貌は誰もが圧巻する。しかし、口を開けばナイフより尖った言葉を吐く。しかも、平然とした態度で。
 アイは、尻尾がたるんだ犬のようなテンションになった。
「だよね……あはは、ごめん……なさい」
「ムゥ……美味しいんだからいいじゃん!! ユリスの評論家気取り!!」
 美樹がいー! と歯を見せた。
「美味しいと感想するその舌に深く関心するな。では、私はこれで失礼する」
 席から立ち上がり、こちらの言い分も聞かずスタスタと歩いた。まるで、これから社長かお偉いさんと対談するかのような堂々とした歩き方、ピンと伸びた背筋。
 さっきまで座っていたユリスの机は、皿一枚置いていない。ユリスがそこに居た、という物証や影もない。班のつくった一品一品を口にしたあと、彼女は去ったらしい。
 グングンと小さくなるユリスの後ろ姿を横目にチラッと見て、そのあとは、みんなで他愛もない噂話やホラ話、いつもは寮でしか話せない先生たちの愚痴など、クラスも違うアイたちと時間も忘れるほど喋った。
 気がつけば、周りはざわざわと賑わっていたのに、人がチラホラと消えてほぼ静かな食堂と化していた。
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