この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅱ 勇気と偽愛情~14歳~

第28話 無効の邪鬼―帰還―

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「お前なら出来る! だって、あのときの凄かったし、油断してたし、今その力が必要なんだ。今使わないでどうする!」
 雨の表情が途端に、晴れたきがした。
 細い目を大きく見開いて、こちらに白黒目を送っている。
「本当か?」
 みんなが首を頷く。
 雨は、ほんの僅かな怯みを見せるも、すぐに手袋を脱いだ。手袋を脱いだ手は、今まで日焼けしたことがない真っ白な肌。
 赤黒い核に、その真っ白な手を翳す。息を吸い込んだ呼吸音が聞こえた。
 それは、非常に重く、何処までも響いた。

カアロォウジャン【腐 敗】

 その瞬間、赤黒い核が全て黒に塗り換わった。海からざあざあと街を埋めていくように、核の全域を津波のように黒いモノが塗っていく。

§

 透明な壁、フィールドがパリン、と割れた。鏡のように脆く、チリチリに破片が飛び散る。
「よしっ!!」
 硬くなだったフィールドを破壊し、美樹の心は高く高揚し、槍を持つ手に力を込めた。
 目指す場所は、うなじにある核。獣の牙よりも鋭い刃が、そのポイントに向けて着地を狙った。
 ひし形の鮮明な赤。その赤に、キラリと光るものが映し出された。
 刃が核に接触。凍った水面に、シャベルで叩いているものと同じだ。びくともしないし、槍を通して腕が凄く重い。
「ゔっ! くっ……!」
 やっとフィールドを突破し、破壊すべき本命が目の前なのに、跳ね返される。
 鬼の力を持ってしても、跳ね返されるこの威力。今まで対戦してきた、他の誰でもない、得体の知れない生物に初めて絶望の味がした。
 苦い、胸が苦しくなる味だ。
 ここまできて、後戻りなんて。
 ずっしりと体が重い。絶望が、心中を巡って全身を重くさせる。
 そんなとき、不意に、脳裏に過ぎったのは、雨やカイなどの顔が。
「……ボクの辞書に〝後退〟などない!」
 腕に力を込めた。
 全身を鈍る重みは嘘みたいにどこにもない。寧ろ、スキップできるほど軽い。
 核にピギッ、とヒビが入った。そのヒビは時間も経たずに、全身に巡り血管のように這う。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 渾身の力が、核を破壊した。
 跡形もなく、チリチリに。
 チリチリになった核の破片は、サラサラと灰になって空気にきえていく。
 邪鬼が雄叫びをあげた。大地を震わす怒りと、哀しみとそれらの感情を混ぜあわさったモノ。
 耳がキンキンして、頭が痛い叫び声に、美樹はすぐにこの場から離れた。

「や、やった……! 破壊しんだボク」
「美樹ちゃんっ!!」
 喜びに浸るや、それを裂いたのはミラノ。何処かを指差して、血相かえている。
「何? こっちはもうヘトヘト」
「あれ! あれ見て!」
 女子のように甲高い声で、指差している方向をひたすら腕を突き刺す。あまりにもその表情が必死で、仕方なく、指差している方向に顔を向けた。
「え……あれ」
 それは間違いなく、腐敗した色だった。
 ヘソ辺りの下部から、その色はじわと浮かんでいる。
「間違いなく、あそこにいる、スタンリー様が!」
「雨がっ!」
 二人は顔を見合わせ、希望という目を輝かせた。しかし、美樹の所持していた槍の刃は先程のせいでボロボロになって、所々削れている。これでは、破壊できないと悟った。
 その不詳時を感じ取ったミラノは、チッチと挑発的な舌打ちするや、美樹の前に鉄パイプを見せた。
「これがあるじゃあないっすか、これが」
 鉄パイプを受け取った。
 もうこの際、迷っている場合じゃない。武器があるならば、それを取り、戦うべきだ。
「よし……」
 軽く握った鉄パイプを、両手に抱え、強く握りしめた。邪鬼は今、痛苦の悲鳴をあげ悶苦しんでいる。
 あの長い手足をバタつかせ、顔を歪ませ、今は美樹たちが近くにいても攻撃すらもしない。
「やれる、今なら!」
 ひとっ飛びでお腹の下部まで行き、手にした武器を振り下ろした。
 途端、水酸化ナトリウムをぶっかけられたようにドロドロに溶け、黒い血や皮膚がしぶきをあげた。
「みんなあぁ!!」
 ドロドロに溶けた皮膚と肉の隙間から、一筋の光が見えた。その光は、今まで見たことない希望の光だった。
「美樹っ!」
 外から伸ばす希望の手を取ったのは、雨だった。美樹は順々に、俺たちを引っ張りあげていく。
 全員を外に引っ張ったあと、邪鬼がまた暴走した。嗚咽に混じった声。耳まで裂かれた大口に、炎の球体が現れた。
 最後の最後に悪あがきの魂胆か。今度は〝肝心なときに使えない野郎〟だなんて言わせない。
スパーク【火 花】!!」
 炎の球体が口内で爆発し、邪鬼が後ろに後退し、大きな体が地面に仰向けに転がった。
 水しぶきが天井にまで飛び、大きな津波が押し寄せてきた。流石に炎は水に勝てない。迫り来る波に、みな、圧倒され身動きが取れない。
 そのとき、彼の声がした。少年のように活気に満ちた声、それと、キーを少し落とした低い声が特徴的。
 その声が聞こえると、目の前にまた、透明な結界が。振り向くと、ユリスに抱えられたジンが。
 地上に足を置くと、真っ先に俺たちに駆け寄った。そして、無言で俺に拳を突き出す。決まってそうだ。何か成功した瞬間、こいつとは無言でやること。
 それは、何も言わないで分かること。
 俺は腕をあげ、突き出した拳に、トンと軽く突いた。それは、勝利の音だった。
「倒したな」
「あぁ!!」


 邪鬼が暴走し、合宿は中止になった。結局、暴走してから約一時間後、先生たちが援軍へと駆けつけてくれた。

 監督責任だったスノー先生とリゼ先生は、減給処分。リゼ先生だけは助けに来てくれたことに、俺たちは、必死に抗議した。しかし、他の教師たちはそんな言葉に耳を傾けずに、二人を処分した。

 二つも核を破壊された邪鬼は、噂によると、絶海の大きな穴に捨てられたらしい。学園の外は、海に囲まられている。地平線の彼方まで続く海。その海に、大きな穴がある。
 俺らは学園から出たことがないので見たことない。
 しかし、噂の種が風にのり、だんだん大きくなってこの噂はもはや、当たり前と化している。
 結局、邪鬼が暴走した理由は不明。また噂によると、邪鬼が何らかの衝動にかられ、攻撃手段をとったと。その話は、また噂なので信じて否か。
 その衝動とは、何なのか、合宿あとはその話でもちきりだった。
 邪鬼の暴走で約四名が死亡。Aクラス二人、Dクラス二人。遺体はどれも、醜く、原型が留めていなかった。
 
 合宿が終わると、必ずやる行事がある。それは、舞踏会。五クラス全員で華やかな広場で踊り、親しくなる。こんな形でもきちっと行うのは恐らく、生徒に気遣ったのだろう。
「うわ、これ恥ずかしいな」
 立て鏡にたって、タキシード姿の自分に、耳が赤くなるのを感じた。
「あははは! アカネちゃんのドレスヨレヨレ!」
 ジンがお腹を抑えて高らかに笑った。矛先にいるのは、お姫様のようなピンクのドレスを着てたアカネだった。
「しょうがないでしょ!! だって、だって……ムゥ」
 顔を真っ赤にさせ、慌てふためく。
 綺麗で、照明に当たるとキラキラと輝く淡いドレス。気の強いアカネには似合わないピンク色だが、何故だか似合っている。
 背丈に合わず足元についている所も、いつもはポニーテールにしてる髪型を、お団子で一つにしている所も、いつも俺にしか見せない小さな胸の肌を出している所も、全部好きだ。
「はぁ、笑った笑った」
 ジンがひぃひぃ息ついて、息を整えようとしている。
「最っ低!! これでも、何時間も迷って選んだのよ! 笑うな!」
 アカネはまだ顔を真っ赤にさせ、ジンに飛び掛ろうと、丈を持ち、その一歩を踏み出す。慌てて塞いだのは、ルイ。
「アカネちゃんせっかくのドレスがぁぁ」
「止めたって無駄よ。こいつの来ているヘンテコなタキシードを、ボロボロに引き裂くの! おほほほほほほほっ!!」
 どこぞの悪役なんかが笑うような感じだ。
 やはり、女子てドレスと化粧でもするとお化けみたいに別人になるな。澄み切った青空のドレス。丈が短くて、片方半分の脚が露出している。真っ白な肌が、この際目をいく。
「ム、今ルイの脚見た」
「えぇ!?」
「見てない見てない!!」
 俺は、慌てて目を反らすも、瞬時にその方向にアカネが先回り。ジッ、と屈んで表情や目の色を鋭い目つきで睨む。ぐるぐると頭を回転しても、どの方向にもついて来る。
「見てたわ。その邪な目、その邪な顔!」
「どういう顔だよっ!」
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