この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅱ 勇気と偽愛情~14歳~

第27話 無効の邪鬼―語―

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 歩き続けてどの時間が経ったのだろう。いいや、然程時間経っていないだろう。
 外の世界では時間は進んでいるのに、こちらの世界では時が止まっているかのようにおもえる。
「どこまで続くんだ?」
 雨がおぼろげに言った。
 その声に少し、苛立ちが混じっている。最前線に歩いていたのに、今や後ろに歩き、俺と然程変わらない距離を歩いている。
「諦めないで。大丈夫」
 アイの力強い声が励ましになった。
「はぁ、疲れたぜ。もう、良くね?」
 スタンリーが立ち止まる。それまで振り向かなかったアイが、やっとのことで振り向いた。
「何言ってんの! 大丈夫だよ、私を信じて!」
「無理があんだよ。やっぱ普通に壊さね?」
 胸の前に手を持ってき、手のひらを窪みにさせた。体から放つベージュ色のオーラがギラギラ放っている。
 アイとスタンリーの間には、非常に険悪な空気が流れた。それは、辺りにもひしひし伝わっていき、肌がピリピリする。
 暫く、無言が続いた。
 核を壊すとアイ、体を壊すとスタンリー。両者の違う譲れない信念が、見つめ合いで攻防する。
 龍と虎が一戦を交える前みたいな空気だ。血が流れる空気に出くわしたのは、初めてだ。だからどうしていいのか。やっぱりここは、アイを推したほうがいいよな。

 すると、アイは宣誓式を挙げるようにスッ、と挙手した。

「はい! 私アイには大きな夢があります! その夢は私にとって重要で、何よりもかけがえのないものです。どんな夢かと言うと、教師になることです!」
 突然語りだした。
 突然のことに、みな、唖然。指を二本突っ込むほどの大口開けて。アイはお構いなしに語り続ける。
「まず、島を出ていろんな景色を見て、自分の実体験を子どもたちに教える、そんな教師になりたい。みんなは夢……あるよね?」
 唐突に語り出し、唐突に訊いてきた。さっきの黒い険悪がどこに。夢を語ったアイは、真剣な面持ちで、俺らの瞳を覗いた。
 冗談を言っている口ではない。それに、アイは冗談を言うような人格者でもない。
「は、はいっ! 私は好きな人と一緒に世界を航海したい」
 ルイが言った。
 アイみたいに挙手して。いつも屋内で静かに本を読むような、文学少女がカミングアウト。その告白は、天と地をひっくり返すほどの衝撃。
 ルイは、頬を真っ赤にさせながらも目は、真っ直ぐ、しっかりとみんなの顔を見ていた。
「おぉ! 良いねっ!」
 アイは、目をキラキラと輝かせた。
 二人は、修学旅行の寝る前に恋話を密かに語るよう、キャキャと笑いあった。
「何を語って、こんな時に……ぶつぶつ」
 雨は唇を尖らせた。
 憤りの目で二人を睨みつける。
「雨にはないの? 夢とか、やりたいこと」
 アイが静かに訊く。
「ない! そもそも、こんな時に語るものでもないだろう」
 二つのたわわな胸の下に、腕を組んだ。アイは、困った表情でスタンリーと俺を交互に見張った。
 スタンリーは、まだ怒って口聞かない。仕方なく喋った。別に、アイやルイみたいに大きな夢なんか持っていない。夢というのは、なんとなく目標か、願望に近い。願望ならあるぞ。いっぱい。
「夢は……正直分からない。けど、今やりたいことは、ここから出ること」
 俺はそう言った。そのとき、どんな表情していたのか曖昧だ。
 きっと、自分でもおかしなほどに真面目だったのだろう。だって、ここにいる全員が出口への道のりを歩いたのだから。


§


「ここか?」
 ふと、先頭を歩くアイが立ち止まり、不審に思い訊いてみた。ゆっくりと振り向いた彼女は、緊張した面持ちでコクリと頷いた。
 ゆっくり歩み寄って、腕を突き出し、壁があるかどうか確認した。一瞬、ひんやりとした空気に触れ、そして、次には何かの感触がした。
 ゴツゴツして、岩場みたい。それは、まさしく探し求めてた壁だった。そして、ちょうど小指あたりに、異様にヌルッとした液体が当たった。
 それが何なのか、恐る恐る手を動かし、探ってみた。うなじにあったひし形の核と同じ、こちらもひし形が壁に埋め込んでいる。
 液体ではなく、物質。色は分からないがこちらの姿を半分映し出している。
「出られる! よしっ!」
 俺は、その壁に手のひらを置き、静かに深呼吸した。脳裏に、この壁をふっ飛ばすほどの高圧炎を想像した。
 マグマのような炎で、人が触れられない体温。手のひらが急激に熱くなった。何処からか、周りに赤い飛沫が飛んでいる。
 指先からゴポゴポ、と茹でたお湯のように赤い炎が沸騰していた。白い湯気、そこからタンパク質を燃やした焦げ臭い臭いなど、周辺を襲った。

フレイムインパクト【炎 衝 撃】!!」

 一気に放った。バチン、と何かが弾ける音がした。白い湯気がたちまち顔にかかり、一瞬目を瞑った。
「お、おい……」
 雨の声がした。
 恐る恐る、目を開くと驚くことにひし形の物質は、真っ黒焦げになっていない。少しヒビが入ってるだけで、至って普通にそこに立ちはだかっていた。
「あれ?」
「あれ? じゃない! 今さっきの気迫はどこにいったんだ!」
 雨が一喝。
 俺はムッとして、睨んだ。
「今さっきまで使えたんだ! くそっ、またあの時みたいに肝心なときに使えないなんて……」
「そうでもないと思う」
 アイが間に入ってきた。
 そう力強く言ったアイは、ひし形の核にある亀裂を指差した。
「もう一歩、あと少し」
 その亀裂は、稲妻が走った形に似ている。赤黒い色した鏡に、壊れはじめようとする脆さが浮かんでいた。
 俺は再び、腕を翳した。意識を澄み、内部の神経と血管を全て脳に張り巡らせ、同じ信号を送った。
 ボワッと、赤い炎が円をかいて腕を取り囲んだ。ピギ、と何かが裂ける音がした。円をかいて取り囲んだ炎は、またたく間に、炎の剣に変身。
 熱くも冷たくもない。見る度キラキラとしてて、目が痛い。炎の剣を具現化させたのは、これが初めてだ。造りも上級生の人たちと変わらないし、何よりも、イメージした通り刃が尖っている。
 自分が生み出した剣を見下ろし、心臓が高鳴った。これで貫く。全身が高揚し、プルプルと震えた。

 核めがけて剣を掲げる。だが、貫けない。何度も押し込もうと、手に何倍力を込めるが、風のように交わし、その攻撃は効かない。
「ぐっ……このっ」
 威力が足りない? そんなはずはない。
 後ろから【風の呪怨】の持ち主、スタンリーと協力しているから、威力は圧倒的に桁違いだ。
 こいつとまさか組むとは思わなかった。
 バックアップ存在位置で、スタンリーが後ろから剣の重みを軽くし、後方から凄まじい風を送っている。
「ぎゃははははははははっ!! やれ! やれぇぇ!!」
 その威厳に近い笑い方は、俺を板挟みしているつもりか、はたまた、核を壊すためなのか。嵐に似た突風が、あろうことか全員にまで襲っている。
 女子三名は遠くに待機してた。が、突風のせいで、バラバラに散り地面に伏せている。
 核を破壊する前に、スタンリーに殺される。
「スタンリー……もうやめっ、おわっ!!」
 剣がいきなり、真っ二つに別れた。
 ホームランを打ったような気持ちのいい音。片割れはぶんぶんと空気を回り、カランと、乾いた音とともに落ちた。
 その落ちた場所は、雨の足元。
「ひぃ!」
 流石に驚いたな。
 尖っているせいで、黒い地面に深く突き刺さっている。座ったままの態勢でジリジリと後退する。
 スタンリーはチっ、と訳分からない舌打ちをし、あともう少しだったのに、と呟く。冗談じゃない。あれに少しでも、一秒でも、時間なんて与えるか。
 真っ二つに別れた剣を見て、アイが深刻な表情をする。
「炎の剣は効かない、風は効かない、時間を戻してもせいぜい10秒前、私のは攻撃的呪怨でもない……残るは、雨の呪怨に頼るしか」
 矛先にたった雨は、ぶんぶん、と首が千切れるほど横に振る。
 まだ地面に尻もちついて、情けない面でいる。
 美樹以外誰とも接触しない、というぶっきらぼう、冷たい、無感情、な面構えは何処いった。
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