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Ⅱ 勇気と偽愛情~14歳~
第26話 無効の邪鬼―救出―
しおりを挟む「嫌だ」
床にしゃがんでいた女の子が、涙混じりにそう言った。原因は分かっている。確かに守った。結界の呪怨で。
彼女は涙をポロポロと流し、ここに居ない男の名前を何度も枯れるまで連呼する。
原因はあのとき、あの腕が突如回ってきて、結界をぶち壊し、五人の友人を取り繕えた。最後、彼女があいつのほうへと腕を伸ばしたのを見て、何故なのか、それを静止して腕を引っ張った。
彼女まで危ない、と思ったからなのか、あいつのほうへと渡したくなかったからなのか、よく分からない。
「これ、おかしい」
ユリスが呟いた。
心をどこかに置き忘れた無表情と、冷たい声が印象的な彼女が、このとき、初めて焦りを見せた。
途端、噛み付くようにアカネが顔をあげる。
「おかしいことは分かっているの! 異常なくらいおかしなことになっているの!」
「何をキレている」
若干、ドン引きしたようにユリスがアカネをまじまじ見つめる。アカネは、がっつくように牙を向く。慌てて、間に割いた。
「アカネちゃん、抑えて抑えて。ユリスちゃん、おかしいって?」
ユリスは、顔の前に手を窪み、その窪みの中に入った透明な水をじっ、と見た。
「火なんて、もう消化してある。なのに、これだけの水を撒くなんて」
そのとき、何処からか機械が作動する音が響いた。機械もなにもない。ただ、邪鬼一体が存在している室内で、合わない音だ。
何処から発しているのか、キョロキョロすると、室内の壁に二つの、大きな、ホースが飛び出た。
まさか、と悪い予感を脳裏に過ぎ、その悪い予感が的中してしまった。
そのホースから大量の水が。ドッと押し寄せ、足首までだった水面が、この瞬間、ふくらはぎ丈の水嵩に上昇。
「なんで……? こんなの、殺しにかかってる!」
アカネが、狂ったように叫ぶ。
出口先にいたクラスメイトたちも、こっちから遠いのに、ぎゃあぎゃあ聞こえる。相変わらずあのドアは開かない。先生が居るのかを疑った。
「多分、あの攻撃で壁に張り付いていた官が壊れたのだろう」
冷静に分析するユリス。
腰まである金髪のストレートヘアを、慣れた手つきで一つ結びにする。右手首に所持していたピンクのゴムで。
結ぶと、別人のようにしゃき、とした女性がいた。元々深く彫ったような鼻筋に、胴体よりもスラリとした足が伸びる美貌の持ち主が、結ぶ途端、もう女も虜になりそうな美貌な主君に。
つい俺が見惚れていると、目が合い、ニッと笑われた。見惚れることに、快感を知っている笑みだった。
「ここで、ふた手に別れる。一人は、この水を止めるため機械室に行くやつ。もう一人は、この邪鬼の核を壊すやつ。どうだ? わたしは機械室に行く。ついてくるやつは?」
その言葉は、みんなに向けられているはずなのに、どうしても俺に向けられている台詞に聞こえた。
水嵩が少し減ったきがした。水の流れが下に行ってきている。そういえば、あんなにうるさかった室内が、不気味なほど静か。今や水の音が轟いている。
「ジンくんっ!」
振り向くと、さっきまで居なかったであろう現状に異常な住人が立っていた。遠くの場所に、びしょ濡れのリゼ先生が膝に手をついていた。
一同は、ざわと驚いた。この場所に、リゼ先生がいるとは、到底思えようがない。水嵩が減り、クラスメイトたちが室内から消えたのは、リゼ先生がドアを開けて助けてくれたから。
「り、リゼ先生……」
歓喜のあまり、言葉が出ない。
リゼ先生は、顔をあげた。その表情は、余裕なんて感じられない。焦り一点。
「ごめん。遅くなって。スノー先生は今眠らせているから、大丈夫」
そう言うと、俺に向けて何かを差し出した。古い新聞紙の大きさの紙と、銀色の小さな鍵。
「機械室の地図と鍵! 頼んだよ……」
その言葉は、俺の背中を押した。
機械室に行き、水を止める。その役目を、勇気を持って言えなかった。でも、リゼ先生のおかげでその決心がついた。
「ユリスちゃん、行こう!」
ユリスは頷く。
飛行呪怨で見せた、あの美しい白き翼を背中に、地図のとおり機械室に向けて飛ぶ。俺を軽々と持って。
「待ちなさい!」
もう少しで飛ぶところだったのをアカネが静止した。ジンの足首を持って。女子に抱かれてる態勢で恥ずかしいのに、アカネはそんなのお構い無し。
「ウチも行く! 二人きりなんてさせない!」
恥ずかしい思いを堪えた挙句、ユリスがそれを振りほどいた。
「重量オーバー」
振りほどき、ほんとに羽が生えた鳥のように天井へと飛んでいく。ありえないスピードで地上が遠い。
地上から遠いはずなのに、一人一人の顔ははっきり見えない。なのに、アカネの表情はよく見えたそうな。
あいつと同じように腕を伸ばし、今にでも泣き叫びそうな面。それが少し、嬉しかったような。
小さくなるユリスとジンを見送り、美樹は深く息を吐いた。
「これは、やりたくなかったけど雨とカイくん、アイたんにルイたん。ついでにスタンリーくんのため! オウガ!!」
ブワッと水と煙が舞った。
視界がいきなり、遮るほどの竜巻。美樹は竜巻に飲み込まれ、薄暗い竜巻の中に影がほんのりあるような感じ。
そして、その竜巻がしゅんと消えた。その裏に、美樹であるが美樹ではない異端の人物が現れた。
頭には二本の角。首から目にかけて、奇妙な刺青が浮かぶ。鋭い刃の槍を両手に持っている。自分の背丈より倍大きな槍をだ。
その姿は、鬼だった。太陽のように明るい気さくな少女に、絶対的に合わない呪怨。鬼のような力を使える【鬼の呪怨】の持ち主。
「核を壊すのはボク一人で充分! アカネたんは怪我した人の治療、ミラノくんは援護!」
そう指示するや、ひとっ飛びで邪鬼のうなじへと回った。鋭い槍を真っ直ぐ掲げ、核めがけて振り下ろす。
しかし、透明で目に見えない壁がその攻撃を塞いだ。力強く振り下ろしたあの攻撃をたった一つの結界で。
カン、と塞がれ、勢いで槍が数㍍飛んだ。空気中を回転し、ドスとミラノの足元に刺さった。
「うわぁ!」
「ごめんごめん」
はにかんでやって来る。造作もない失敗のように。
「わ、笑い事じゃないぞ!」
「ごめんって~」
床面に深く刺さった槍を、いとも簡単に持ち上げる。銀色の刃が顔を覗き、キラと光る。鋭い刃が刺さっていた箇所は、床面を貫通し、小さな穴ができていた。
「ところでミラノくん、準備はできたかい?」
妖艶に訊いてきた。
ミラノはふっと笑った。自信に満ちた笑み。本当に笑うと、唇の骨格が右肩上がりになるらしい。
「当然っ!」
肩にぶら下げたスケッチブックを、ドン、と見せびらかせた。ど真ん中に、クレヨンで雑に絵が描かれていた。
子どものような幼稚な落書きと似ている。その絵は、よく見れば、棒だと分かるが、最初の初見は何が描かれていたのか分からなかった。
「こ、これは……?」
恐る恐る訊くと、ミラノは自信たっぷりの表情でハンと、小馬鹿にしたような息を吐いた。気がした。
「鉄パイプっす」
「使えるの? これ」
「使える使える」
スケッチブックが突如光に包まれた。しかし、それは一瞬の光。次に目を開けたら、スケッチブックはなんの変哲もない白紙のページになっていた。
ミラノの手には、パイプ管を途中から切断されたような細長い棒を持っている。
美樹は、口を金魚みたいにパクパクした。
「鉄パイプは意外と頑丈っす」
「へ!? あ、あぁ……そうなの」
不快そうな顔するも、一旦ここは、受け入れた。
邪鬼の腕がまた伸びてきた。獲物を鷲掴みするように手のひらを広げて、襲いにきた。
美樹は槍を頭上に掲げた。手汗が酷すぎて槍を持つ手がヌルヌルする。いまさらながらに、邪鬼の恐ろしさに気づいて自分がいた。
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