この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅲ 戦場に咲く可憐な花たち~16歳~ 

第34話 夜

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 夜。学園と寮の明かりが真っ黒になり、寝静まった静寂な時間。ついに、このときがきた。
 炎の松明で照らされた外の広場。集まったのは、二百数名の戦闘員。
「これから、なのよね……」
 アカネが胸をおさえ、釈然としない表情で言う。呪怨テストとか、いつも堂々としているアカネが、こんな気弱に肩を縮こませるなんて意外だ。
「もしかして怖いのか?」
 そう訊くと、アカネは大きく咳込み、ない胸を前につきあげた。
「怖くないわ。何言ってんの」
「だって今……」
「見間違いじゃない? むしろ、怖いのはこの能天気が足引っ張らないかよ」
 アカネはギロリとジンを睨みつけた。
 ジンは、他の班の女の子たちの輪にいる。同じDクラスの女子たちだ。その子たちは、どちらかというと、派手めなタイプ。
 同じ教室にいても、絡みなかったし、同性のアカネとルイも親しくできない怖いグループだったと。
「何やってんの!」
 そんなグループに、恐れなしでアカネは入り、ジンを捕まえる。拾い上げたネコのように、首根っこを持ってきて。
「痛いなぁ、引っ張らないでよ」
 ジンは、不怪そうに眉をしかめる。
 もうしわくちゃになった新品の戦闘服。昼間からなにしてたんだか。

 ピー、戦闘開始の笛の音がなった。周辺にいる各班は、慌ただしく動き、それぞれの持ち場にそれぞれの役職で行動する。
 俺たち美樹は、上級生たちのサポート。まだ初めてなので、先頭には出ない。だからといって、戦場に行かない訳でもない。

 突如、空に飛行物体が現れた。遥か昔絶滅したであろう、恐竜みたいな鳴き声。そして、大空を突き抜けるように羽ばたく飛ぶ音が。
 小さな胴体に、あわぬ大きな翼、頭の天辺から足のつま先まで、薄汚れた黒いタイツを着ている感じ。
 空にいきなり現れるや、各班から受ける爆撃に攻防している。
「すごい迫力だ」
 美樹が空を見上げ、まるで、花火を見上げるかのように、恍惚とした表情。
 すると、爆撃を受けた邪鬼の1体が空からひょろひょろと落ちてきた。体には、赤い炎が纏っている。
シージュ【包 囲】!」
 ジンが早速、結界で俺たちを覆ってくれた。透明な四角い結界の上で、ベシャ、と脳髄が叩きつける音が。
 透明なせいで、その邪鬼の骨格と、ありえない方向にひん曲がっている八つの足が生々しく見えた。
「グロ……」
 アカネは、口をおさえ目をそらす。美樹は、結界を解いてほしい、とジンに命令。ジンは、最初、戸惑って目を大きく見開かせた。
 しかし、何かを覚悟し美樹の命令に従う。透明な結界がスッと消え、やがて、目に見えなくなった。
 結界が消えた途端、アカネとルイの足元に、またベシャと死体がおちる。脳髄を叩きつける音は、嫌でも脳裏に残る。
 今まで見せたことがない威厳とした態度で、
「くれぐれも無理をしないように。無理だと分かったら逃げて、自分優先な考えはしないこと!」
 俺たちは、飛行呪怨を使って空に飛び、邪鬼を殺していく。戦場で武器も持たず、自分の呪怨で。美樹は、長い槍を器用に使い、怪力のパワーで圧倒していく。
 ルイは、美樹から授かりものの槍で、目の前に現れた邪鬼をボカボカと叩いて攻撃している。
 実際、時間を止めて攻撃しているので、ルイがやったのか否か分からない。けど、ルイの足元には、ピクピクと、陸にあがった魚のように痙攣している邪鬼が。
 アカネは、攻撃向けの戦闘員ではないので後ろのほうで傷ついた誰かを助けている。
 みんな、少しずつだけど頑張っている。俺も――頑張らないと。
「カイくん!」
 よそ見していたせいで、目と鼻の先に邪鬼が。口を開けて待っていたなんて知らなかった。美樹の甲高い声で間髪気づいて、食べられる前に逃れる。
 歯はないくせに、歯が重なり合うバチンと重い音が響いた。禍々しく真っ黒な口内。カバが威嚇の際、相手に対してデーン、と大きく口を開けているのとそっくり。
 何も食べていないのに、その邪鬼はモグモグと顎をしゃくり、物足りないという表情をみせた。
「カイ! 大丈夫!?」
「カイくん!」
 心配して、アカネと美樹が駆け寄ってくる。すると、邪鬼は二人に狙いを定めた。昼間、ジンが女子の戦闘服はエロいだの何だの興奮気味に喋っていたときと、少なからず、表情が同じだ。
 邪鬼でも、俺たちみたいにそんな感情みせるのか。呆けてる場合じゃない。二人が危ない。
 邪鬼は、翼を動かし猛スピードで、二人に牙を向かう。
「アカネぇ!」
 咄嗟に叫び、邪鬼のあとを追った。
 大きな翼を持っている相手に、どうしても距離が縮まらない。
 空中で追いかけっこは、これが二度目だ。一回目は、合同合宿のときユリスと競争したときだ。
 あのときは、憤りと負けたくない気持ちが半々で、勝っても負けても、生死が関わることはなかった。でも、今は違う。
 ここは戦場。先生たちが側にいてくれる合宿ではない。
フレイムインパクト【炎 衝 撃】!」
 ボッ、と炎が邪鬼の周辺に現れ爆発した。
 地面が大きく揺れる爆発の衝撃。黒煙が空に伸び、
「無事か!?」
 一目散にアカネに駆け寄った。
「え、えぇ」
 胸をなでおろし、ホッとした表情をみせた。どこも怪我してなくて良かった。つられて、こっちも安堵する。
「カイく~ん、心配するのアカネたんだけ? つれないなぁ」
 美樹がゆるゆる上空を飛行し、こちらへと近づく。やれやれ、と参った表情して、俺とアカネの顔を交互に見比べた。
「美樹も心配してたぞ」
「嘘だぁ~」
 目を細め、怪しげに見つめてくる。
 そのとき、邪鬼が大地を震わす呻き声を上げた。お饅頭が喉に詰まったような絞り出す声。大空を轟かせ、広大な海に大きな波紋を描いた。
 その呻き声に一同は、耳を抑え、突然のことに強張った表情をした。辺りはとても言い難い緊迫とした空気が流れた。
 全身から冷や汗が流れ、予想していない事態に戸惑った。
 水中に泳ぐおたまじゃくしのように夥しい数だった邪鬼が、いつしか一つに集結し、一つの個体となった。
 さっきまで子どもだった姿が、こうして雲まで届くほどの立派な巨人になって、しかも、立派に育み、翼も体格にあわせて、より大きくなっている。
 背から生える黒い翼は、まるで本当に悪魔の姿。
「こ、これは……凄いやつだね」
 美樹が予想だにしない出来事に、唇をピクピクさせ、神経を硬くさせた。
 目の前に現れた悪魔のような恐ろしい姿した邪鬼に、辺りから流れ出る恐怖心がやがて、喪失感へと変化する。

 ふと、声がした。
 耳を通り、言葉と文字が頭に浮かぶ。その声は、美樹たちAクラスの担任であった、スノー先生。
 表側はAクラス担任教師。裏では、夜な夜な学園を守る生徒のために、学園から結界の外までを見渡せるレーダーを見て、どこに邪鬼がいるか、どんな呪怨の邪鬼かを把握する秘密の部隊の隊長だ。
 生徒全員と思念伝達できる優れた力は、この学園中探し回っても、スノー先生にしかできない力らしい。
 合宿で関わってあの優しい笑顔と、触りたくなるふくよかな脂肪は、血みどろ戦場に無縁だと思っていた。
 しかし、スノー先生は学園創立して以来ずっとこの役を任されてるみたい。
『邪鬼の呪怨が分かりましたよ。奴は氷の邪鬼です。辺りを凍らせ、氷を降らせることができる能力。炎系の呪怨者は、前線で闘って下さい』
 淡々と、まるで、他人事のように言う。
 しかし、そのお告げは、俺の心を高揚させた。ようやく来た! 俺の番が。なんと初戦場で活躍するなんて。
『――まずシモンさん、できますね?』
 おいおい、俺がいるのにどうしてあの人なんだ。
 炎属性じゃないし、頼りにするやつ間違ってる。何処かで、律儀に「はい」と返事する声が聞こえた。
 その声は、何処かで聞き覚えのある声。振り返ろうとした矢先、ヒュン、と誰かが横を通り過ぎた。目に止まらぬ速さ。
 月夜にきらめく金髪を風に揺らし、誰にも止められないような圧倒的なスピードで、魍魎と化した邪鬼に近づく。
「シモンさん!?」
 その誰かをようやく目に留まると、俺はすぐに追いかけた。
 だって、こんなチャンス、絶対にない。炎属性だし、それにシモンさんの手助けしたい。あの巨人にたった一人なんて、いくらなんでも無理だ。
 先生はどうしてシモンさんに、むちゃぶりを。
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