この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第100話 冬青の過去①

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 尋問が終わったあと、牡丹先生に「アルカ理事長に呼ばれてるから理事長室に行きなさい」と言われた。

 何だろう話しって。今回の件、アルカ理事長もざっくり関係してるし、その話だろう。
 終わったあとは、ジンは一人でいたいと言って仮眠室に。牡丹先生は嫌々嫌がるニアを連れて何処かに向かった。

 ニアには守って守って、と言われたがバナナに吊れてるようじゃ、庇うこともできないぞ。
 保健室を出て、まっさきに理事長室に向かった。

 すると、世界が一瞬パッと電気がついたように騒がしくなった。図書館の修復が終わったのだろう。生徒たちが何事もなく笑いあっていた。

 団体たちが襲撃してきた、という記憶を持っていない。平和で満ち足りた光景だ。
 すると、背後からバタバタと忙しい足音が。振り向くと、誰なのか分かった。美樹だった。美樹は普段から明るい子だ。不安なことがあっても明るく振る舞っている。そんな子が、真っ青な顔して駆け寄ってくるではないか。
「どうした!?」
 慌てて訊くと美樹は息を整える間もなく喋った。
「あの、ね、アカネたんと、ルイたんが……いなくなったの……何処にも。どうしようハァハァ」
「だ、大丈夫だ。二人ならえっと、さきに教室に戻ってるとか」 
 美樹は、息を整えて俺をじろりと睨んだ。
「ボクに黙ってかい? あの二人はボクに黙ってそういうことはしないだろう」
 どう言えばいいのだろう。言葉がつまる。すると、急に頭上から黒髪ツインテールの女の子が降ってきた。

 蝶のようにヒラヒラと。音もなく現れて、目の前の美樹ですら気付いてない。
「あの二人なら大丈夫じゃ。余計な詮索はするな」
 まるで呪文のように美樹に言い聞かせた。美樹は最初、目を見開いて驚いたものの、やがて術にはまり、虚ろな目に変わった。

 美樹は、操られた人形のようにアルカ理事長の指示に従った。回れと言ったら回るし、何だってできる。
 そして、美樹は従順に去っていった。
 アルカ理事長は人差し指を唇にかざし、微笑した。
「少しの間の記憶が抜けるだけじゃ。あとは何の支障もない。さぁ! 邪魔者もいなくなったし、入ろうではないか!」
 アルカ理事長が先頭になって、すぐ近くの理事長室に軽快とした歩で進んだ。

 何を話すんだろう。理事長室に入って、ハーブティーを渡されて、不気味に感じた。ここに入るのはたった一度だけ。誰かと来たことがあるけど思い出せない。

 そのときも確か、ハーブティーだった。良い香りが鼻孔をくすぐり、徐々に安心させる。
 向かい側のソファーにアルカ理事長が座っている。
 ここに入って、雰囲気が変わった。明るい理事長が、電気を落としたように暗い。この一件で相当落ち込んでるのでは。
 暗いアルカ理事長なんて、初めて見た。暫くしてからアルカ理事長のほうから口を開いた。ポツリポツリと。感情を抑制した声。

 机に置いてあるハーブティーを見下ろし、静かに語り出した。

「昔話をしよう。千年以上も前のな。ワシの一族は、皆能力持ちだった。今では当たり前に感じておるが、昔は普通・・じゃないんじゃよ。人間は超能力を持たない。なのに一族だけがある。当然見つかれば騒ぐ奴らもおったが、ワシの一族はそれらを全て欺いてきた。それで、一族は誰にも見つかることなく勢力を拡大した。だが、誰にも見つかることなく一族が継承できるか? 当然他所から嫁さんを貰わなくては、次世代に繋がらない。だが、一族は決して他所様を貰わない。じゃあ、どうして次世代に繋いでいけたかっと言うと、ワシの一族は血縁者同士で結婚し、その血をさらに強めた」


§


 その家族は、ワシが能力を出現するまで普通だと思っていた。他より裕福な暮らし。温たかい父、優しい母、性格は違えど二人に似て心優しい八人兄弟。
 ワシは八人兄弟の七番目の次女だった。
 一番仲が良かったのは、すぐ上の兄と、同性の姉だった。

 親族はとにかく多かった。月に一度親族の集まりがあるときは、ときに一五〇名も集まるときがある。ワシの家はそれほど大きかった。
 他の家よりも比べると、庭が二面もあったり、別荘を複数持ってたりなんて、近隣地域ではワシの家ぐらいだった。だから他の家の子どもらには、心底羨ましく感じられた。

 でも、ワシも他の家を羨ましく感じた。

 温かい父、優しい母、二人に似て優しい兄弟、食べるものも困らないし、服にも困らなかった。周りから見て幸せな一家。
 でも、ワシは気持ち悪く感じた。
 手を繋いで幸せそうに帰っている一家を見たとき、ワシの家族は隣にいても、お互い手を繋がらなかった。

 一度だけ子ども心で、母の手と父の手を握ったことがある。そのとき、すごい勢いで振り払われた。
 そのときの両親の顔は、覚えてる。
 蔑んだ目でワシを見下ろしてた。他には、怒りと恐怖と、悲しみがごっちゃ混ぜたものだった。
 
冬青そよごちゃんは、まだなの?」
 叔母さんに言われた一言だった。
 月に一度ある親族会で。
 当時は何を言われたのか分からなくて、はてなマークを飛ばしてた。
 叔母さんは嘲笑って「まだなの」と理解した。
「おかしいわねぇ。私の息子は一歳でなったのに。きっと冬青ちゃんは〝失敗作〟なのね」
 失敗作?
 しっぱいさく?
 ワシが失敗作だから、あのとき両親に振り払われたんだと思った。ワシは、全ての感情を抑制した。


 兄と姉が二人揃って同じ年頃に能力が出現した。〝人間じゃない〟ことに、弱四歳にして理解する。
 姉兄は五歳にして能力にめばえた。だが、ワシは五歳のとき何もめばえなかった。めばえたのは、その二年後の小学校に入ってるときだった。

 それは突然だった。
 プリントを手渡していたときだった。目の前にいる前の席の子がプリントを手渡してくれたとき、その子の指先がかすった。
「あっ、ごめん冬青ちゃん」
 ワシはそのとき、視えてしまった。その子の全てを。女性のお腹から生まれ、産声あげてる瞬間、この学校に入って小学三年生で転校、中学では初恋の人と恋人になりそのまま結婚、幸せな毎日を送るも、浮気されて離婚、水商売を始め薄汚れた生活、疲れ果て自さつする。
 誕生から終い、全ての未来が一瞬にして頭の中に入ってきた。

 そのときワシは倒れた。急に能力にめばえたせいで体が驚いたのだろう。

 目が覚めて、超常現象関連に詳しい叔父にみてもらった。【因果律の操作】これがワシの能力だった。原因があるから結果がある。全ての始まりから結果を自分一人で操れる能力だった。

 人の運命もまた、因果律。操れるのは造作もない。さっき見た光景はあの子の未来。ワシが変えられる。ワシだけが手のひら動かすと運命が変わる。

 能力が人より遅れたのは自分自身の因果を変えてたからではないか、と推測された。つまり、自分のことを失敗作と思い込んで、無意識に力を封じてた。

 父は「素晴らしい能力だ! 親族でも類を見ない強さだ!」と高らかに笑ってくれた。それまで能力にめばえなかったせいで、親族からからかわれた父は、突然めばえたワシの能力に誇りに讃えた。

 正直そのときは素直に嬉しかった。
 でも、ワシはこの能力が嫌だった。
 触れたら人の運命を視てしまうこと。空を見上げればこの世の始まりから最後まで視れた。
 原因と結末。
 何が起きるか予め分かった。
 つまらない。
 この世がつまらないと感じた。
 何をするにも、未来がわかり結末が視えてしまう。楽しくない。

 親族会議のとき、ワシは齢七歳にして、幹部に登りつめた。因果律の操作は、一族にも効く。誰かの運命を視て、指先で弄ったら上手いことにこの席が与えられた。
 でも面白くなかった。
 ここの席が座れるのは、分かりきっていること。当たり前なのだ。自分自身で楽しさを見つけようと模索した。
 だが、変わらなかった。
 運命は絶対だったから。始まりがあれば終わりがある。
 人は運命に抗えない。一度決まったレールをトントンと進んでいく。

 そんなある日のこと。花畑の庭で一人で空を眺めてたときだった。奴が現れたのは。

 禍々しいほど黒く、影がない物体。人の形はしてない。頭から二本の角が生え、耳まで裂けた口。動物でも、人間でもなかった。悪魔だった。
 自分自身の運命は、絶対に視たくない。だからこそ、庭で悪魔に会う筋書きがあったことに驚いた。と、同時に喜んだ。
 つまらない世の中に、一体の悪魔が現れた。それは、ワシにとって救世主のように感じた。

 悪魔はこう言った。
『なぜ笑ってる?』
 とても低い、化物じみた声。耳まで裂けた口は、ほんの僅かしか動いてないけど。
 満面の笑顔でワシはこう言った。
「嬉しいから! 悪魔さん、つまらない世の中でひときわ輝いてる!」
 
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