この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第101話 冬青の過去②

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 悪魔さんとは、それからこの花畑の庭で会うようになった。ずっと悪魔さんと他人行儀は嫌だったので、悪魔にどんな名前で呼んでいい? と訊いてみた。悪魔はどんな名前でもいい、と言った。

 ワシは困った。ネーミングセンスの一つ欠片もないワシに、困ったものだ。暫く考えて無難でこの名前に決めた。
「アネモネ」
 悪魔は不思議そうに訊いた。
「どうして花の名前を悪魔の私に?」と。ワシは花畑の庭を一瞥し、遠い記憶の思い出を語った。それは、姉もワシも能力がめばえる前の、齢四歳のときだった。


 姉と一緒にこの花畑の庭で遊んで、花冠を作っていた。ここには色んな花があるから、それで摘んで結んで作っていた。

 姉は、花冠をつくるのに人一倍早かった。約三分で完成する。とても器用な人だ。対してワシは、不器用なほうで一時間、二時間とかかてしまう。
 そんな不器用な妹に姉はいつも優しく、丁寧におしえてくれた。同性だからか、妹のワシには家族内で一番可愛がっとし。

 そんな姉は、花言葉が好きだった。ここにある幾千の花言葉を知って、花を摘んでは、感情を表してた。
 そんな姉から教えてくれたのだ。
 鮮やかに咲いた小さな花弁が特徴的な、アネモネという花言葉。アネモネにはたくさんの花言葉があり、その中で姉が好きな単語がある。

「希望――アネモネの花言葉は『希望』なんだって。悪魔さんは、私の目の前に現れた救世主。希望みたいなものだから」

 悪魔の名前はこれからアネモネと呼んだ。アネモネも納得し、名前通り、姿形を女性の形にした。
 胴体よりもスラリとした生えた足、パツンパツンに服が弾けそうな、たわわなおっぱい。スレンダーな漆黒の髪の毛。髪の毛に隠れるようにして、額から一本の角がたっていた。

 簡単に想像できるなら、お主の友のルイ・ユナン・スターチスを想像したほうが早い。

 アネモネは、姿形を人間のようにしたもののそれは、猿真似に過ぎなかった。感情も言語も全く理解してない。
 感情や言語は、会うたびに教えてた。アネモネもそれに応えるように、どんどん感情や言語を理解してく。

 姿形が猿真似じゃない。本物の人間に近づいていく。

 ふとした瞬間、アネモネにこんなことを訊いてみた。
「アネモネはどうしてこんな場所にいるの?」
「それハね、と、ともダチになりたィからだよ」
「私と?」
「ウン」
 そうか。きっと神様は、つまらないと感じた私のために希望を投じたのね。
「つまラなィ、ていッたら、すぐにかけツケる、ネ」
「分かった! ありがとう。私アネモネに会えてほんとに嬉しいよ!」
「うれシィ、わたしも、ウレシィ。でも、こ丿ことはだれにもィッてはイケないよ。わたしとソヨゴのヒミツだ」
 アネモネには、かたく約束した。
 この関係はとても大事なものだったが、アネモネとの関係は、家族内でも言えなかった。


 アネモネとの関係が続き、一年が過ぎようとしたとき。一族がワシと密会してる悪魔に気づいた。
 当然ワシは、謹慎処分を受け地下の牢獄に入れられた。アネモネはどうなったのか知らない。誰も教えてはくれなかった。

 アネモネが無事でありますように。
 暗い地下でただそれだけを願った。
 牢獄中、顔を出してきたのは姉と兄だった。家族内ではこの二人だけ。
「怪我はない!? ごめんね、ごめんね。冬青がそんなに追い詰められてたなんて、お姉ちゃん気づいてやれなくて」
 涙を流す歩果あるか姉さん。
 歩果姉さんは悪くない。悪い人間なんて一人もいない。だから、そんなに泣かないで。
「お前バカだろ!? 悪魔が能力者の子を喰う伝説、父さんから教えられたろ!? もう家の中めちゃくちゃだ」
 そう怒鳴ったあと、しくしく涙を流すしげ兄。二人とも、心配してくれてたんだ。家族の中で一番、この二人が人間味溢れてて、そして、一番にワシを支えてくれてた。

 牢獄から抜け、またいつものつまらない日常へと戻った。歩果姉さんは、心配症でこのときから何処に行っても、手を繋いで歩いてた。
 両側には時々、茂兄がいた。手を繋がらなかったけど。

 歩果姉さんの手は、とても温かかった。
 感触、温度、鼓動、どれもがワシにとって、とても温かく感じた。

 もし、あのとき、両親のどちらかがこの手を取っていたのなら、あの騒動はなかったのではと考えた。でももう遅い。自分自身の因果も回り始めていたから。


 それから時は経ち、アネモネの存在をすっかり忘れ、ワシは退屈な日常を過ごしていた。過保護な歩果姉さんと茂兄さんが高校にあがって、ワシは中学のころ。

 一番兄の結婚が決まった。
 相手は叔母さんだった。
「あぁ~、なんで歳のババアを嫁にしにゃならんのだ。俺は悔しいぜ」
 結婚式当日兄は愚痴った。兄との年の差は八個違う。ワシは当時一四歳で、兄が二十二歳という若さ。叔母さんはだいぶ親子のように年が離れてる。

 しかも、叔母さんには優秀な息子が一人いて、その息子さんとは同年代。未亡人の叔母さんは息子と年が近い兄を狙って、内縁を組んだ。

 叔母の能力と兄の能力を考えて、すぐに決まった。相手の心情などお構いなしに。
「兄貴、どんまい!」
 茂兄がそのときからかった。兄は、悔しくて、弟の茂兄までろくな結婚はないと怒鳴る。
「でも、確かに。この家に生まれたからには、ろくな結婚なんて、ないよね」
 歩果姉さんが切なく言った。 
 華やかな結婚式場が葬式ムードだ。兄は、ワシのほうに話を切り替えた。
「叔母さんとの結婚、なしにしてくれよ」
「無理。どの道行ってもろくな結婚相手いないよ。叔母さんが一番マシ」
「まじかよ」
 と兄は肩を落とす。

 そうだ。叔母さんとの結婚が一番マシ。どのルート行っても兄には、ろくな結婚相手はいない。大叔母とか、一五も離れた幼子とか。だから、これでいいんだ。ワシが弄ることはない。
 肩を落として、家庭とか、同年代の息子とかグチグチ愚痴る兄の肩に手をおいた。

 その時視えた。兄の過去、未来を。
「え……?」
 ワシは、見た光景を疑った。ワシが視た光景は、幸せ一点張りに進む兄の運命ではなく、叔母に殺される運命だった。

 どうして? 運命が変わった? ワシは弄ってない。どこから筋書きが変わった。どこで何をして。運命は絶対だ。どうして変わった。
 巡り巡って探ってみると、ワシがアネモネと出会うときに道が変わっていた。
 アネモネの出会いは、イレギュラー。アネモネの存在だけで、運命が残酷に変わっている。

 兄の運命は、叔母と結婚したくさんの子どもに恵まれ、そして孫、ひ孫にも看取られ最後を見届けられる。そんな順風満帆な人生。それが、叔母と結婚したら苦痛の毎日、そして毒を盛って自分自身で絶つ。悲劇な運命。

 ワシは焦った。このままでは兄が殺される。だが、兄には死のルートしかなかった。交通事故、火事、殺害、残酷な運命。
 ワシは結局兄の運命を変えなかった。
 苦痛の毎日を受けるのは、辛い。涙流しに毒を飲んで死ぬのは辛い。でも、誰かに殺されるなら、誰かの手によって命が取られるのなら、このルートのほうがマシだと考えたからだ。

 一年も満たない内に、兄の朗報を聞かされた。時期も合ってる。毒の名前も視たとき同じ。
 ワシはそのあと、寝る間も惜しんで自分の能力について、模索した。アネモネとの出会いで変わった運命ならば、ワシが正そう。
 アネモネとの出会いをなしにすれば、兄が死んだことはなくなる。

 そうだ。簡単だ。指先弄れば操れる。
 できない。
 どうして。どうしてできないの。
 ふと、この瞬間小さい頃両親に耳が開くほど教えられた教訓がある。悪魔についてだ。
 代々、一族はみな能力者。何百年前、悪魔に取り憑かれた能力者がいた。

 そのとき、一族総出で攻撃した。だが、悪魔にはこの忌まわしい能力が効かなかった。透明のようにするりと抜け、魂と体を喰った。
 悪魔はワシらの魂を好物にした。

 何年かしてまた取り憑かれ、食べられの繰り返し。それから何百年して一族は悪魔を葬り去った。とても深い深海の奥に。
 それから平穏だった。

 だが、いつ来てもおかしくないようにこの教訓を代々繋いでいった。
「悪魔と接触するべからず」
 ワシの目の前は暗くなった。暗い海に一人でいるみたい。自分の罪に心がどっと重くなった。

 あのとき、一族が怒ってワシを牢獄に入れたのも、歩果姉さん茂兄さんが泣いたのも。全てが分かった。

 自分の罪は、自分がぬぐわなくては。ワシは決意した。能力が効かない悪魔でも効くように。そして、出来る限り残酷な運命を変えようと。
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