この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第107話 上陸

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 ニアを抱え、渦がひいてる場所まで飛行。だが、やはり果てしなく渦が続いていた。数キロ離れた先で牡丹先生が飛行している。星のように背中が小さく見える。

 それに追いついたのは、牡丹先生が立ち止まってくれたから。
「牡丹先生、どうしたんですか!?」
 駆け寄って訊くと、牡丹先生の切れ長の目が大きく見開いていた。海面を凝視している。視線に注がれた場所を俺も凝視した。
 信じられない光景が広がっていた。
 一辺の海面が渦でひしめき合っていた。どす黒い渦が何個もできて、隙間すらも見つからない。
 こんなの、渡れるわけない。どうやって、この先進むんだ。
「思い出した」
 おもむろに牡丹先生が呟いた。血の気が引いていった表情で。
「タウラスと文通してるときに、渦について書いてたの。どうして今頃思い出したんだろう。この渦はたしか、時間、風上、温度が適したものじゃないと消えないと書いてた」
「時間と風上、温度とは?」
 訊くと、牡丹先生はしばらく口を閉じた。ピクリともしない。どうした。どうしたんだ。

 それから暫くしてから、大きなため息がこぼれた。
「ごめん。思い出せない。もう随分前だから」
 暗い表情で肩を落とす。こんなにテンション下がっている牡丹先生、初めてみた。いつもは、自信に満ち溢れて軽快な姿なのに。
 空気が一瞬静かになった。
 その時だった。両手で抱えてたニアが顔をあげ、ぱあと笑顔に綻んだ。
「えーっ!! 牡丹先輩っ、タウラス先輩と文通してたんですかぁ!? もう、早く言ってくださいよぉ! いつから? どんな文通してたんですか? 二人って、お付き合いしてるんですか? きゃー! 素敵っ!」
 いきなり黄色い歓声をあげ、沈んでいた空気がもとに戻った。ニアは、人の色恋沙汰に妙に、というか、たぶん牡丹先生のだからか、好奇心に満ち溢れた表情で、キラキラと目が輝いている。
 さっきまでわんわん泣いて縋ってたのに、今はコロっと表情変えて、ニコニコしている。表情がコロコロ変わるやつだ。
 牡丹先生は呆れたように、ため息ついた。
「付き合ってない。文通してるだけ。それ以上何も言わないで」
 ニアのことを鋭く睨みつけた。
 さながら鬼瓦の表情。気のせいだろうか、ゴゴゴ、と背中から地獄の釜が開く音がする。
 牡丹先生のパンドラの箱を開けたようだ。普段感情を表に出さない牡丹先生が、「タウラスと付き合っている」というただの噂だけで、不機嫌になっている。
 ニアは牡丹先生のパンドラの箱を開けてしまい「ひぇぇ」と魂が抜けた声を最後に、失神した。
 一気に体重がズシンとかかってきた。
 重い重い重い。起きてくれ、飛行呪怨したまま、米俵を持ってるみたいだ。手が、腕がプルプルしてる。落としそう。
 牡丹先生が氷のような冷めた表情で、ニアを見下ろした。
「ほっときましょ。と言いたいところだけど限界ね」
 すると、ニアが急に目が覚めた。良かった。起きたら牡丹先生のお叱りを貰い、ニアも飛行呪怨を行った。落とすことはなくて良かった。
 起きた直後に叱られ、なおかつ長時間飛行呪怨をして、ニアはグズグズ泣き出した。
「うぅ~キツいよぉ。おぶって、おぶってぇ」
「しっかりしなさいよ」
 なんだかんだ言いながらニアの肩を支える牡丹先生。
 俺は渦がひくのを気長に待った。
 太陽が真上にさしかかり、気温が上昇。風は潮の水が舞って、冷たいけど、頭上で照らす太陽のせいで生温い。海水を全身を浴びてベトベトする。
 適した時間、風上、温度、とはいつ現れるのだろう。
 長時間飛行呪怨をして、そろそろ体力が限界だな。早く渦が引いてくれるといいけど。

 牡丹先生が予備に持ってた海に浮く小さな空気ボートがあって、たすかった。渦が引いたら、このボートに乗って〝死の島〟に行こう。昼になると、渦は引くことなく反対に、巨大になった。台風の目みたい。
 一個の渦が個々重なり、巨大化してる。
 こうしている間に、ジンのほうは旅路が順調だといいな。南のほうは全く知らんが、無事を祈る。

 持ってきた水、お菓子でなんとか空腹を満たした。熱中症、脱水症状になりかけ、何度か三途の川を渡りかけた。ベチャベチャの冷たい海水を浴びて、何度も戻され蘇生。  

 太陽がだんだん海に沈んでいく。空気が酷く冷たい。あんなに太陽がギラギラ照らしてた時間が嘘のように、肌寒い。

 持ってきた水、お菓子が殆どない。計算すると、たったの数時間で二日分の食料を食べてしまった。〝死の島〟に着くには一ヶ月はかかる。このままでは、着く前に飢え死。そもそも着いても、その島に食料があるかどうか。

 太陽が海に沈み、空の色がどっぷり黒くなった時間。風は北から吹いて、潮風の匂い。そして、適した時間、風上、温度はまさしく今。
 渦がみるみる引いていった。巨大だった渦が個々になりだんだん小さくなった。そして、海面の渦が全て消えていったのは、あっという間だった。
 渦が消えた海面は、波が激しく揺れ、怒り狂ったように荒れていた。暫く待つと、荒い波がまな板のように平たくなった。
 空のいろと同じ、どっぷり黒い海。
 輝きのない鈍感な海。
 恐る恐る空気ボートを落としてみた。ボチャン、と落とすと水飛沫がはねた。水平だった海面に大きな波紋が広がる。
 空気ボートは、小さくて三人だけでもぎゅうぎゅうだ。ついでにボートだけなので、かいは持ってない。
 渦に吸い込まれ、バラバラになった木材がそこら辺を漂っていた。ここら辺の海域は、渦があるせいでどの旅人も舟を失ってしまう。
 だからなのか、海面や深い海底にはいくつもの壊れた舟や木材が沈んでいた。
 適当な木材を拾って、ナイフで擦り落とし櫂を造ってみた。
 さぁ、これで出発だ。
 俺はボートを漕いだ。気長に待ってた時間を埋めるように、強く、波をかき分ける。
 途中、牡丹先生が「代わろうか?」と心配してくれたけど、俺はこうしてたほうがいいから断った。
 ニアは疲れ果て、ぐうぐう寝息たててる。牡丹先生は、長時間飛行呪怨しても顔色一つ変えない。黒い海をかき分ける音だけが響く中、牡丹先生はじっと向こうの海を見つめてた。
 これから行く海面を。

 時々漕ぐのを入れ替わってみたり、寝たり、見張ったりを三交代で続けた。ボートが岩に当たったときは、死ぬ覚悟で縫ってみたり、サメに襲われたときはもうほんとに死ぬかと思った。
 食料はなんとか三人分小さく別けて、一日一日を過ごした。
 そんな旅路を三週間続けたある日、ついにやってきた。目の前に大陸が。
「死の島だ!」
 俺は高揚に叫んだ。  
 海に浮かぶ緑に覆われた大陸。周りに大陸はない。この島が〝死の島〟だと分かったのは、海沿いにそっていくつも十字架が建ててあったから。島を一周しても十字架が建ててある。
 あんな不気味な島、〝死の島〟以外考えられない。
「ついたぁー!! ついたぁよぉ!!」
 ニアが絶叫した。
 顔面の穴という穴から水分を出して。
 俺は舟を漕いだ。強く。漕ぎ過ぎて手のひらには豆ができ、擦ると木材に当たり痛い。でも、このときだけは痛みを忘れ無我夢中で舟を漕いだ。
 最後の最後の力を振り絞って。
 波をかき分け、そして上陸。
「ついたぁー!! 生きてる! バンザァイ!!」
 ニアは腕を高く上げ下げし、喜んだ。
 白い海辺は、一歩一歩踏むとクッションみたいに足が沈んでいく。陽光の温もりで温かい。その白い砂は、サラサラしてて弱い風でも舞う。
 海岸に沿って、十字架が建ててあること以外割と変わらなそうな島。不気味だと思ったけど、案外住める場所なのか。

 舟を沖に置き、島の内部を探ってみることにした。連なって建ててある十字架は、どれも錆びててボロボロだった。 
 海辺を抜けると鬱蒼とした森が生い茂てた。昼間なのに、夜みたいに暗い。ジメジメしてて、薄気味悪い場所だ。
 道はない。けど、奇妙なことに、草は伸び切っていない。誰かが管理してるのか、それほど生い茂ってはなかった。

 鳥の囀りは全く聞こえない。虫や動物の気配がない。静か過ぎる。まるで、時間が止まったような空間だ。こんな静かな場所で、一人ぼっちは考えたくない。もし、自分だったら――と考えると余計に怖くなった。

 ここから先は、牡丹先生でも分からない。タウラスはこの島に住んでいる、という情報どけを頼りにここまで来たものの、どこら辺に住んでるのかは不明。
 森の中を歩いて暫く経つと、急に視界が広くなり、赤茶色の大地と刺々しい岩石の光景。
 島の中央まで歩いた証拠だ。
 そして、刺々しい岩石が連なる中、一軒の家屋が建ててあった。丸太で造られたログハウス。異常な光景だった。自然物が集まるなかで、人が建てたものがあるのは異質で、目を疑った。
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