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一部 紫織汐の英雄譚

第14話 捕まる

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 真っ暗な闇にボウ、と浮かんでいるのは赤い玉。ロボットの目だ。野獣のように光、人玉のように浮かんでいる。
 この暗闇でも分かるように動いている。こちらは分からないのに。まずい。捕まったら死ぬ。
 私は踵を返したが、足元に何か当たって躓いた。地面に体を打ち付ける。
「痛っ!」
 声が反響して、ロボットたちの視線がぐるん、とこちらを向いた。暗闇でも分かる真紅の瞳が近づいてくる。

 やばいやばいやばい。逃げなきゃ。
 そう思っていても、地面にいっぱい何かが転がって起き上がれない。大きな物体。触るとでこぼこしている。人間だ。ロボットが殺したのか、化物が食い破ってきたのか。化物は恐らく来ていない。となれば、ロボットが殺した。
 ぞっ、と冷たい悪寒が走った。全身が凍っていき、喉がカラカラ。視界と思考が真っ暗になっていき、走るための足も億劫になった。
「汐っ!」
 向こうから光輝の声が。
 自然と震えが収まった。
 声のした方向を向いても、光輝の姿は依然見当たらない。もちろんあっちも、私の姿は見えないだろう。だから危険を承知で私は声を出した。
 私はここにいるよ、助けて!

 声をだしたら、指先に何かが掠めた。光輝だと思って手を伸ばすとロボット。赤い玉がただただ浮いてこちらをガン見してる。
 喉奥がひゅ、と悲鳴をあげそうになった。すると、パンと甲高い銃声が鳴り響き、ロボットたちの赤い目玉が弾けとんだ。
 唯一光あるものが次々と失っていく。拳銃の音とともに。

 赤い目玉がなくなると、オレンジの火の玉がぼんやり浮かんだ。それがだんだん近づいてくる。
「汐っ! 無事か!?」
 蝋燭の火を持った光輝が近づいてきた。景色は真っ暗なのに蝋燭の火を持った彼の顔だけがはっきりみえる。
 安心して言葉が出ない。喉奥が震えて上手く出せない。喉がカラカラで乾いている。やっと大きく息を吸える。
「大丈夫か!? 何処も怪我はないか!?」
 光輝が蹲る私と目線を合わせて屈んできた。
 私は頷くと光輝はほっとしたような顔をした。光輝は大声で米川さんの名前を呼んだ。向こうからも蝋燭の火が近づいてくる。
 無数の火の玉だ。ぼんやり浮かんでいるものが、はっきりとみえてくる。
「良かった、無事だったか!」
 米川さんはほっと息づいた。
 米川さんの他にもまだ人がいて、蝋燭の火のおかげで、辺りがぼんやり見えた。辺りは動かなくなった男性の遺体が転がっていた。目の前にも。
「女性は君だけか……」
 米川さんは暗い表情をした。
「私、だけ? 愛理巣ちゃんは!?」
 私は光輝に支えられ立ち上がった。腰がヘナヘナで、まだ足が震えている。
「残念だが……」
 米川さんは目を伏せた。
 私は絶句した。あれに捕まったら最後、死ぬ。運ばれて痛い目にあって抗った末に死ぬ。


 捕まらなくて良かった。

 不謹慎だけど、最初に思ったのがこれだった。顔の筋肉が緩む。最終的に待ち受けるものは死、しかない。それを回避して生きている。こんな状況で誰かを犠牲にしても生き残りたいのは当たり前だ。むしろ、人間だ。

「安心しているな」
 私が安心しているのを見て、米川さんはポツリと呟いた。じっ、と窺う視線。
「外薗が捕まってるのに、安心してるわけねぇだろ!」
 光輝がギロリと睨んだ。
 だが、米川さんは気づいている。私はそこまて綺麗な人間じゃないことを。米川さんはプイと顔をそらし、誰かに指示を送りながら、また何処かに行った。
 光輝はまだ怒っていて、ぶつぶつと文句を言っている。
 覗かれたか、誰にも暴かれなかったのに。
 だって、誰だってこの状況、自分の命が惜しいに決まっているでしょ。おかしい? 私がおかしいのかな?




 数分後、みんなに縄で縛られ顔は痣だらけになった小肥りの男性が集いの場で、みんなの前で晒されていた。
「これは?」
 光輝は周囲の人たちに聞いた。すると驚くべき犯人が見つかった。

 どうしてロボットがいきなりここを追跡できたのか。それは、通報すれば国から百万円を貰える支給。金に目が眩んで通報したと。みんなに殴られ蹴られた小肥りさんが通報した。
 理由は、新品のプリンスの買うと。
 プリンスとは最近流行っている二次元の可愛いキャラクターだ。小肥りに不細工にオタクがついたら、そりゃもう、情けない。
 その人は暴行されて意識を失って倒れていた。
「あそこまでしなくてもいいのに」
 光輝がポツリと呟いた。
 じっ、と光輝の目をみると真っ直ぐな瞳をしていた。純真で汚れもない、本心で言っている。
「光輝、あそこまでやらないと喋らないからだよ」
 私はどんなふうに言ったのか。酷く冷たく言った気がする。光輝は少しびっくりした様子だったけど、だんまりした。

 光輝は心配しているけど、私はむしろ、この男を殺しても良いと考えている。半殺しにしている時点で、私はそれだけでムカムカしている。
「捕まった女性たちはどうします?」
 光輝が米川さんに訊ねた。
「捕まったらもう……」 
 米川さんでも言葉を詰まらせた。
 流石に王様がいるターミナルまで行けない。私も行きたくない。でも愛理巣ちゃんが捕まってしまった。助けに行きたいのは本心だ。でもどうすることもできない。
「……今日捕まった女性の中に本物の、いやもしかたら、本物の女王がいたらみすみす逃しますか? 俺は行く。仲間を死なせることしたくない。これが当たり前だろ。短い間だったけど、それでも仲間だって信頼してる。だからこそ助けたい。人間なら当たり前だろ」
 光輝は真っ直ぐの瞳だった。敵を射抜くほど強い眼差し。米川さんはその眼差しを見て、目を見開いた。少し間を置いて、ゆっくり口を開いた。
「まったく、最近の若い者は……簡単に年よりを動かす。光輝くん、君に動かされたよ。行こう。仲間を助けに」
 周りはざわついていたが、米川さんが沈めた。出来ない者は残り、出来る者はついてこい、という選択肢を与えて。そんなの、前者のほうが多いに決まっている。


 選ばれた選択肢は後者だった。みんな怯んでいた。それなのにこの選択を選んだのは死ぬときも一緒だと、刷りこまれたんだ。私たちは暇もなく、すぐに行動にうつした。それぞれ武器を持ち、ターミナルへ。

 しかし――予期せぬ出来事に。


 一人の男性がバタリと倒れた。全身の皮膚は黒く、血管が皮膚まで浮かんでいた。口からブクブクと泡を出して痙攣している。
 心はしてその人に近づこうとした瞬間、瀕死とは思えない反射神経で起き上がり、首筋をかんだ。

 この、行動は――化物。

 辺りはまた、恐怖に染まった悲鳴が。波が一気に押し寄せ、我先にと出口に群がってく。まただ。彼もいつの間にか化物になっていた。斎藤さんのときも、接触はなかったのに、急に化物になりだした。
 あれ、この人そういえば昨日女性とヤッていた。それだ。その人とヤッたせいでこの人化物に――。

 間もなくして、腹がパンと弾け飛び中からデロリと血を浴びた化物が顔を出した。



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